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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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1日限り

13/09/02 コンテスト(テーマ):第十六回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1641

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 学校から家までの道のりを、美歌はまるで意識したようにゆっくりとした足取りで帰っていた。
 彼女がわざと遠回りしたり、店の窓をのぞいたりしてことさら帰宅時間をおくらせるのは、いまにはじまったことではない。
 明かりのついてないしんとした家に、だれが早く帰りたいと思うだろう。
 彼女が町はずれにある公園の方角に足をむけたのは、そのうえに広がる夕焼けのあまりの美しさにみちびかれたからだった。
 大きな公園だった。祭りの日などはよくここで、フェスティバルを開いたり、いろんな屋台が出て、たくさんの親子づれたちが集まってくるのを美歌は、妬ましさと羨望の入り混じった気持ちで思いだした。彼女はこれまで一度も、母親とふたりでここに足を運んだことはなかった。
 広場の中央に、みなれないテント小屋が立っている。
 見世物小屋のようだった。旅芸人でもやってきたのかしら。みている間にも人々が独特の明るさに満ちた入口に吸いこまれていく。そこからのぞくテント内の臙脂色の幕が、美歌の気持ちをひきつけた。
 立ち去りがたくて、ぐずぐずしている彼女に、
「あなたの好きそうなものがきてるわね。はいろうか」
 美歌は背後に、母親の志乃の姿をみた。
「え、でも………ママ、お仕事は?」
 母親はもう何年も、昼は会社の事務を、夜は食堂の厨房で盛りつけや食器洗いの仕事をしていた。
「たまにはママだって、お休みをとりたいわ」
 テントの入り口からこぼれでる明りに照らされたママの顔が、なぜか深い皺にふちどられているのを美歌はみた。ママはまだそんな年じゃない。
「だけどママ、どうしてここに?」
「途中で美歌の姿がみえたから、追いかけてきたんだけど、美歌、足がはやくって―――」
 美歌は不思議そうにママをみかえした。わざとゆっくりあるいていたのに、それでも追いつけないなんて。
「きょうは食堂のほうは、お休みをとったの」
 その理由を母親は口にしなかったが、その憔悴しきった様子がすべてを語っていた。
「入りたそうにしていたわね」
 志乃はあらためておおきなテント小屋をみあげた。
「ママといっしょに入れたらなって考えてたら、ほんとにママがあらわれたの」
「じゃ、その望みをかなえてあげる」
「うわあ、うれしい!」
 美歌は、無邪気によろこんだ。まだ小学4年生。じぶんの楽しみをおさえてまで、母親の健康状態を気遣うだけの余裕はもちあわせていなかった。
 場内はほぼ満席だった。最前列の席に二人分の空席をみつけて、美歌はその席にむかって母親の手をひっぱった。どの席にもみえる親子連れの姿もいまではそんなに気にならなかった。きょうのあたしはママといっしょよ。みんなにむかって大きな声で吹聴したかった。
「おもての看板には、『魔法使いチュパタインの奇跡』ってあったけど、なにをするのかしら」
 美歌が期待にわくわくしているうちにも、幕はあいた。
 チュパタインはテーブルを前に立ち、せっせと粘土をこねていた。
 やわらかな粘土がそのうち、四足をした猫だかイヌだかそのあいまいな形からは判然としない生き物にできあがっていくと彼は、ふっとその粘土に息をふきかけた。
 といきなり、その粘土でできたものが、背筋をそらしたかとおもうと、確かめるかのようにその場で足踏みしてから、ひらりと身軽にテーブルからとびおりた。
 その奇妙な生き物は、舞台を何周かしたのち、ふたたびテーブルのうえにもどってきた。
 チュパタインの手は、あっというまにそれを、もとの粘土の固まりにもどしてしまった。美歌はおもわず目をそらした。なんだか、とても残酷に見えたのだ。
 彼はそれからもなんども、粘土をこねあげては、猫や犬、ときには鶏のような生き物を作り出しては、やはり息をふきかけることによって、それらの生き物に命を吹き込んでみせた。
 テープルの上で動きまわる粘土からうまれた生き物の上で、得意げに両腕をひろげてチュパタインは、
「このように、わたしはどんなものにでも、命を宿らせることが、できるのです」
「すごい!」
 それにはさすがに、美歌もおもわず声をあげた。隣の母親をみると、彼女はいつのまにか、うとうとしはじめていた。
 見世物も終わって、美歌たちが家にかえってきたときは、すでに9時をまわっていた。
 美歌のなかにはまだ、粘土が命を得て動きだす様子があたまにやきついていて、なかなか興奮がしずまらなかった。
 母親のほうは、みるからに覚束なげな足取りで、なんとか家までたどりつくなり、なにもすることなくベッドに倒れ込むように横になってしまった。まるで、もはや二度と、おきあがってこないように美歌にはおもえた。かなしいことに、その予感は的中した。
 心配のあまり美歌は、身動きひとつしない母親を、なんどかゆすった。なにより指にふれたその体の冷たさに、美歌はぞっとなった。こんどは腕に力をこめて、はげしくゆすってみた。ゆすりながら大声で呼びかけたが、母親が目をあけることはなかった。いままで敢えて避けていた、母親の口に、おそるおそる手の甲をあてた美歌は、かえってくるはずの息が感じられないのを知って絶望にうなだれた。
 美歌は混乱した。心に思い浮かんだある考えが彼女に、救急車への連絡を思いとどまらせた。
 ママを生きかえさなくては。
 気がついたときには、はだしでおもてをかけだしていた。
 無我夢中でやってきたところは、さっきの見世物小屋だった。
 もちろんもう観客たちの姿はなかったが、テントの入り口にはまだ明かりがみとめられた。ためらいもなくその入り口にとびこんでいった美歌は、おりよくステージの上で椅子に腰かけていたチュパタインをみつけて駆け寄った。
「どうしました、そんなにあわてて、お嬢さん?」
 なんだか、まるで彼女がくるのを、待ちうけていたかのようなチュパタインの口ぶりだった。
「ママが死んだの。おねがい、甦らせてちょうだい。あなたは、どんなものにでも、命を吹き込むことができるのでしょう」
 美歌をみつめる彼の目の奥で、他の人々ではまずみかけることのない光がそのときゆらりとうごめいた。自分の能力をためすためなら、あらゆるルールを無視することをかえりみないものの意思をそこからよみとることができた。
「甦らせてもいいが、一日かぎりだよ」
「なんでもいいから、はやく!」
 チュパタインは、美歌の家にやってきた。彼はそして、冷たくなった美歌の母に、ふっと息をはきかけた。
 舞台の上で粘土が動きだしたときのように、母親が、おもむろに目をひらき、顔をじぶんのほうにむけるのを美歌はみた。
「ママ」
 おどりあがらんばかりの美歌とはちがい、母親のほうは、そのまなざしに憂いをこめて、
「美歌、こんなことをしては、いけないわ」
 それを聞くと美歌は、眉間にしわをよせた。自分なりに精いっぱい考えてから、彼女は怒ったように言い返した。
「どうしてなの。わたしはママに、生き返ってほしかったのよ。それは、心からのぞんだことなのよ、ママ」
 まだ立ち去らずにいるチュパタインに、美歌はいった。
「ありがとう。もう帰ってもらっていいわ」
「そうはいかない。わたしはここで、きみたちのなりゆきを、みまもらなければならない」
 美歌は、目にみえて嫌そうな顔つきになった。
 じっさいチュパタインは、それから家にとどまって、美歌と母親のそばから、離れようとはしなかった。
 美歌は、彼の手によってもとの粘土にもどされてしまった生き物のことをおもいだした。1日の命………いまその言葉が彼女の耳のおくで、うるさい蠅のようにうなった。
 朝になり、昼になり、そして夜になった。美歌は、こうしてママといっしょにいられるのも、あといくらもないとおもうと、いてもたってもいられなくなってきた。
 チュパタインは、たちあがった。
 静かな足取りで、ベッドにちかよってゆく彼をみていた美歌は、やがて彼の手によってママの体がモコモコと粘土に変わるのではないかと恐れた。
 美歌の足音が突然きこえたかと思うと、一瞬後、彼女の体がチュパタインにむかって突進するのがみえた。いつのまにかその手には、果物ナイフがにぎられていた。
 チュパタインと美歌の体がぶつかりあった瞬間、彼の脇腹に深々とナイフが突き刺さった。
「ママの命は、かえさないわ」
 床に倒れたチュパタインを、美歌はみおろした。その目が、驚愕に大きく見開いた。
 そこに倒れているのは、彼ではなかった。すでに息絶えた母親の志乃だった。
「いっただろ、1日限りだって」
 いままで志乃がいたベッドに腰掛けたチュパタインが、冷ややかな目で美歌をながめた
「ママ」
 美歌は絶叫した。



 


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