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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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アイドルスーツ

13/09/09 コンテスト(テーマ):第四十回 時空モノガタリ文学賞【 アイドル 】 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1643

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 最終電車から降りた人々が歩道に流れ出る。ここまで遅くなったら、開き直りからかだれも、いまさら帰宅を急ぐものはなかった。一人の男のひきずるキャリーバックのキャスターの、カラガラという響きが、辺りの静寂を小刻みに破った。その背後から、女が後を追う。男は明らかに、女に怯えて、足を速めた。ストーカー。それにしてはなにか腑に落ちない。先をゆく男の風貌は、どう贔屓目にみても、異性からつきまとわれるようなしろものではなく、逆に追いかけている女のほうはそれは魅力にあふれた美人だった。
 赤信号を無視して横断する男の後から、女もまた動きだす車を避けながら渡りだした。
「あの、なにか用ですか」
 男は、いきなりふかえると、勇気を鼓舞したように女にいった。
「ごめんなさい。ストーカーみたいなまねしちゃって………」
「どうして僕の後をつけるのです」
「おたずねしたいことがあるのです」
「なにを?」
 女は、コートのポケットから、チケットの切れ端をとりだした。男にはそれが『見城ミノル』のコンサートのものだということがわかった。
「私ミノルの大ファンなんです。彼のコンサートはこれまで一度だって欠かしたことはないわ」
「それが、なにか?」
「私、彼に会いたくって、なんども会場の楽屋に入ろうとして警備の人に追いかえされてそれで、彼が会場から出てくるところをまつことにしたの。それぞれの会場で七回、待ったわ。でも彼、姿をあらわさなかった」
「車で帰ったんでしょう」
「車でも、とにかく一度は会場からでなくちゃならないはずでしょう。そんなこともなかったのよ」
「彼ほどのスターなら、変装でもしてたんじゃないのかな」
 女の目がきらりとひかったのは、そのときだった。
「あなたがミノルじゃないの。私あなたが会場から姿をあらわすのを、なんども目にしている。今夜もあなた、ミノルのライブ終了後に、しばらくしてから会場から出てきたわね」
「僕が変装しているかどうか、みればわかるでしょう」
 確かに、いくら夜目とはいえ、男の顔がメイクで装われているとはとても思えなかった。
 女の憐れなまでの落胆ぶりに、男もさすがに気の毒に思ったのか、
「本当にファンなのですね」
「私彼のCDみんなもっているのよ。DVDだって、写真集だって、でればすぐ買うわ」
「あったら、どうするつもりです」
「この宇宙の、銀河系の、太陽系の、地球という星の上で彼と、二人で目と目をみかわすことができたら、ほかにはもうなにも望まない」
 男はじっと彼女をみつめた。
「すぐそこに、公園があるのですが、ちょっと行きませんか」
 女にもなにか予感めいたものがあったのだろう、促されるままに素直に公園に向った。
「ここで待っててください」
 キャリーバックとともに木立の影に彼がまぎれこんでから、女は待った。やがて木立の中から人影がゆらぐのをみた彼女は、ひと目でそれがだれであるかがわかった。
「ミノル………」
 声はふるえて、それ以上言葉にならない。大観衆のまえで、踊り、歌っていたアイドルがいま、じぶんの目の前にいる。
 彼がさしのばした手を、彼女はおそるおそる握りしめた。てのひらの温もりが、彼女にほんのり伝わった。
「遅くなるといけないから」
 ぼうっとする彼女を残して、アイドルは再び木立に姿を消した。
「………やっぱりあの彼は、ミノルが変身していたのだわ」
 確信にちかいものが彼女をとらえた。いまの時代、人の顔や姿を変えることぐらい、わけはないだろう。ミノルはあの三の線の顔で、ファンにもみくちゃにされる心配なく、街中を自由に歩き回っているのにちがいない。彼女は、ミノルが握った手を、とても大切そうにポケットにさしいれると、喜々とした足取りで公園から出た。
 彼女が去っていくのを、木立の中から満足そうにみおくっていたミノルは、なにやら首のあたりに手をあてた。カチリと音がしたかと思うと、顔の中央がパカッとあいて中から、さっきの男の顔があらわれた。
 開いた顔はさらに上下にわかれ、男はそれを体からはなすと、きちんとたたみ込み、慣れた手つきでキャリーバックにしまいこんだ。
「大好きなアイドルが、じつはアイドルスーツというものをかぶったスタッフだとわかったら、どんなに彼女は悲しむことだろう」
 アイドルスーツは、なにもミノルだけではない。ほかにも多くのアイドルが、やっぱりこのメイクの技術の粋を集めたスーツをかぶって舞台に上っている。歌って踊っているのは、スーツを着込んだ彼のような外見とはかなり落差のあるスタッフたちだったが、外見さえ見栄えがしたら、ファンはほとんど条件反射でついてくるので、歌と踊りがへたでも、どうということはなかったのだ。
 男は、再びガラガラとキャリーバックをひきずりながら、何事もなかったかように歩きはじめた。


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このストーリーに関するコメント

13/09/30 W・アーム・スープレックス

凪沙薫さん、コメントありがとうございます。

私とはおよそ縁のないテーマでしたので、好きなように書いてみました。(だいたいいつもそうなんですが)本当にこんなスーツがあって、年齢もごまかせるなら、一回ステージに上がって脚光を浴びてみたいものです。

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