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寒竹泉美さん

京都在住の小説家です。「月野さんのギター」(講談社)発売中です。 という自己紹介にも飽きたので、2冊目、早く出したいです。がんばります。

性別 女性
将来の夢 お金の心配をせずに暮らすこと。
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幸運の傘

12/05/06 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:7件 寒竹泉美 閲覧数:5050

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 初めて来た土地で勝手が分からずうろうろしていると、空から白いものが次々と降ってきた。雪だろうか? と思って、男は足を止めた。でも、ここはずいぶん温かい土地だ。半袖でも充分なほどの陽気で、日が照っている。いくら異常気象が増えているとはいえ、こんな日に雪は降らないだろう。

 髪にくっついた白いものを摘み上げて、よくよく観察してみると、何かの植物の綿毛のようだった。しかし、見たことがないほどに大きい。ピンポン玉くらいの大きさの白い綿毛に、小さな種がついている。風が吹くと横に流れるが、無風のときは種の重みでひらひらと地面に向かって落ちてくる。まるでパラシュート隊のようだった。

 強い風が吹いた。空が真っ白に染まるくらいの大量の綿毛がいっせいに飛んできた。青い空とのコントラストが美しく、なかなかの絶景だと男は感心していたが、体のあちこちからむずむずとした不快なかゆみが発生していることに気がついて、顔をしかめた。かゆみは、綿毛が着地した皮膚に特に強く発生している。

 綿毛アレルギーなんて聞いたことはない。けれど、なにせここは初めて来た土地だ。男の知らない植物があって、男が自覚していないアレルギーが発症したのだろう。たまらず、男は走りだし、近くの民家に飛びこんだ。

「すみません、少しここで休ませてください」
 家の中にはひとりの老人が座っていて、男を優しく出迎えた。
「水も食事もたっぷりあるから、ここで休んでいけばいい。泊まっていってくれても構わんよ」
「ありがとうございます。でも、そうじゃないんです。綿毛が飛ぶのがおさまるまでの間だけでいいんです。どうやら僕は、あの綿毛のアレルギーみたいなんです。あれが、体に触れたらかゆくてかゆくて」
 老人は、窓から外を見て、ほう、始まったか、とつぶやいた。
「残念だが、あれはいったん始まったら一ケ月は飛び続ける」
 男は途方に暮れて老人を見た。一ケ月もここに留まるわけにはいかないのだ。

「そうだ、いいものがある」
 老人は奥へ引っ込んだ。ごそごそと何かを探っている音がした。やがてほこりにまみれた一本の傘を大事そうに抱えて、老人が現れた。
「これを持っていくといい」
「すみません」
 男は恐縮しながら受け取った。黒くて何の変哲もない傘だが、大きくてしっかりと綿毛を防ぐことができそうだった。
「でも、僕は旅の途中なので、この傘を返しに来れないかもしれません」
「構わんよ」
 と、老人は言った。
「この土地には雨が降らない。見ての通り、その傘はもう何十年も出番がなかった」
 大きな川が流れていて井戸水も豊富に湧き出るから、水に困ったことはないのだ、と老人は付け加えた。川の上流やこの土地の近辺では豊富な雨が降っていて、このあたりだけ降らないらしい。不思議な土地もあるものだ、と男は思った。

 老人は、生涯で一度だけ、ほかの街へ旅をしたことがあった。今住んでいる場所に不満はなく、自給自足で暮らしていたけれど、見聞を広めるために一度は外の世界を見たかったのだ。だが、うっかりしたことに、彼は、ほかの土地では雨が降るということを忘れていた。空からざぶざぶと振り続ける水を眺めて途方に暮れていた老人――当時は青年だったが――に、ひとりの女の子が傘を差しだしてくれた。それがこの傘だった。

「それは幸運の傘なんだ」
 男が帰る間際に、老人は言った。
「幸運の傘! そんな大事なものを僕が持っていくわけにはいかないです」
 男は驚いて傘を老人に返そうとした。
「いいんだ。幸運の傘だから持って行って欲しいんだ」
 老人は強引に男を家の外へ押し出した。男は、仕方なく綿毛を避けるために傘を開いた。傘の内側にいると、あの不快なかゆみは生じなかった。綿毛はみんな、控えめな音を立てて傘に着地し、それから、彼の目の前をひらひらと舞いながら落ちていった。守られているという感じがした。
「あんたの住んでいるところには、雨が降るかい?」
 と、老人がたずねた。
「降りますよ。しかも、降ったり降らなかったり気まぐれで、いつも雨に悩まされています」
 男が答えると、それはいい、と老人は笑った。それから、幸運を、と男の未来を祝福した。

 
 旅から戻った男は、傘の表面に何か文字が書いてあることに気がついた。
――必要とする誰かにこの傘を貸したとき、あなたに幸運が訪れるだろう――
 男は、窓から青い空を見上げた。老人にはどんな幸運が訪れたのだろう、と、男は想像して微笑んだ。雨が降るのがこんなに待ち遠しいのは初めてだった。


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このストーリーに関するコメント

12/05/06 かめかめ

おもしろかったです。
しかし、主人公が傘を貸すためには、雨の日に2本の傘を持ち歩かねばなりませんね〜

12/05/07 ゆうか♪

初めまして、拝読させていただきました。

とても素敵なお話で、ふと思い出したのが、「不幸の手紙」。
それとまったく反対の内容でしたね。

私もこんな傘が欲しいなぁ〜♪

無名とは言え、作家さんなんですね。憧れちゃいます(*^-^*)
これからも頑張って素敵な作品を書いてください。

12/05/07 寒竹泉美

■かめかめさん
コメントありがとうございます!そうですよね。大きな黒傘を持ってうろうろしないといけないですよね。かなりあやしいので本当に困ってる人に絶好のタイミングで差し出さないと、受け取ってもらえなさそうですね。

■ゆうか♪さん
傘ってすぐに人に取られて、傘は天下の周り物…ということから発想しました。この傘を人に貸さないと不幸になるバージョンも考えたけど、貸した方も貸された方もハッピーな方がいいですよね。
ありがとうございます。読んでもらえて嬉しいです。

12/05/09 AIR田

どんな幸福が訪れるのか。想像したら楽しくなってきました。

とても素敵なお話でした。

12/05/09 寒竹泉美

■AIR田さん
想像して楽しくなった、なんて、とても嬉しい感想です…!ありがとうございます! 

12/05/16 智宇純子

短い文章の中に多くの情報がさりげなくうまくギュッと詰まっている。流石です。
個人的には「プローブ」の続きが読みたいです♪

12/05/20 寒竹泉美

■ポリさん
わあ、プローブも読んでくださってたんですね!コメントありがとうございます!続き、書きたいです。読んでいただける機会が来ますように!

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