桜田悠さん

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雨傘

13/09/04 コンテスト(テーマ):第三十九回 時空モノガタリ文学賞【 待つ人 】 コメント:0件 桜田悠 閲覧数:1348

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 夕立の日に傘を貸してもらってから、一度も彼女を見かけない。
 いつも同じ電車に乗っていた彼女。駅でしか会わないのに、私に傘を貸してくれたのだ。
 綺麗にグラデーションを作り出している夕焼けを見ながら歩いている人々を眺める。彼らも私も、何も知らない。自分だけの世界の中に生きている。この夕焼け一つにも様々な見え方があって、それを『美しい』と感じるのだ。
 美しい。
 何が美しいというのだろう。この夕焼けが美しい? 馬鹿な! 人の悲しみを映し出す鏡のどこが美しいのだ。ずっと見ていると涙を誘われるような景色。
 目を閉じたら、自分の痛み、痛み、ああもうやめて。毒々しい夕焼けは世界を取り囲んでいる。綺麗で、美しくて、鮮やかに痛みを蘇らせる。早足で過ぎ去る人々は夕焼けなど気にも留めていない。ねえ、どうして?
 傘を貸してくれた彼女は駅前のこの通りで車に轢かれて死んでしまった。雨の日、私に傘を渡した後に。鞄から折りたたみ傘を出しながら歩いていたからだよ。前を向いて歩いていなかったんだもの。
 貴方たちには分からないでしょうね。心の中で独り言、独り言はいつだって煩いものだけれど、心の中ならどうだろう。私がここで待ち続けている理由が、貴方たちには分かりますか? 分からない、私にだって分からない。話したのなんて一度しかない。それでも私は待っている。
 きっと彼女が死んだのは私のせいではない。ただ私は傘を貸してもらっただけだ。私は何もしていない。それなのにこの痛みは何だろう。
 渡すあてのない傘を持って、青くなってきた空を見上げる。
 誰か、許してください。
 もうそろそろ帰ろうか、と思う。
 今日も彼女は現れない。


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