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実さん

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夢堕ち

13/09/08 コンテスト(テーマ):第三十八回 時空モノガタリ文学賞【 ライバル 】 コメント:0件  閲覧数:1550

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 現実はマンガみたいにはいかないのだと冴島省五ははじめて知った。お互いの存在を意識し合あってライバル心を燃やして、切磋琢磨しながら技術を磨いていくような姿は彼も憧れを持っていた。いつか自分にもそんな時期が来るのだと思っては未来に希望を抱いてそれが努力をする糧にもなっていた。しかし実際には目の前にいるのは白い軽蔑した目をしてくる木内だった。
 ずいぶんと長い間道を間違えてきたのだと冴島は思った。努力するやり方を間違えたのかもしれない。昔であれば意思の通り軽やかに動かすことができた身体は今では鉛玉を抱えているように重たいし、真夏の日陰もない炎天下でプレーしているのに、自律神経はズキズキと音を立てるように唸り寒気が渦を巻いたように身体のあちこちに巡っている。意識が朦朧として飛んでくるボールに集中できない。当たり前のようにトンネルをしては、チームに謝るためにお辞儀すらする余裕もなかった。通り抜けていったボールはまるでウサギのようにピョンピョンと白い体躯を跳ねて外野フェンスまで辿りつく。
「気ぃ抜いてんじゃねーよ、集中しろ冴島ぁ!」サードの木内が怒鳴る。
怠惰だと自分でも思った。それほど体は突っ立ったまま動かなかった。野球で基本の腰を落とす動作にでさえ無意識のうちに膝が震えて、思うままにならなかった。憔悴しきった体には生気がなく土気色をしていてボールが直撃すれば心が壊れてしまうのではないかと思うほど脆かった。
 冴島は高校野球の過酷な練習に耐えることができなかった。毎日蓄積していく身体の重みと心の重みはいつしか冴島の体から溢れ出してしまった。口をパクパクと必死に水面に上げる魚のように、毎日の生活をやり過ごすだけで必死だった。そしてそれから半年、彼は身を粉にしながら耐え抜いたもののいつしか冴島は部活を辞めることになっていた。 
 ライバルとは別の生き物になったのだ。まるで金魚蜂を泳ぐ金魚が凸面で肥大した猫の姿に怯えながら生きるように冴島は木内の姿に怯えるようになっていた。同じリトルリーグで野球をするようになってから同じ夢を追い続けてきたにも関わらず、彼と共にいられなくなったことへの罪悪感は日に日に増した。何もすることなく漠然と放課後のグラウンドを眺めているとなぜ今自分がここにいるのか、ここにいる自分とは誰なのかさえわからなかった。
 一ヶ月も経つと冴島が野球部であったことさえ皆はだんだんと忘れるようになっていった。早朝の練習のためにユニフォームやグラブんだ重いバッグを肩にかけている姿を見ることはなくなったし、練習疲れのために授業中居眠りすることも、昼休みに野球部の部員同士でつるむこともしなくなった。彼は今まで気にも留めていなかったクラスメイトと話すようになっては鬱屈した気分を紛らわせた。ふとした合間にめっきりと細くなった腕に気づくといったい自分はこれからどこへ行こうとしているのか不安になった。
 今日も練習グラウンドから声がする。教室の片隅で頬杖をつきながら野球部の雄叫びのような声出しに耳を傾けていると木内の声が聞こえた気がした。おもむろに目をやるとそこには新しいペアを組んでキャッチボールをする木内の姿があった。時折笑みをこぼしながら楽しそうに練習をする姿を見ていると、もうそこには自分の居場所はないのだと気がついた。まるで何事もなかったように物事は流れてる。かつて俺の居場所だった場所にはきちんと誰かが居座っているし、それでも野球部は今まで通り廻っている。
「マジかよ…」冴島は空を仰いだ。教室の天井には無数の黒い点が広がっていた。「はじめから俺たち二人の関係っていうのは誰でも良かったんだ。”たまたま”同じ野球っていう目標があったから俺たちはライバルでやってきただけだったんだ。そう、たまたまなんだ。偶然同じ地域で生まれて、偶然同じ年齢で、偶然同じような野球の上手さで…だから今までやってこれた。でも野球っていう接点さえなくなっちまえば結局はライバルでも何でもなかったんだ。俺がいなくなっても木内は何も失うわけじゃなくて、あいつは上手い奴を探してそいつと新しくライバルになる。俺が勘違いしてただけじゃないか」
 冴島は机の荷物をバッグにまとめ席を立った。これからは新しい生活に入らなくちゃならない。今まで野球と学校と親友で成り立っていた生活を、何か新しいモノで埋め合わせなくちゃならない。そう、今まで自由にできなかった髪型でもいいし、恋愛でもいいし、ゲームでもいいし、今しかできないどんなバカなことでも今の冴島には何でも良かった。今まで陰鬱だった日常がかつてない程の自由だったことに気がつくと、何もないほどに空虚で真っ白な自由が目の前にあった。翌日、冴島は学校を辞めた。


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