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W・アーム・スープレックスさん

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漫画1ページ5円の時代の話

13/08/12 コンテスト(テーマ):第三十八回 時空モノガタリ文学賞【 ライバル 】 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1669

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 レトロブームのいまだから、貸本という言葉の響きに、漫画オタクの連中は目の色をかえたりするけど、当時の貸本業界は、それは厳しいものだった。
 貸本といえば、一日借りていくらといったぐあいで、中学生時代の私の町にもあちこちに貸本屋があった。
 漫画少年だった私と塚本と小野木の三人は、せっせと貸本用の漫画をかいては、その手の出版社に投稿を重ねていた。1ページ5円。信じられないだろうが、無名の漫画家のそれが原稿料だった。私と塚本は、投稿はしても、まず採用されなかった。いまとちがいそのころ漫画家人口はそんなに多くはなかった。が、みんなやる気と情熱に燃えていて、私たち中学生がいくら徹夜三日でかきあげたものでも、到底かなうものではなかった。
 ひとり小野木はそうではなかった。才能のある彼は、我々が舌をまくような作品をかきあげては、直接出版社にもちこみそして、本になっていた。
 出版社からの依頼で小野木は月にニ、三本の作品―――1冊最低百ページはあったと思う―――をかいていた。学校に通いながらだから、その枚数はばかにならない。たまに顔を合わしたときなんか、げっそりやつれて、目のまわりに隈を作っていたりした。
 あるとき私は、彼のところにたずねていった。当時彼は、家族がすむ家からすぐちかくの、ガレージの角に建てられたプレハブ小屋をアトリエ替わりにしていた。彼が将来漫画家になるという固い意思は、親も認めていたので、そんな離れをあてがわれていたのだろう。
 そのときも彼は、一心不乱に墨汁で指をまっくろにしてペンをはしらせていた。いまも目をとじれば、そのときのペン先と原稿紙がかすれあう、カリカリという、我々にとっては懐かしい響きが耳の奥に蘇ってくる。
「あんまり根をつめすぎるなよ」
 そんなふうなことを、私は彼にいったようにおぼえている。
「そんなこといってられない。あいつが、あいつが、おれの先をいってるんだ」
「あいつって?」
 小野木は机の下から一冊の、貸本をとりだした。私は、ハトロン紙で表紙を覆ったその本を手にとると、作者の名前をたしかめた。
「嶋沢豊喜」
 なるほど。小野木にとって嶋沢は、最大のライバルといえた。スポーツ物やSF、時代劇から戦記物、そしてハードボイルドといったあらゆるジャンルをかきわけるところなどは、小野木のまさに好敵手といえた。
「いいライバルじゃないか」
 私は、励ますつもりでいったつもりだったが、小野木はこわい目でこちらを見返した。
「あいつには負けられない。おれの漫画人生のすべてを賭けても、なんとしても勝ってやる」
「おいおい。穏やかじゃないな」
 いいながらも私は、彼の漫画に対するすさまじいまでの闘志に、恐れに似たものを感じていた。
 彼が血を吐いて倒れたのは、その日から二週間後のことだった。幸い一命はとりとめたものの、肺炎をおこしていて、家族が発見するのが一歩遅れていたら、取り返しのつかないことになっていただろう。
 病院のベッドに横たわっているときでも彼は、「嶋沢にさきをこされる。だれかペンと墨汁を………」と、譫言のように繰り返していたという。
 彼がようやく健康をとりもどし、面会の許可がでて、私は塚本と二人で病院をたずねていった。
 ベッドに上体をおこした小野木の顔には血色がもどっていて、それをみた私たちは心からほっとしたものだった。私たちは、学校のことなどを冗談まじりに話して、けっして漫画のことにはふれないよう気をくばった。せっかく回復の兆しをみせてきた小野木に、またあのカリカリの音を思い出させてはならない。私たちは早々と病院からたちさった。
「彼にはしばらく、漫画とは離れさせなくちゃね」
 塚本の話に私も賛成した。
「とりわけ、嶋沢のことだけは、口が裂けてもいわないようにしていたよ」
 塚本は、怪訝な顔で私をみつめた。
「お前、知らなかったのか?」
「なにを?」
「嶋沢は、小野木のもう一つのペンネームだぜ」
「なんだって!」
「小野木はだれにもこのことは秘密にしていたもんな。おれは前に、たまたま彼のところで、嶋沢の漫画をかいているあいつをみたことがあるんだ。そのときはそっとおれの目から隠したけどな。まちがいなく小野木は嶋沢だ。てっきりお前も知っているとばかり思っていたんだが」
「おなじ人間なら、あそこまでライバル視―――しかも体をこわすほど―――する理由はなんなんだ」
「彼ぐらいになると、たとえ自分の漫画でも、ちがうペンネームで発表すると、そしてそれが一段と優れていると、敵対心を燃やすのかもしれないな。おれたち凡人には、そこらの心境はわからない」
 私は、あのときみた鬼気迫る顔つきの小野木を思いだし、再び恐れに似た気持ちにみまわれた。


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このストーリーに関するコメント

13/08/14 W・アーム・スープレックス

凪沙薫さん、コメントありがとうございます。

昔は大学生などがバイトで貸本漫画をかいていたときいたことがあります。さいとうたかを氏や水木茂さんも貸本漫画から出発されていますよね。マグマのようなエネルギーをはらんだ昭和という時代。少しずれますが私も漫画少年だった過去がありまして、それがものにならなかったことはいまさらいうまでもありませんが。

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