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rug-to.さん

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モノのケ

13/09/22 コンテスト(テーマ):第十七回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 rug-to. 閲覧数:1530

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 物持ちが良いと言えば聞こえは良いが、私はただ新しい買い物が苦手なだけのズボラである。

 とんとんとんとんとん

「…切れないなぁ、ちくしょう」

 一人暮らしを始めたときに買った安価の包丁。今年で十年物になる。やはり刃物というものは研ぐ必要があるのか…と、その面倒くささに思わず刃をにらむ。
 こんなことなら、こないだ出席した結婚式の引き出物のカタログ…お取り寄せラーメン全国十選じゃなくて、新しい包丁を選んでおけば良かったよ。

 とんとんとんとんとん すぱん

 思いがけず、指の皮膚と肉の一部を包丁の刃が切り離した。

「…切れるじゃねえかよ、ちくしょう」

「ひひひ」
 包丁の笑う声が聞こえた。意地悪く吊り上がった口の様な刃を、私は再度しっかりとにらみ付ける。そんなことをしても仕方がない。

 やれやれ。
 私は指の傷を押さえてその場にへたり込む。
 床の冷たさを感じながら見上げると、窓の形に切り取られた空が目に映る。雲は、なかった。

 透明な青紫色をした四角の真ん中に、色紙を切り抜きした様な白い三日月が浮かんでいる。

 普段なら心動かされる風景だろうが、今は笑う包丁の口に見える。皮が剥がれた痛みは後から血液ともにじわじわとやってきた。

 「…やれやれ」
 今後は声に出す。
 古いのは包丁だけではない。一人暮らしを始めるとき、実家に帰る友人から譲ってもらった電子レンジや片手鍋、そのときに新しく買った冷蔵庫やまな板や水切りカゴももう十年選手だ。
 それらはケガをした指を押さえて床にへたり込んでいる私を、ただ無言で見下ろしていたり、知らんふりをしていたり、私など気にせずにお互いのおしゃべりに興じていたり、いろいろだった。

 そして血は止まらない。病院に行かなければ。しかし、とにかく腹が減っていたので、何とか作って食ってからにしよう。
 刻んだネギ入りの卵焼きを作るのだ。卵焼き器ももちろんもれなく古かった。
 ゆえに、テフロン加工が中途半端に剥がれていてうまく焼けない。おまけに今は指を怪我している。

 やはり、卵焼きの形はぐちゃぐちゃになった。しかし味はうまかった。


 繰り返すが、味はうまかった。


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このストーリーに関するコメント

13/10/14 ハナダ

指を切って血が出ても、訴える相手もいなく一人で黙って血を舐めるしかない。
一人暮らしが長い身としては、とても身に覚えのある状況です。作品の描写力も相まって、その時の語り手を取り巻く静寂や薄暗さがリアルに感じられました。

どうせ使うのは自分だけだからと、古くなろうが替え時になろうが家具をずるずる使い続けてしまうのも「一人暮らしあるある」(笑) 家具たちに人格があるなら、たまに会う友人なんかより私自分のことをよっぽど知り尽くしているだろうなあなんて考えると、自室に一人でいるはずなのに四方から見られているような……。この作品の発想に触れるて、そんなおかしいような不安なような気持ちになりました。

13/10/20 rug-to.

ハナダさま

とてもうれしいコメントをありがとうございます!
自分でも読み返すと、当時の生活を少し思い出します(笑

一人きりの生活、指を切ることなんて大したことではないけれど、それだけでも何となく途方に暮れてしまうような感じが伝わるといいなあと思って書いてました。

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