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tahtaunwaさん

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濡れた傘に御用心

12/05/03 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:0件 tahtaunwa 閲覧数:2142

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 雨の人混みの何が嫌いかって、無神経に傘を振ってるやつほど嫌いなものはない。後ろを歩く人間の足を突き刺す勢いで傘の先を突き出してきやがる。思うに、そういうのは男より女に多い気がする。今、俺の目の前を歩いているこの女のように。
 危ね!またか。あやうく俺の脛に刺さるところだ。あの金属製の鋭利な尖端が当たったら間違いなく怪我するぞ。
 どんな女なんだよ。生意気な尻しやがって。確かにそそる曲線であることは認める。男好きするスタイル、っていうやつだ。こうなると顔も見たくなるのが男ってもんだ。
 危ない、って!俺の足を狙ってるのか?腹立つな。

 本当に最近、腹の立つことばっかりだ。
 商売もあがったり。俺の顔写真がネットでさらされたせいだな。
 ≪この男は女の敵!結婚詐欺の常習犯です!≫
 知らないうちに俺の“被害者の会”ができたらしい。
 “被害者”だと?おまえらだって楽しんだだろ。俺のおかげでいい夢見たはずだ。だいたい、おまえら程度の器量のものに夢を見させてくれる物好きが、どこにいるんだよ?俺くらいのもんだぞ。2度と見られない夢の値段だと思えば安いもんさ。

 危ね!今、かすったぞ、傘の先が。
 今度やったらわざとぶつかってやろうか。派手にひっくり返ってギャーギャー叫んでやる。うまくいけば治療費をふんだくれるかもしれない。ニュータイプの当たり屋だ。俺、アイディアマンだな。それがうまくいかなくても、あの女を落とすきっかけになるかもしれない。こっちの方が可能性あるな。向こうは俺に怪我をさせたことで負い目を感じるだろうし。
 よし、来い!刺すなら刺せよ、ほら。
 来た!
 「いてえ〜!」
 俺は、その場に転がって悲鳴をあげた。芝居をする必要はなかった。本当に痛くてたまらなかったからだ。ジーンズに丸い穴が開いていた。女の傘の先は、横からふくらはぎを傷つけていた。
 周りの通行人が怪訝そうに目を向けている。中には立ち止まる者もいる。あの女も、ゆっくりと振り返る。
痛みを我慢して、俺は女の後姿を見上げていた。さあ、どんな顔をしてるんだ?驚きと罪悪感で蒼くなったその顔を早く見せろよ。
女は振り向いた。なかなかのいい女だった。でも、想像していたのと、ちょっと違った。その顔には驚きも罪悪感もなかった。かわりに唇の端に小さな笑みがあるきりだった。冷笑というやつだ。
「ふざけんな!」
俺は、そう叫んだつもりだった。だが、耳には、そう聞こえなかった。
喉が干からびて声が出ない。いやな汗が顔を流れ落ちるのが分かる。俺の体の中で誰かが心臓を握りつぶそうとしている。
目で救いを求める俺を嘲笑いながら女が背を向けた。俺は、その背中に手を伸ばそうとしたが、手は石のように動かなかった。俺をおいて立ち去っていく女。女だけじゃない。世界全体が俺を見捨てて離れていく。かわりに周りに集まってきたのは黒くて深い闇。
怖い・・・怖いよ・・・。

「おい!救急車!誰か救急車、呼べ!」
「医者はいないのか!?」
 あわただしくなった喧騒を背にタクシーに乗り込んだ女は、運転手に行先を告げると、メールを打ち始めた。

《御依頼のありましたゴミの始末、片づきました。そちらで始末が確認でき次第、例の口座に代金をお振込みください。あなたの新しい旅路が幸多いことを祈って》

 そして、女は送信ボタンを押した。


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