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メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 知足。悠々自適。日々新た

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待ち人来る

13/09/05 コンテスト(テーマ):第三十九回 時空モノガタリ文学賞【 待つ人 】 コメント:5件 メラ 閲覧数:2728

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「待ち人来る」
 確か正月に近所の神社で初詣した時、おみくじにはそう書いていたと思う。夏美はそんな事を思い出したが、それは今の状況にとってなんの慰めにもならなかった。
『ごめん!どうしても仕事が終わらない。必ず埋め合わせはするから』
 交際相手である雅人からそんなメールが届いたのは、待ち合わせ場所に着いてからだった。
「ありえない」
 夏美はそう思ったし、そう返信した。しかし、その後メールはない。
 新しく買ったスカートも、可愛いサンダルも、お気に入りのピアスも、全部バカらしくなる。自分がみずぼらしくて、バカでかっこ悪い女にしか思えない。
 夏美は池袋の雑踏の中で絶望的な気分でため息を付き、これからどうしようかと悩んだ。雅人はこうなると何時間待っても来ないだろう。どうして営業マンなんかと付き合ったのだろう。彼の恋人は自分ではなく、残業と接待だ。
 お腹が空いたような、空いていないような、喉が渇いたような、渇いていないような。夏美は自分で自分が何をしたいのかまるで分からなくなった。家に帰りたいような、帰りたくないような、誰かに会いたいような、誰にも会いたくないような・・・。
 騒がしい街の中で、頼りない自分の行き場はどこにもないような気がした。
 しかし夏美は本来、待ちぼうけには慣れていた。待ち合わせというのは待たされるものだと夏美は宿命的に自覚している。夏美の友達や、今まで交際した男性は、揃って時間にルーズな性格だった。だから生真面目に待ち合わせ場所にどんなに遅くとも十分前には必ず現れる夏見は、三十分とか一時間待つ事は慣れている。しかし、完全に相手が「来ない」となると話はまったく違うものだと、今回学んだ。
「自分が男だったらなぁ」
 よく夏美は思った。男だったらこういう時に一人で立ち飲みバーでも入ってお酒でも飲んで時間を潰せる。ついでに嫌な気分も払拭できる。お腹が空いたら牛丼やでもラーメン屋でも入れる。実際の夏美は酒が飲めないどころか、一人でスター・バックスに入るのも緊張してしまう内気な性格だったので、余計にそんな憧れじみた妄想を描いていたのかもしれない。
 しばらく当てもなく歩いていると、夏美はふと、母親の事を思い出した。どうして今更母の事なんて思い出すのだろう?そう思ってからすぐに思い当たった。今自分の横を通り過ぎた家族連れの姿が目に入ったからだ。とても幸せそうだった。
 夏美の母は、夏美がこの世で一番軽蔑している人間だった。いつも男に依存し、母親である前に、女である事を大事にしていた。夏美には妹が二人いるが、それぞれ父親が違う。子供を生んだのも、その男を引き止めるための手段だったのではないかと思う。
 母親は生活すべてだらしなく、もちろん時間にだらしなかった。買い物先で仕事終りの父と落ち合う事があったが、決まって父は待たされる役目だった。私は母の長い買い物につき合わされ、いつもヘトヘトだった。そんな父親は、夏美が小学生に上がってしばらくした頃に生活からいなくなった。夏美は悲しむ間もなく、すぐに引越しやら転校やら、新しい父親との出会いなどで忙しない日々を余儀なくされた。
 待つ人と、待たす人。自分は待つ人であり、それで構わないと思っている。人を待たすのは、とても辛い事だ。自分の母を代表とする世間の待たす人達は、その恐ろしさに気付いていない。待たされる続けた者の、踏みにじられた者の想いは、とても重たい。
 夏美はぼんやりと昔の事を思い出しながらも、足は駅に向かい、少し思いなおして地下街へ向かった。せっかくだからデパ地下でスイーツの一つでも買って帰るつもりだ。そして夕食のために惣菜売り場も立ち寄ろう。
 デパ地下は混み合っていて、美味しそうな点心の店の前で夏美は並んだ。夕食はこれにしよう。前に四人ほど並んでいるが、そんなに時間はかからないだろう。
 しかし今注文している、お世辞にも上品そうとは言えない中年の主婦が、店員を困らせるくらい大量の注文をしている。これは時間がかかりそうだ。でも仕方ない。私は待つのに慣れている。夏美はそう思い、蒸篭に乗ったシュウマイを眺めていた。
 


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このストーリーに関するコメント

13/09/05 クナリ

我慢というのは、結局「できる限りしてしまう側」の損にしかならないけど、それが世界を支えてもいる、という話を思い出しました。
する側とされる側の違いというのは、場合によっては一生のトラウマや人生観につながると思います。
いっとき損をした人が、その後必ず報われるようであればいいのですが……。

13/09/05 泡沫恋歌

メラさん、拝読しました。

いつも待たされる側の人間って、何だか、その自縛みたいなものから
逃れられないのよね。
待たしても平気な人のメンタリティーが羨ましい(笑)

だけど時間を守らない人はあまり信用も出来ないと思う。

13/09/05 メラ

クナリさん、コメントありがとうございます。
なるほど、世界を支えている・・・。そうかもしれませんね。しかし、損をした人が、後に報われるとは言いがたいのがこの現世。だから我々のような作家が存在しているのかもしれません。何かに報いるために(?)。
恋歌さん、コメントありがとうございます。
「待たしても平気な人のメンタリティー」私も羨ましいと思うことがあります。それくらい図太くなりないなと。しかし、確かに信用は失いますよね。

13/09/05 平塚ライジングバード

メラ様、拝読しました。

淡々としながら深い物語ですね。
自分はどっち側の人間か思わず考えてしまいました。
「踏みにじられた者の想いは、とても重たい。」という言葉は
本当に心に刺さりますね。
意識的に又は無意識的に誰かを踏みにじって人生が成立している
ことを思うとゾクッとします。
偽善かもしれませんが、できる限り人に優しくいきたいものです。

13/09/06 草愛やし美

メラさん、拝読しました。

待つほうにとって、時間の長さが違うと思います。若かりし頃、よく人を待たせました。年を経て、ようやくそれがどんなに酷いことだったか思えるようになりました。たぶん、この罪は生涯消えないかもと思っています。私が待たせたあの時間はもう二度とその方々に戻ってきませんもの……。

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