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鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そのために、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 テーマに沿った個別物語の他に、いくつかのシリーズものをコツコツと書き続けさせてもらってます。 その主なシリーズものを紹介させてもらいます。  ☆❤☆❤☆ 新シリーズ 『ツイスミ不動産』 __ 2017.07.16よりスタートさせてもらいました。 カサリンとクワガタ野郎があなたが求める終の棲家を紹介いたします。  ☆❤☆❤☆ 『刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)』 __ 2017.05.21 ただ今、27話 __ 1話完結の2000文字推理小説です。この少ない文字数の中で、百目鬼刑事と部下の芹凛(せりりん)がいかに事件を解決していくか、その醍醐味を味わって頂ければ、光栄です。 これからも引き続き難しい事件に挑戦して参りますので、よろしくお願いします。  ☆❤☆❤☆ 『漢字一文字の旅』 __2017.04.04 ただ今、連載41__ 漢字にまつわるエッセイです。  ☆❤☆❤☆  『歴詩』 __歴史上の人物になりかわって、その波瀾万丈の生き様の思いを詩に綴らせてもらってます。 本作品については、フォト音(on)小説という形で、you tubeにもUPさせてもらってます。 詳細はこちらHPです。  ☆❤☆❤☆  http://ayukazeyuu.net/index.html  ☆❤☆❤☆                         よろしくお願いします。              

性別 男性
将来の夢 この世で最も面白い物語を見つけ出したい。
座右の銘 Do what you enjoy, enjoy what you do.

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女スパイ・村山たか女 (前編)

13/08/20 コンテスト(テーマ):第十五回 【 自由投稿スペース 】 コメント:4件 鮎風 遊 閲覧数:2807

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 幕末に、激しくも生きた一人の女性がいた。
 されど終焉は穏やかに、その生涯を閉じた。
 その女性とは……女スパイ・村山たか女。

 その波瀾万丈だった女の生き様を、一つの記録として、男の視点から書かせてもらいました。
 そして、今という時代おいて、その足跡を追い掛けた男の結論は?



──激しくも生き、されど終焉は穏やかに── (前編)

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
 高見沢一郎は殊勝にも念仏を唱えている。その上、手まで合わせて拝んでいる。先祖の墓参りにも滅多に行かない高見沢が、珍しいこともあるものだ。
 それにはきっと何か魂胆があるに違いない。

 実はそうなのだ。
 ここは京都一乗寺下り松を少し上がったところにある圓光寺(えんこうじ)。高見沢は小さな墓の前で背を丸くしてしゃがみ込んでいる。
 その小さな墓石に彫られている名は──〔村山たか女〕
 そして法名は──〔清光素省禅尼〕(せいこうそしょうぜんに)
 高見沢は合わせた手を今度はあごのあたりに持って行き、少し考え込んだ風にぶつぶつと独り言を呟く。
「村山たか女さん、貴女を追っかけてついにここまで来てしまいましたよ。貴女はこんな所で静かに眠っていたのですよね。ホント感激だ! だけど一度でいいから、たか女さんに逢ってみたいなあ。貴女とお茶したいんだよなあ、そして貴女の生涯について、一杯訊きたいのですよ」
 高見沢はふーと大きく息吐いた。
「まあ遠慮なく言ってみますとね、まずその一つは、井伊直弼(いいなおすけ)から長野主膳(ながのしゅぜん)に心変わりをしたでしょ。なんで直弼から乗り換えたの? 一体何があったの? 貴女の本当の気持ちを教えて欲しいんだよなあ」
 高見沢の独り言が止まらない。
「調べたところによると、貴女が関系持った男の数は四人だったのと違うかな? 一人目は、金閣寺の坊さんに囲われたよね。なんで坊主なんかに、と言いたいところだが……、まあ芸者として生きて行くためには、仕方がなかったんだろうなあ」

 高見沢は今度は墓石にもっと訴えるためなのか、スーと立ち上がった。
「だけど若くてめっちゃベッピンだった村山たか女さん、最初に坊さんに抱かれてしまったと思うと……俺は口惜しいよ」
 高見沢は唇を噛み締める。
「二人目は、結婚相手の多田一郎だったね。こいつは別れてからも終生貴女にスト−カ−したヤツだね。幕末スト−カ−男だよ。なんでこんなヤツと夫婦になってしまったんだよ、これも口惜しいよ」
 高見沢の恨み節が止まらない。
「三人目の男は、これぞメジャ−の井伊直弼か。大老まで出世して行く男、三人目にしてうまく捕まえたよね。だけどね、俺のひがみかなあ、これはもっと口惜しいよ」
 高見沢は頬の辺りを無意識のまま撫でている。
「そして四人目が、直弼の参謀でもあり、友人でもある長野主膳か。この最後の男がよほど好きだったんだよなあ」
 高見沢は今度は哀れっぽい顔付きとなる。
「それで長野のために、身の危険を冒して、女スパイにまでになってしまって……。男と絡めた絆、だけどその揚げ句の果てに、三条河原で‘生き晒しの刑’か、ほんとスゴイよ。波瀾万丈の女の生涯だったんだよね」

 高見沢は‘たか女’の生き様を思い浮かべ一人感銘している。さらに、「たか女さん、アンタはキリッとした幕末美人、女スパイだったよね。俺がもし幕末に生きていたら、無理は言わない、五人目の男で良いから、仲良くお付き合いさせて欲しかった……だろうなあ」
 高見沢は墓石を愛おしそうにさすりながら、こんな不埒なことをほざいてしまう。罰が当たりそうだ。しかし、高見沢はそんなことを別段気にしている風でもない。そして、いつになくまじめな顔付きで、村山たか女の苔むした墓に向かって、もう一度手を合わせるのだった。

 季節は二月の早春。圓光寺の境内には気位が高い梅が咲いている。
 冬の名残なのだろう、冷たい風が頬を切って行く。しかし、時折り淡い梅の香を乗せ、充分に春を感じさせてくれる春風も吹いてくる。そして、どこからかともなく春を告げる鳥が、冷えた空気に浸み入るような声で鳴くのが聞こえる。
 梅の古木の向こうには、御高祖頭巾(おこそずきん)をまとった村山たか女が、女スパイらしく忍び姿で立っているようだ。そして、そっと会釈を送ってきてくれているような気もする。そんな情景がそこにはあった。

 高見沢一郎は毎日毎日仕事に追われる関西勤めのサラリ−マン。しかし世間には、その忙しさとは関係なく、好きな芸能人のオッカケをしている人たちがいる。特に女性たち、これが生き甲斐と仰って、人生をエンジョイされている。
 そんな楽しいことならば、しがない平成サラリ−マンにも、きっとオッカケ権利はあるはずだ。高見沢はそう信じ、仕事の合間を縫って、その権利を行使してきた。
 もちろんそのオッカケ対象は‘村山たか女’。ここ三ヶ月、まことに熱心だった。

 今から百七、八十年前、三十路過ぎの村山たか女。漆のような黒髪に、透き通る白い肌。たか女は月光の下に咲く白梅のようにしっとりと美しい。
 高見沢一郎は、そんな百七、八十年前の女性、村山たか女を追っかけてきた。
「俺も自分ながら、ほんとバカだよなあ。百年以上前に死んでしまった女性を追っかけてるのだから……。だけど、たか女は一体どんな女性だったのだろうか? 一度でも良いから逢ってお話しをしてみたいよ」
 高見沢はそう呟いて、たか女の墓にもう一度「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と念仏を唱えた。それから中年の熱い気持ちを鎮め、圓光寺を後にしたのだった。

 高見沢が次に向かった所。そこは、村山たか女がその晩年、生涯を終えるまで暮らした言われる金福寺(こんぷくじ)。
 村山たか女は三条河原で‘生き晒しの刑’に合った後、金福寺で尼として十四年間を暮らした。そして、1876年(明治9年)に六十七歳で没した。
 圓光寺から金福寺まで、徒歩で十分もかからない。金福寺は実に小さな寺だ。高見沢は一通りの見学を終えて、「よっこらしょ」と南向きの縁側に腰掛けた。
「こんなところで、たか女さんは、生涯を終えたのか」と感慨深い。そして高見沢は、たか女を追っかけて、事ここに至った経緯ついてぼやっと振り返り始めた。

 あれは昨年のことだった。秋も終わり、もう冬の寒さを感じさせる十一月の半ばの久しぶりの休日。たまには多忙な仕事から解放され、気晴らしにと彦根城へと出かけた。
 彦根は琵琶湖の湖東に位置する井伊家の城下町。三十五万石の城がそのまま残り、江戸時代の雰囲気が今でも漂う湖畔の町。
 高見沢は城山を囲むお掘端をぶらぶらと散策した。そして何気なくふらっと立ち寄った所、それは埋木舎(うもれぎや)。
 1860年3月3日、桜田門外の変で花と散った井伊直弼が、その若き時代を悶々と過ごした屋敷。実に暗い。
 父・直中の十四男である直弼がまったく将来に希望が持てず、自分の人生を埋もれ木のごとくと卑下して暮らしていた。

 時はその頃、京から彦根藩に舞い戻ってきた年上の女がいた。その女性こそが村山たか女。都の風とともに、直弼の目の前に忽然と現れたのだ。
 村山たか女には、男を弄(もてあそ)ぶような危険な美しさがあった。
 埋木舎での鬱々とした生活。直弼は、たか女に刺激的な悪の甘美を見出したのだろう。直弼はたか女に一目惚れ。一生懸命となった。そして、二人は恋に落ちてしまった。
 多分、埋木舎の暗い部屋の中で、巳年生まれのたか女は直弼に蛇のように絡まり、愛を育んだのだろう。
 しかし、直弼には刺激を愛とする愛は似つかわなかった。直弼の‘たか女’への愛は正妻をめとる頃から世間体もあり、打算の中で醒めて行く。

 一時あれほどまでにも燃えていたのに……。それはたか女の愛の濃度が濃過ぎたのだろうか。淫靡な愛の果てに、直弼はたか女を捨てた。
 そして、村山たか女が次に選んだ男。それは直弼の参謀でもある友人の長野主膳。まるで長野の女になることを狙っていたかのように。
 しかし、たか女はいかにも自然の成り行きかのように、今度は長野との恋にもっと深く溺れ、女スパイへと変身して行ったのだ。
 そんな三人の愛のドラマの結末。
 それは──直弼が桜田門外の変で暗殺される。そして、好きで好きで堪らなかった長野主善は斬首(ざんしゅ)の刑。さらに、たか女自身は──‘生き晒しの刑’となった。

 高見沢はたか女と二人の男の関わりを知り、好奇心に火が点いてしまった。
「う−ん、百七、八十年前に、こんな激しい生き方をした女性がいたのか」
 こんな村山たか女に猛烈な興味が湧いてきた。
「本当のところは、一体どんな女性だったのだろうなあ? 一度で良いから逢ってみたいなあ」と気持ちが膨らんだ。
 彦根城散策から帰った後、時間を見つけては高見沢なりにいろいろと調べてみたりもした。
 そして年が明けた一月に、たか女に逢うために次の行動を起こしたのだ。それは天寧寺(てんねいじ)を訪ねてみることだった。

 天寧寺(てんねいじ)は井伊家ゆかりの寺。別名、萩寺とも呼ばれている。
 彦根の城下町を一望できる佐和山の高台にある曹洞宗の小さな寺。
 第十一代彦根藩主は直弼の父の井伊直中だった。その直中が権勢を振るっていた頃、欅(けやき)御殿奥勤めに若竹という腰元がいた。
 若竹は若くてなかなかの器量持ち。そのせいか、ある日誰の子かわからぬ子を宿してしまった。
 欅御殿奥勤め。それは男子禁制の厳格な職場。直中はその不義を咎め、若竹を罰してしまった。
 しかしその後日、直中がよくよく調べてみると、若竹の不義の相手は自分の息子の直清であることがわかった。
 直中は、自分の孫になるはずの幼い命を奪ったことを深く悔やんだ。そして、その菩提を弔うために天寧寺を創建した。
 そこには京都の名工・駒井朝運が刻んだ‘五百羅漢’がある。
「亡き親、子供、いにしえの人に会いたくば、五百羅漢に籠もれ。必ず自分の探し求めている人に会える」
 そう言い伝えられている実数五百二十七体の羅漢、それらが見事に奉られている。
 高見沢は単純に「いにしえの人に会える」という言葉に心を惹かれた。
 きっと‘村山たか女’に会える。そう信じ、訪ねてみた。
 そして立方体のようなお堂の中へ入ってみて、びっくり仰天。
「えっ、これなんだよ、スッゴイなあ、羅漢さんがおるわおるわ……おるでぇ。仲良くずらっと並んでらっしゃる。表情が豊かで、頭に手を上げてる羅漢さん、楽器を引いている者、おまけにビ−ル腹のヤツまでおる──奇妙奇天烈な輩ばっかりだ!」
 高見沢はまずその様々な姿に目を見張った。
「おっおー、あそこのお方はこの間亡くなった隣のオッサンに似てるよなあ。極め付けはあそこにいるヤツ、昔の上司にそっくりだよ。ホント、アイ・サプライズ(I surprise.)」
 高見沢は「これが五百羅漢というものか、まことにお見事!」と驚愕し、そして大感激する。

 高見沢はしばらく精神高揚の中で参拝をさせてもらった。その後、徐々に熱も冷めて冷静さを取り戻してくる。そしてもう一度よくよく考えてみる。何かしっくりとこない。
 高見沢はやっとその理由が何なのかがわかった。そして思わず声を上げてしまう。
「みんな、みんな……男ばっかりだよ!」
 その通り、五百羅漢には女性はいない。野郎ばっかりなのだ。
「俺が逢いたいのは、いにしえの女性、村山たか女。なんてったって彦根藩一番のベッピンさんだぜ。そうだったのか、これはシマッタぞ、いにしえの人に会えるって、五百羅漢は──男ばっかりだったとは気付かなかったよなあ」
 五百羅漢では、高見沢の期待に添うことはできない。
「あきらめるしか手がないか。残念無念!」
 高見沢はぶつぶつ言いながらお堂から外へと出る。そして、彦根城を遠望出来る見晴らし台へとふらふらと歩く。

 そこには長野主膳義言(よしとき)の墓。桜田門外の変の血染めの土を埋めた井伊直弼の供養塔。そして、圓光寺の村山たか女の墓から移されて来た土の上に建つ碑。それらは彦根城を背に三人仲良く並んでいる。
「へえ−、こんなところで三人は再会していたのか。無理矢理にひっつけられて、ちょっとこの三人異様だなあ」
 高見沢は三つの碑の前に立ち、ぞっとする。
「こんな呪われたような場面では、ム−ドを変えるためにも、たか女さんに一つ質問させてもらおうかな」
 高見沢はますます不埒な思考にはまり込んで行く。
「たか女さん、貴女を愛した男二人、彼らに今挟まれて幸せですか? その答えは‘YES’しかないよね。そうしたら今みんな生きていたとしたら、どっちの男を選びますか? これは難しい質問かな……、それとも次の男を探しますか?」
 高見沢はたか女の碑の前でアホなことを考えている。その挙げ句に、「もっと村山たか女さんのことを知りたいよなあ」とその思いを募らせる。
 しかし、埒は開かず、その日のオッカケを諦め、天寧寺を後にしたのだった。

 そんな日から一ヶ月が経った。そして先程、京都一乗寺下り松を少し上がったところにある圓光寺で、村山たか女の墓参りをした。それから金福寺を訪ね、今縁側に座り込んでいる。
 彦根城、天寧寺、圓光寺、金福寺と‘たか女’を追い掛け、辿ってきた道程。その間いろいろ調査もしてきた。高見沢は鞄の中からおもむろに一冊のノ−トを取り出した。そこには『村山たか女の年表』と表題が記されている。
 高見沢が毎日の仕事を終え、少しの余暇の中で、歴史書から‘たか女’情報を収集してきた。それを自分勝手な解釈で脚色し、年表風に書きまとめている。
 高見沢は今一度、そのノ−トを読み直し始める。そして、たか女の波瀾万丈の生涯に思いを馳せ、さらに妄想の世界へと埋没して行くのだった。

 時は1809年(文化7年)。村山たか女は近江国犬上郡多賀町に生まれる。
 父は多賀社尊勝院主の尊賀少僧都。母は多賀社般若院住職の妹の藤山くに。
 たか女は、母くにが上人のお世話に通っている内に生まれた。世間体もあり、同社寺侍の村山氏に預けられ、村山可寿江(かずえ)の名で育てられた。
 たか女は巳年生まれ。色白で、どことなく白蛇のような怪しさを持つ美しい娘だった。
 一方、長野主膳と井伊直弼は1815年(文化12年)の生まれ。この二人は同い年。そして、たか女からは六つ年下だった。
 長野主膳の出生は詳しくは分からないが、伊勢国出身とも言われている。この主膳の名は彦根藩士になってからの名。それまでは義言(よしとき)と名乗っていた。
 井伊直弼は1815年10月29日生まれ。第十一代彦根藩主の直中(五十歳)と母お富の方・彦根御前(三十一歳)の間に、十四男として欅(けやき)御殿で誕生した。

 歳月は流れ、時は1826年(文政9年)。
 巳年生まれのたか女は十七歳となった。活発で、怜悧な頭脳を持った娘に育っていた。そしてその肌は抜けるように白く、切れ長な目は鋭い。それはまるで白蛇のように、男までも凄ませてしまう怪しい美を持ち合わせ、美麗であった。
 そんな娘盛りのたか女・十七歳は、直弼の兄・直亮(1831年父直中死去の後の十二代藩主)の侍女となった。
 当時、直弼はまだ十一歳の少年。御殿で垣間見る侍女・たか女は目映いくらいに美しい。直弼はその子供心にも、たか女に心ときめかせた。

 たか女が侍女として勤め始め、四年が経った。その1830年(天保元年)、たか女は二十一歳。その姿態全体から醸し出される妖しい美はますます増し、艶麗な女性となった。
 こうなれば世間が放っておかない。母親の藤本くには京の都の花柳界に顔が利く。その紹介で祇園の芸者となり、華やかにデビューを果たす。
 1831年(天保2年)、たか女は二十二歳。ますます妖艶な女に変身して行く。そして都一の人気芸者となり、すぐに身請けの声が掛かる。
 それは金閣寺の僧から。是非にと。
 たか女はそれに応じ、京の北野で囲われの身となる。
 しかし、たか女はそんな籠の鳥のような生活に満足できなかった。もっと青い大空へと自由に羽ばたいてみたい。こんな閉じ込められた世界から飛び出したい。
 たか女はそんなことを強く思った。そしてたか女は、溺れる者は藁をも掴む気持ちで、身近にいた寺侍・多田一郎を誘惑する。
 たか女はまずは女として平和で平凡な生活を夢見て、多田一郎の妻となる。そして男の子・多田帯刀(たくわき)を産む。
 されど、もっと自由に羽ばたきたいという一念だけで、とりあえず一緒になってしまった‘たか女’。そんな見せ掛けの幸せはすぐに泡のように消えて行った。
 多田一郎がもっと強い男であったならば、また違った人生がそこからあったのかも知れない。
 だが、たか女は決断し、離縁する。そしてこれにより、たか女の新たな運命が開かれて行くこととなったのだ。

 1834年(天保5年)、たか女・二十五歳。多田一郎への失望と、そしてそれから解放されることへの期待。そんな胸中で離縁をした。そして一人息子・帯刀(たくわき)を連れ、彦根へと舞い戻ってきた。
 女房に逃げられてしまった多田一郎。よほどたか女が良い女だったのだろう。その後幕末ストーカーとなり、その生涯、たか女を追い掛けつきまとう。
 しかし、村山たか女は新たな世界を求めて踏み出してしまった。二度と多田一郎には振り返りもしなかった。

 直弼は、その頃一体どうしてたのだろうか?
 たか女が金閣寺の僧に京都の北野で囲われていた頃、直弼は十六歳になっていた。
 十四男の直弼は、十二代藩主になることはない。たった三百俵の捨扶持をもらって、埋木舎(うもれぎや)で暮らし始めていた。

『世の中を よそに見つつ埋もれ木の 埋もれておらむ 心なき身は』
 直弼は己のことをこう詠んだ。
 夢も希望もない。鬱々とした日々がなんの輝きもなく過ぎ去って行く。そして二十歳の時の書がある。
『これ世を厭(いと)ふにあらず。はた世をむさぼるごときか。弱き心しおかざれば、望み願うこともあらず。ただ埋もれ木の籠もり居て、なすべき業をなさまし』
 今風に解釈すれば、世の中が嫌になったのとは違う。また出世したくてたまらないのとも違う。したがって望み願うことは何にもない。 
 ただ土に埋もれた埋もれ木のように、自分のやるべきことをやるだけだ。

 これは──まさに陽の当たる場所に出られない男の心の叫びか? それとも大いなる僻(ひが)みか? なんと暗い思考なのだろうか。
 落ち込んだ直弼の日々。そのような頃に、忽然と村山たか女が直弼の目の前に現れた。都の風に乗せられて、一人の女が舞い戻ってきたのだ。
 少年時代、直弼が御殿で垣間見て、その小さな胸を熱くした‘たか女’が……。
 あの頃確か直弼は十一歳。たか女は十七歳だった。当時のたか女にはまだ初々しい乙女の輝きがあった。
 しかし、今は違う。たか女には男を弄(もてあそ)ぶような危険な美しさがある。そんな妖しげな妖艶さがたまらない。
 1839年(天保10年)、直弼・二十四歳、そしてたか女・三十歳。この頃からたか女は直弼の恋人となる。
 埋木舎の暗闇の一室。きっとたか女は白蛇のように、直弼に巻き付いたのだろう。そして直弼は、その冷えた肌の感触から逃げられなくなったのかも知れない。

 一方長野主膳は、その頃何をしていたのだろうか?
 直弼と同い年の長野は伊勢国飯高郡滝野村に姿を現した。そして、その二年後の1841年(天保12年)。長野・二十六歳は、滝野村の次郎左右衛門の娘、四つ年上の女・多岐(三十歳)と夫婦となる。
 直弼も長野も、二人とも年上の女が好みのようだ。ここにも二人を結びつける運命的なものがある。
 そして長野と多岐の夫婦は旅に出る。
 1842年(天保13年)、長野主膳・二十七歳。その旅路の果てに、近江国坂田郡志賀谷で国学塾‘高尚館’を開く。
 その噂を聞き付けて、初夏のある日、たか女・三十三歳が勉学のためにふらりと高尚館を訪ねてきた。村山たか女と長野主膳、ここに二人は運命の出逢いをする。
 長野主膳は二十七歳の時にたか女に出逢う。その時の長野の感動が歌に残っている。
『思うその ゆかりと聞けば 青柳の 知らぬ蔭にも 立ちまとひつつ』

 長野は濃艶に美しい‘村山たか女’に、よほど衝撃を受けたのだろう。そしてたか女も、長野の男の色気にビビッとくるものがあった。
 だが用心深い。たか女は長野と意気投合したものの、自分の心を打ち消したいところもある。そのためか、直弼に長野を紹介する。
 直弼はそんな女のずるさがわかるほど、未だ成長をしていなかった。
 長野に埋木舎を訪ねてくるように手紙を出した。長野主膳がそれに応え、直弼の住む埋木舎を訪ねる。
 その夜、国学和歌で二人は盛り上がり、生涯の友となる。
 直弼と長野は共に二十七歳。村山たか女が三十三歳の時のことだった。

 人の出逢いとはまことに不思議なものだ。今までまったく異なった人生を歩んできた三人。しかし、いろいろな出来事を経て、それぞれの三つ線がここに……一点に交わり収斂した。
 その運命の日は1842年11月20日。村山たか女、長野主膳、井伊直弼の三つ星が流れ、そしてこの宇宙の一点に集結した。
 そしてここを起点として、その後のそれぞれの生き様は互いに連動しながら、より複雑な姿へと変化して行くのだった。


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このストーリーに関するコメント

13/08/21 泡沫恋歌

鮎風さん、拝読しました。

激動の時代を村山たか女は駆け抜けて行ったんですね。
情熱の人だったのかな。

13/08/24 草愛やし美

鮎風遊さん、拝読しました。

膨大な史実を調べられ、それを軸にして書いておられる凄い作品だと感心しました。

昔の時代は、女性にとって生きていくことは過酷で大変苦労なことだったと思います。もちろん、男性も大変だったでしょうが……。

13/11/30 鮎風 遊

泡沫恋歌さん

幕末、それは男だけが激しく生きたのではなく、
女性もだったようです。

13/11/30 鮎風 遊

草藍さん

昔、女性にとっては大変な時代のようだった。

だけど、つぶさに見ていくと、
皆さん、案外と奔放に生きて行かれたような感じがします。

昔も、今と変わらず、女性は強かったみたいです。


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