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カシヨさん

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どしゃ降り、のち、少しだけ晴れ

12/05/04 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:4件 カシヨ 閲覧数:2427

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小松彩菜は窓ガラスに打ちつける雨がつたい落ちるのを眺めていた。始業時間はとうに過ぎている。
「おれ、好きな子ができたみたいだ」
ふいに隣から聞こえてきた声に、彼女は一瞬気づかないふりをしようとしたが、答えなければきっと男は話をやめない。
「あっそう」
顔をそらしたまま、短く言う。どうしてはっきり断定しないのか。語尾を曖昧にした相手の心理はわからないが、彩菜はそれ以上尋ねる気にはなれなかった。
「なんだよ、それだけ? えらく食いつき悪いよな」
遠藤准也が不満げにそう言ったとき、教師が前のドアから入ってきた。
号令がかかる。彩菜はようやく気持ちを緩め、顔を黒板に向けた。
プリントのみで進められる古典の授業は、きょうから「新古今和歌集」に入るらしかった。

授業後の休憩時間はなんとか逃げ切ることができたものの、昼休みはそうはいかなかった。
彩菜はとうとう准也につかまってしまった。
「なんでそんな態度なわけさ。別に聞いてくれたっていいだろ」
「言ったでしょ、興味ないって。好きな子ができたなんて話、あんたのバカ友に話せばいいじゃない」
「おれがお前に話すのはさ、女としての意見が聞きたいわけよ。傘を返すとき、一緒に何かお礼でもしようかと思ってるんだけど、小松だったら何なら嬉しいの」
きのうの放課後のことだ。
准也が突然の夕立に見舞われ校舎前で雨宿りをしていると、通りすがりの同級生に傘を貸してもらったらしい。その彼女とはほとんど面識がなく、中学のときに一度だけ同じクラスになったきりで、それ以来話したことはなかったのだという。
「やっぱさ。わざわざおれに、ってことは……それって、絶対なんかあるよな」
嬉々として語る准也を見て、彩菜は箸を置いた。無理やり弁当を腹に入れようとしていたが、半分が限界だった。ふたをして、そのまま巾着にしまった。
すると、妄想にふけっていたはずの男がきゅうに彼女の顔を覗き込んできた。
「なんだよ、そんだけでいいのか? ほとんど食ってないだろ。もしかして腹の具合でも悪いのか? 調子良くないなら、保健室に行って薬でも貰ってきた方がいいんじゃないのか。授業休むならおれ、先生に言っとくしさ。なんならあとでノート貸してやるから、マジで休んでこいよ」
いかにも心配したふうに言う男にこらえきれず、彩菜は立ち上がった。いたわりに満ちた言い様に胸がつまる。これ以上、勘違いを引き起こす思わせぶりな言葉の羅列に振り回されたくなかった。
「だからもう、うるさいってば」
周りの何人かが振り返った。口にした瞬間、すぐに後悔が沸き起こったが、勢いは止まらなかった。
「あんたがしたいようにすればいいでしょ。お礼したいのならすればいいじゃないっ。つき合いたいならそう言えばいい。私には関係ないんだから勝手にしなさいよ」
なかば、叫ぶように言っていた。
「そんな言い方ないだろ? おれら十年以上も幼なじみやってきてんのに」
「そんなの知らないっ」
彩菜は教室を飛び出した。

悔やんでも仕方ない、今さらだ。思いながらも彩菜は出てくるため息を止めることができなかった。
あのとき、恨めしげに空を見上げる幼なじみの姿に彼女も気がついていた。サブバッグを持ち替え、底を握りしめた。折り畳みの傘が入っていた。
ますます風雨はきつくなる。准也の性格なら、そのうちに諦めて帰る道を選ぶだろう。それがわかっていながら、彩菜は一歩を踏み出せずにいた。
たった数歩、五メートルの距離など簡単に縮められる。緊張は要らない。いつもどおりでいい。いつもどおり、悪口なんか言いながら「仕方がないからほら、一緒に入れてあげる」と差し出せばすむ。すむ、はずだった。
次の瞬間、彩菜は目の前で人が恋に落ちる瞬間を見てしまった。
照れくさそうに口元をわずかに上げ、相手から目をそらしてぎこちなく笑う。そんな彼を初めて見た。十二年間、自分こそが一番近くにいて、誰よりもよく知っていると思っていたのに。しかし、そうではなかったらしい。准也があんなふうに笑うのを、彩菜は見たことがなかった。

結局、傘はひとりでさして帰った。
どうせ折り畳みだと自分たちには小さすぎて、ふたりともずぶ濡れになっていたはずだ。そう自身に言い聞かせてはみるが、苦い思いは彼女の中から消えてはくれない。踏ん切りのつかない恋心が中途半端に燻っている。
だったらもう、と彩菜は思う。
今度は絶対にためらわないことを心に決めた。幼なじみの無神経さにイラ立ち、つい八つ当たりの言葉を投げつけたというのに、彼はかまわず彼女を気遣う態度を見せた。大切にされているには違いないのだ。たとえそれが恋でなかったとしても。
次こそは、絶対。
彩菜は傘を握ってひっそり誓った。


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このストーリーに関するコメント

12/05/05 静砂

いっそ羨ましくなる程の爽やかさと甘酸っぱさ。
生まれ変わったらこんな青春、一度は送ってみたいです(笑)

12/05/07 カシヨ

>静砂さま
コメントありがとうございます。爽やかで甘酸っぱいだなんて……嬉しいです。
なかなかに苦い経験をした主人公ですが、最後は「あきらめない」道を選んでいます。そうだっ! 行動すれば何かが変わるかも!? あきらめたらそこで終りなのだから。 

12/05/20 智宇純子

「人が恋に落ちる瞬間をみてしまった」にキュンときました。

12/05/23 カシヨ

>ポリさま
コメントありがとうございます。
これからも、「キュン」とくるようなお話が書きたいなぁと思っています。

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