1. トップページ
  2. 信じてさえいれば

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

0

信じてさえいれば

13/08/19 コンテスト(テーマ):第十五回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1641

この作品を評価する

 最初にだれが、それをいいだしたのかは、いまとなっては定かでない。
 裏山の、茶臼山のいただきにある丘に、零時ちょうどに、宇宙船が飛来する。
 それを信じて待っていたものだけに、宇宙船の乗船切符が与えられ、それに乗り込めば銀河のかなたにまで招待され、光とファンタスティックに満ちた宇宙の旅を心から楽しめるという。
 冗談半分の噂にしても、だれがそんなものを信じるだろう。
 大人たちは、日々の暮らしに忙しく、子供たちは勉強と、インターネットとゲームに夢中になっていた。
 だが、その噂が流れてからというもの、夕暮れじぶんになると町には、ブラッドベリ的たそがれがたちこめるようになり、ルグイン風神秘にみちた魔法的な夜がおとずれるようになった。
 よほど頭の固い連中はべつにして、大方の大人や子供たちは、そんな幻想的な雰囲気にひたされているうちに、いやがうえに、じわじわとあの噂が心の中に忍び入ってくるのを、どうすることもできなくなった。
 どんなに仕事にあけくれ、家計簿の細かい出納に神経をとがらすものにも、子供のころ胸をときめかせて読んだ冒険小説の感動は、いまでも忘れずにいるものだ。子供たちにしても、なにもかも計算しつくされたCG合成で描かれたアニメからときにははなれて、神秘にみちた無限の宇宙からふきよせる未知の風に、吹かれてみたい誘惑にかられることがあるものだ。
 茶臼山の丘に宇宙船が飛来するのは、十月の十五日―――ちょうどあと一週間後のことだった。
 夕暮れ時になると、ぱらぱらと茶臼山にむかう、大人と子供たちの姿がみとめられるようになった。
 祭りやカーニバルに向う人々のような陽気で、はれやかな期待感とはちがう、なにやら胸に秘めた、物静かな表情が、大人の顔にも子供の顔にも浮かんでいる。
 はっきりと口にするのは恥ずかしいが、ここに足を運ぶことによってそれが、だんだんと煮詰まってくるような感覚に、後押しされてかれらは毎日のように茶臼山にやってくるようになった。
 かれらは丘の頂きまでくると、一様に夜空をみあげた。
 だれひとり、言葉を交わすこともなく、あくまで沈黙する宇宙からなにかを聞き取ろうとするかのように、じっと夜空にむかって耳を澄ました。
 なにひとつ、確約するものなどなかった。ただ、それを信じることだけが、やがて到着する船に乗る、権利をつかむことを、かれらはいつしか信じるようになっていた。
 二日目は、きのうの何倍もの人々がやってきた。信じるものの数が多ければ多いほど、宇宙船の話に信憑性がいやましていくのは自然の成り行きというものか。
 
 茂作が、やはり茶臼山につづく石段をみんなにまじって上がりだしたのは、三日目の夕暮れ時分のことだった。
 失業中で、アパートの部屋にくすぶっているのにいい加減もうんざりしていた彼が、電車に乗るには金が惜しいし、それではということで、いまこの町でブームになりつつある茶臼山めぐりにやおら、出かける気持ちになったのだった。
 ふりはらってもふりはらってもわきおこる、不安にみちた暗い妄想から逃れるために、宇宙から飛来する船という、夢はあっても罪のない幻想に彼はすがりつくことにした。

 茶臼山の頂きには、すでに百人ちかい連中がいただろうか。
 熱心に頭上をみあげるみんなの中で、茂作もまた、星が光りはじめた広大な空に目をやった。
 茂作はそのとき、ザアーという、聴きなれない音を聞いた。風はふいていないし、下の道路には車の影はない。かれはなおも耳をすました。やはりきこえる。
「これが、宇宙船の音なのかな………」
 ふともらした茂作のつぶやきに、となりにいた中年男が、
「どんな音がきこえる?」
「なんかザアーっていう、ふりだした雨音のようです。でも、やっぱり、生まれてはじめてきく音だな、これは」
「あんた若いのに、耳鳴りがするんじゃないか。宇宙船なら、キーンだろう」
「きかれたことあるのですか?」
「いや、まだだけど、きけえるとしたらきっと、そんな音のはずだ」
 みんなの訝しげな目がきゅうにじぶんに集まるのを、茂作は意識した。その中にはこのまえ、職安でいっしょになった女性もいた。その女のこちらにむけられる目に、じぶんはさておき、失業中というなぜか蔑んだ色を茂作は読み取った。自分のような社会からドロップアウトしたものには、恒星間を飛行する船の音などきこえるはずがないとでもいいたげに。女はそして、まわりの人々になにやら、ひそひそ話しかけている。あきらかに、じぶんのことを話しているなと、茂作にはぴんときた。こういうときの常で、なにかこちらの悪口をいっているのはまちがいなかった。
 茂作の耳の中で、ザアーという音は、しだいに大きくなってきた。
「本当に宇宙船が、やってくるかもしれない」
 あたりをはばからない茂作の声に、周囲にいたみんなは、失笑した。
 みると、だれもの目にさっきの、女の目とおなじ色が宿っているのがわかった。
 みんなが自分を蔑んでいる。
 それは茂作が普段から、社会の中で意識しているもので、ただ彼は、ここにきた最初のころ、かれらの顔にうかんでいた、なにかをひたすら待ちうけるようなひたむきな表情がいまは、すっかり色褪せてくすんでいるのをしった。
 その感情はおそらく、人を小馬鹿にするような気持ちとは、うらはらなものなのだろうということだけが、辛うじて彼には理解できた。

 四日目の夕暮れ時、茶臼山に上るひとの数は昨日にくらべ、減少した。これまで、夜おそくまで丘にたむろし、もしかしたら船の航跡がみえないものかと、暗い夜空に光の尾をさがしていた人々の姿を、きょうは探すのに苦労しなければならなかった。
 家の用事ができたので。ちょっと風邪気味で。町内会の運動会の準備が忙しくて。あたらしいアニメをみたいので………
 いろいろな口実をもうけては、丘に上ることをやめてしまった。
 要するにかれらは、宇宙船の存在を、信じることをやめたのだ。
 船の音を、なにより茂作が聞いたということが、かれらには腹立たしかったのかも知れない。
 これが町会長とか、町の実力者の息子などだったら、そんなことはなかったにちがいない。
 船の音がきこえるという特権を、彼のようなどこの馬の骨ともわからない、とるに足らない失業者に、かれらはあたえるわけにはいかなかったのだろう。それでも茂作があくまでいいはるというなら、我々はもうおりるというわけだ。
 逆に茂作のほうは、たしかにきこえた音を、ただ一途に信じることにした。
 その音は、これまでの彼の、不協和音ばかりの生涯にきいた、もっとも美しく澄んだ響きをしていた。
 このような音をだせるのは、美しく澄んだ心の持主以外ありえないという気持を彼の中にみちびきだした。
 五日目になると、それまできていた子供たちを、つれもどしに親たちがやってきた。
 六日目、最後までのこっていた少数の人々も、やってこなくなった。

 そして七日目の深夜、ひとり船の到来を信じていた茂作は、茶臼山のいただきに立っていた。
 いままできこえていたザアーという音がふいにとだえた。
 頭上をふりあおぐとそこに、地球のものではない船がうかんでいた。
 前置きもなく、宇宙船の下部から照射された光につつまれた茂作の体は、それまでの彼とはおもいもよらない姿に変化した。銀河の旅にでかけるためには、欠かせない変身だった。
 やがて茂作は宇宙船内に吸収されていった。
「ヨウコソ」
 船内で待っていたいまの茂作と同じ姿をしたものが、歓迎した。変身をとげた茂作には相手の言葉はよどみなく心の中に伝わってきた。
「本当に、きてくれたのですね」
 茂作が喜びをあらわすと、相手もまた手放しの喜びを示しながら答えた。
「ワタシタチハ、アナタガ来ルノヲ、信ジテイマシタ」
「ぼくも、信じていました」
「信ジテサエイレバ、望ミハカナウモノデス」
 あの空からきいた音と同様その声は、茂作の心を静謐な喜びに満たした。

 茂作を乗せた宇宙船は、銀河の彼方にむかって、大きく翼をひるがえした。
























コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン