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汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

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無口な少年と歌唄いの少女

13/08/05 コンテスト(テーマ):第三十六回 時空モノガタリ文学賞【 無口な人 】 コメント:5件 汐月夜空 閲覧数:1985

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 少年には生まれつき、口が無かった。
 鼻から下にはゆで卵のようにつるりと起伏のない肌が存在するのみであり、幼少のころよりそれをもとに周りの人に迫害されることが多かった。
 五感の内の味覚が存在せず、常に鼻にチューブを刺して必要最低限の栄養を摂る少年は、しかし、幸いにも優しい両親のかばい立てもあり、心だけは素直でまっすぐな人間へと育った。
 なんとかして他人と円滑なコミュニケーションを図りたい。その一心で努力を重ねた少年は、母から借りた口紅を本来口がある部分に塗り、それを大げさに動かすことで意思疎通の手掛かりを得ることが出来た。
 それはさながらサーカスでいうところの、ピエロのようであったと思う。話すこともなく、化粧で描いたいびつな顔と両の手で語る道化者。それはやはり、他人ほどの口先を得ることには結びつかなかったけれど、それでも少年はその『口』を誇らしく思った。
 顔に描かれた歪な赤い線と、情感豊かに表現する両の手を、誇りに思っていた。
 そんなある日、少年はある少女に出会った。
 帳が落ちる夕焼けの中、少女は今までに聴いたことのない不思議な歌を歌っていた。それは自然の中を飛ぶ鳥の羽音のように、突拍子もない歌ではあったけれど、不思議と惹かれるものだった。その歌には『歌詞』がなかった。
 少年は言った。
「綺麗な歌だね」
 少女は答えなかった。
 歌をやめ、どんぐりのように円らな瞳から、みるみるうちにぼろぼろと大きな雫を垂らしだした。
 少年は驚いたが、次の瞬間少女が両の手で描いた言葉に胸を打たれた。
「ありがとう」
「そんなことを言われたのは生まれてこの方初めてだわ」
 少女の美しい腕の舞に心を奪われた少年は、自らの感情表現である『口』に対する誇りを失ったけれど、そんなことはすぐにどうでも良くなった。
「あなたの声、とても素敵だわ」
 少女が泣きながら、笑顔でそう言ってくれたから。


 二人はすぐに恋に落ち、その後、互いをかけがえのない者として共に過ごした。


 少年が柔らかな笑みでそう言ってくれたから。
「僕もこんな素敵な歌を聞いたのは、生まれてこの方初めてだ」
 少年の優しい声に心を奪われた少女は、自らの感情表現である『歌』に対する誇りを失ったけれど、そんなことはどうでも良くなった。
「そんなことを言われたのは生まれてこの方初めてだわ」
「ありがとう」
 歌をやめ、ぼろぼろと泣きながら、手話で必死に言葉を伝えた。
 少女は言葉を失った。
「綺麗な歌だね」
 黄昏時に入りそうな夕闇の中、いつものように帰路を歩みながら歌を歌っていると、向かいから歩いてきた少年が足を止めてこう言った。
 そんなある日、少女はある少年に出会った。
喉の奥から鳴る歪な歌と、手話を紡ぐ両の手を誇りに思っていた。
 それはさながら鳥のヒナのようであったと思う。感情の赴くままに、叫ぶように音を発する幼鳥。それはやはり、他人よりも未熟さを拭えなかったけれど、それでも少女はその『歌』を誇らしく思った。
 一方で、なんとかして目を開けて他人の喜びの声だけを聴き続けたい、その一心で努力を重ねた少女は、喉を必死に震わし、音を紡ぐことで、意思疎通の手掛かりを得ることが出来た。
 五感の内の聴覚が存在せず、手話で会話をする少女は、すぐに目が慣れて流暢に相手の言葉を読むことが出来るようになっていたけれど、目を塞げば相手の全てを遮断することが出来たので、汚い世界から目を瞑って生きてきた。
 少女にとってそんなことはどうでも良かったのだけれど、髪をかける引っ掛かりのない側頭部は嫌いだった。夏の暑い日は特に。
 幼少より伸ばした髪によって外見は他人と変わりなかったけれど、耳が聞こえないことから迫害されることが多かった。
 少女には生まれつき、耳が無かった。



 少年も少女も自分の声は知らないけれど。
 少年は少女の歌の美しさを知っているし、少女は少年の声の優しさを知っている。
 出会った二人は、今日も互いに語り合う。
 美しい言葉を紡ぎ、交わしながら――


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このストーリーに関するコメント

13/08/05 クナリ

何がいいとかどこがいいとかは上手く言えませんが、この話はとても好きです。

13/08/06 

奇妙な縁といいますか、こういう雰囲気大好きです。
優しい話ですね。

13/08/10 汐月夜空

クナリさん、コメントありがとうございます。
理屈ではなく感覚的に響く文章になったようで嬉しいです。

13/08/10 汐月夜空

風さん、コメントありがとうございます。
まさしく奇妙な縁ですよね。運命の出会いといいますか。
人物に障害を付与することに抵抗はありましたが、お話自体は綺麗になったと思います。ありがとうございます。

13/08/10 汐月夜空

凪沙薫さん、コメントありがとうございます。
残酷ですよね。そう思います。
どれだけ不憫な境遇に生きる人間でも、相手の発したたった一かけの言葉で救われることがある、そんな話が書きたかったのです。
二人が幸せでありますように。

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