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タックさん

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擬似幸福の丘

13/09/09 コンテスト(テーマ):第四十回 時空モノガタリ文学賞【 アイドル 】 コメント:1件 タック 閲覧数:1543

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 普段は孤独な橙色。しかし、その日の夕焼けは、ひどく綺麗だった。
 
誰も知らない丘の上で、肩を並べた私と彼女。時おり心地良い風が吹く、緑に覆われたその丘は私の幼少時からのお気に入りで、その場所に招待したのは、彼女が二人目だった。
 
 いい所ね。空気がおいしい。あなたは、見る目がとてもあるのね。

 彼女の言葉は心に真っ直ぐ届く。耳をくすぐるその福音は、私の頬をじんわりと浸した。今思えば、私はいつだって、彼女の背中を目で追っていた。学校では対照的な、私と彼女。優等生と劣等生。人気者と、凡庸な生徒。私と彼女は、決定的に異なるが故に、どちらも相容れる事無く、それぞれ別の学校生活を送っていた。囲まれる彼女と、それを憂鬱に眺める、私。稀に、彼女の視線が私と重なる。そんな偶然の幸福が舞い下りた時、私は顔を背け、彼女の境界に入らないよう、過ごしていた筈だった。

 ・・・ああ、風が気持ちいい。身にまとわり付いた何かを、この風は奪い取ってくれる。そんな気がするわ。

 彼女の衣が、風に溶けていく。長い髪が、見えない手を借りて優雅に舞う。私はその絵を微笑ましく眺めている。よく、現実味の薄い光景を夢のようだというけれど、この、正に現実のこの光景は、夢の想像力を持ってしても、実現は、不可能に思えた。余りに報われないその空想を、私は可能性すら、心の奥底で拒んでいたのだ。
適わない幸福の想像は毒となり、体を奥底から蝕む。私は理想から遠く離れた現状を、枷として、受け入れていた。一生、日陰の中で暮らすのだと、私は知らず知らずのうちに、思い込んで、いた。

 ・・・ねえ、これからも、ここ、来てもいい?なんだか、すごく、気に入っちゃった。

肩に、彼女の手が触れる。温かく、柔らかなその手は、私の黒い心を、簡単に打ち壊した。鼻をくすぐる、とろけそうな香り。彼女の笑顔は、私の凝り固まった涙腺を、一瞬で開放させた。そんな私を、乱れた髪を整えながら、彼女は優しく、見つめていた。

 二人きりで、緑と風に浸る、私と彼女の関係。彼女の髪。彼女の横顔。時折、触れられた手は、思わず身を縮ませてしまうほど、私の心を明るく溶かした。橙色の陽光が照らす彼女の顔は現状を忘れさせるほど、優しさと、思いやりに満ちていた。

 一枚の写真のように、頭に浮かび上がる、幸福の光景。その崩壊は、後ろ向きな私の予想よりも大分早く訪れ、夕焼けはまた、私の顔を曇らせはじめた。

 週の大半を占めていた来訪が、週に一度、月に一度と、疑問に思う間もなく減少していき、ある日突然、彼女は前兆も無く、丘に姿を現さなくなった。彼女が消えてから、何度目かの、一人きり。膝に顔を埋めながら、当然のことに思い至る。私との会話も、私との断絶も、すべては彼女の気まぐれ。全権を持つ彼女が私に与えた、束の間の僥倖。それが、取巻きの絶対的な好意に飽きた、彼女のちょっとした好奇心だったと気付いたとき、すでに私の心は、幸福に慣れすぎていた。

 彼女の気まぐれが奇跡的な方向に向けられ、再び、丘の上に二人が揃ったとき、私は怖がりながらも、彼女に心中を吐露した。彼女を包んでいた柔らかな空気は、もう、感じられなくなっていた。彼女は私の、感情を込めた言葉を聞いた後、いつでも周囲に向けられている笑顔で、あっさりと、私を否定し、突き放した。それは、私の抱いていた期待や憧憬を破壊するのに、十分な速度だった。

 もう、私と彼女は、決定的に離れてしまった。その実感が、私を動かした。踏み入れてしまったが故に、毒に冒された、私の心。平常を忌避する思いが、腕に、強大な力を与えた。彼女の生命が、薄暗い丘に、再び光を当てはじめた。

 丘と家は、程近い。私は、道具を持ち、幸福を、丘に閉じ込めた。二人きりの、誰にも知られない邂逅。彼女が混じった清廉な風に、私の心は、再び充満していった。


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このストーリーに関するコメント

13/09/29 タック

凪沙薫さんコメントありがとうございます。

改善点を指摘していただき嬉しく思います。今読み返せば欠点も多く、もう少しなんとかなったかな、と感じています。自分の作品となると、見えなくなる部分も多いですね。

そんな中で、作品に対するコメント、意見を頂けるのは貴重なことだと思います。今後とも、宜しくお願いします。

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