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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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鎮魂歌では届かない

13/09/09 コンテスト(テーマ):第四十回 時空モノガタリ文学賞【 アイドル 】 コメント:10件 クナリ 閲覧数:2402

時空モノガタリからの選評

最終選考

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ある川の下流で、漁師の網に、小柄な死体がかかった。
死体が着ている煌びやかな少女服は、上流にある『歌と水の街』の歌い子の衣装と知れた。街を流れる水路に落ちたらしい。
これが直接の死因なのか、胸にボウガンの矢が突き刺さっている。
漁師は物騒な遺体をいぶかしみつつ、ひとまず村の駐在へ届け出た。



『歌と水の街』は、石造りの水路が縦横に走る、水上都市だった。最大の名物は、美麗な衣装をまとった、歌い子と呼ばれる少女達の合唱団である。
麗しい少女達は、観光資源として多くの耳目を集めた。しかし彼女達は例外なく過酷な講演で喉を使い潰し、やがては団を追い出されて路頭に迷うのが常だった。

僻地の没落貴族の末娘、フィネは、十四歳の時に歌い子になった。家族からは祝福されたが、実質は口減らしに過ぎない。
華やかな外面と裏腹に、新入団員は過酷な下働きで過労に陥ることも多い。だが、フィネは気丈に勤めに励んだ。
やがて持ち前の容姿と歌の才が開花されると、その名が街の中に響き出したが、それはフィネが必ずしも望む事ではなかった。
売れっ子になると、出資者の夜の相手をすることもある。破格の代金を得られるそうだが、御免だった。

フィネはよく、講演後の夜、劇場の裏の水路の袂にぼうっと座った。
自分には、帰る場所はない。いずれ送るであろう悲惨な日々を想像し、つい嘆息する。
「お嬢様」
懐かしい声が物陰から聞こえた。
「カリウ!」
闇の中にいたのは、実家で下男をしていた同い年の少年だった。一番の遊び相手で、フィネが昔与えた羽帽を今も愛用している。
「お嬢様、街を出ましょう。ここに救いはありません」
「今更、どこへ」
「西の都に、評判の良い聖教歌劇団があります」
「駄目だわ。自分から団を抜けるには、退団金がいるもの」
一考して、カリウが言った。
「ご用意します」
どうやって、と言おうとした時、既に少年の姿は消えていた。

フィネは、カリウと共に脱走する事を考えた。どの道、喉が潰れる前にどこかで逃げ出せないかと考えてはいた。
リスクは高い。単に逃げ出せば、団の私兵に追われる。
恐らくカリウは、今や若き花形のフィネの退団を劇場と交渉するのではなく、まとまった金を劇場に置き残し、フィネを連れて逃げるつもりだ。それなりの額を供すれば、執拗には追われないかもしれない。
しかし、今の彼に大金を得る方法があるとは思えない。
フィネが自力で大金を稼ぐ方法は、ある。ただ、それでも一朝一夕で稼げる額ではない。
カリウが、早まらなければいいのだが。

翌日の夜、フィネは劇場の客間で、肥えた男爵へ酌をしていた。例えばこの男に身を任せれば、さほどの日数をかけずに大金が手に入るだろう。
だが、そう簡単に踏ん切りはつかない。今日明日脱走する必要がある訳でもない。
その時、男爵の召使が客間に飛び込んで来た。
「男爵様、屋敷に泥棒が。金貨袋を盗まれ、現在追っています」
「犯人は見たのか」
「羽帽を被った子供とか」
フィネが、葡萄酒の瓶を取り落として絶句する。それを見咎め、
「心当たりがあるのか」
鷹のような、男爵の目。
今が、決断の時だ。フィネは劇場を飛び出した。

街の構造には、フィネもそれなりに詳しい。男爵と団の私兵の騒ぎを聞きながら見当をつけて、月明かりの中でカリウを探した。
街の大水路の傍で、彼を見つけたのは奇跡に近かった。
「怪我は無い?」
「申し訳ありません、騒ぎになって」
「もう劇場へは戻れないわ。このまま、逃げよう」
「僕は囮になって、人目を引き付けてから逃げます。南門の越境馬車へ、運び賃はこの金貨袋から渡して、それに乗ってください。このメモ、僕の実家の場所です。ここで落ち合いましょう」
そして二人は、それぞれ南と北の門へ向かった。
兵士のボウガンの矢が石畳を跳ねる音が、幾度もフィネの耳に響いた。

二日後の朝。
カリウの実家は、牧場の端にあった。
その窓から外を眺めている少女に、男が声をかけた。
「お嬢様。金貨を持って、西へお行きなさい」
「いいえ。ここで会うと、約束したのです」
男はタブロイドを広げ、静かに、歌い子の衣装を着た死体のニュースを告げた。
「服を替えようと言ったのは、息子ですか」
フィネは、体を震わせながら、
「はい。目立つ方が囮に良いと。私のせいで……」
「いえ。息子は愚かですが、信念を通しました。お嬢様も、どうか」
男はそう言って、部屋を出た。
フィネは万感を胸に抱き、やがて空へ向かって、穏やかに歌った。
昔、カリウと歌い合った誕生日曲。
涙声は、かすれても、途切れない。

私は、有名な歌姫になる。
あなたが救った歌声で、せめてあなたの意味を証明する。
だから叶うなら、この声よ届け。
一筋の光明のような慰めに。

窓辺に置いた羽帽を、風が撫ぜた。


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このストーリーに関するコメント

13/09/09 扇樹

きっと彼女は歌姫になった後も万民の心をとらえる深い歌声を紡ぐことでしょうね。
音楽があふれ出てきそうな、情景が思い浮かぶ作品でした。
このような優しい物語に出会えたこと、嬉しく思います。
ありがとうございました。

13/09/09 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

きっと素晴らしい歌声をお持ちだったのでしょうね、フィネは。そのために、不幸なことも知らなくてはならなかった。何かの才能は、その人を助けるものであって欲しいけれど、反面、そうではないものも背負うのでしょうか。悲しいお話ですが、お父さんの言葉にフィネは救われたことでしょうね。読みごたえのある作品で、楽しめました。ありがとうございました。

13/09/10 クナリ

なんかすごく『アイドル』を拡大解釈したような気がします…。

扇樹さん>
せっかくなので、もっと音楽や歌が流れるシーンとか、石造りの街の描写とかを入れてみたかったのですが、そのようなお褒めの言葉をいただけてうれしいです。
彼女が、自分にしか歌えない歌を歌い続けてていければいいのですが。

草藍さん>
どうも自分の中で、『突出した才能を持つ女性は、いつでもそのせいで不幸と隣り合わせ』みたいな価値観があるようです。歪んでいるッ!
自分としては異世界で展開する物語をごろごろ転がしてみたくていろいろ詰め込んだ(いや、字数的には苦労したんですよこれが)つもりでしたが、読みごたえがあるとはうれしいお言葉です。
ありがとうございます!




13/09/19 猫兵器

拝読致しました。
水上都市『歌と水の街』、煌びやかな衣装の歌い手、すごく良いです。世界観の設定が巧みですね。
奥行きのあるファンタジックな雰囲気ですが、口減らしとか夜の相手とか、冷たい現実的な要素が夢々しくなりすぎるのをぐっと引き締めています。
悲劇的な物語なのに、最後に清々しい前向きな気持ちがとても鋭く残りました。
タイトルが活きていると思います。
ありがとうございました。

13/09/20 青海野 灰

魅力的な世界設定と物語の切なさ、描写の美しさが、さすがだと思います。
拡大解釈したかも、と仰っていますが、アイドルというテーマからここまで奥行きのある世界を構築できる思考力を称賛致します。
導入で悲しい結末を予感させつつ、予想を裏切る展開で、救われたようなより切ないような、複雑な心境が胸に残りますね。
主人公が最後に唄う歌が鎮魂歌ではなく、かつて二人で唄った誕生歌というところが、主人公の哀しみを薄っぺらいものにさせず、二人の歴史や過去の重さを物語っているように感じました。
面白かったです。好きな空気です。

13/09/21 クナリ

猫兵器さん>
ありがとうございます。
ファンタジーというほどの異世界ではないのですが、架空の町が舞台なので、なるべく短い言葉や単語で世界観を表現しようと苦闘しましたが、上手くいっておりますでしょうか。
キャラクタの人間味みたいなものも、自分がどうも人間を無味乾燥に書こうとしてしまうせいで損なわれがちな気がしているので、リアリティが出ていればいいのですが。
死と残された者というテーマは自分の中でも結構大事なのですが、今回はこのような展開となりました。悲しく残念なばかりでない感じが表現できていれば、うれしいです。

青海野さん>
最近はなるべく「美しい」という言葉を直接使ったり、比喩表現に頼らずに情景を描写しようとしていたりします。
「美しい」と感じていただけていれば何よりです。
書いている間、そして投稿した時は、「これもアイドルっしょ!」という感じでいるのですが、投稿してしばらく経つと「これ、今回テーマとして示されている『アイドル』とは確実に違う気がするッ…」と冷や汗をかくのが常です。常かい(自分突っ込み)。
ミスリードが上手くなりたいんですよ。読んだ時、「なぬーそういうことかねー」って言わせたいんです。予想裏切れましたか。よしよし。
ラスト、この主人公はこういう時どうするかなあ、と考えていたら勝手にこやつが誕生歌を歌いだしたのですが、鎮魂歌ではきれいにまとめすぎかなと思うので、結果的には良かったのかなと思ってます。

13/09/28 murakami

悲しいお話ですね……。

『歌と水の街』、美しくて、すばらしいと思いました。
私はこういうファンタジックな世界は書けないので、うらやましいです。

他の作品もおいおい読ませていただきます。

13/09/30 クナリ

murakamiさん>
お言葉ありがとうございます。
ファンタジックな世界観を構築するのに必要なのは、自分の場合は、
なんといっても妄想力、次に思い込み、そして他者の目を気にしない
強い心です。
個人的には、murakamiさんの描く世界は好みっぽいので(まだ一作しか読んでないですけど(^^;))、ご活動を応援しております。



13/10/10 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

『歌と水の街』この設定のネーミングだけで、この物語に引き込まれ、時代も場所も(といってもちょっとヴェネチアを想像しました)架空なのに、なんだかどこかで存在しているようなそんな錯覚に陥りました。素晴らしかったです。
残酷さとカリウの美しい心の対比が鮮やかで、かなしい結末なのに、かなしいだけに終わらせないところに感動しています。
最後の服の種明かしも、いつも通り冴えてますね。
私もファンタジーが描きたくなりました!

13/10/10 クナリ

そらの珊瑚さん>
お読みいただき、ありがとうございます。
ええ、おもっきしヴェネチアを意識してます(^^;)。
まあ、イメージ上はもっと無骨な感じではありますが。
悲しいだけでは終わらない死、何かを遺す死、というのは昔から向き合いたかったテーマなので、これからもこんな感じのものを書くと思います。
ていうかクナリ作品はホラーもファンタジーも現代劇も、人が死にすぎです。
そらのさんはファンタジは向いていると思いますよ。
独特の世界観を作られるので。



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