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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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【 怪談 】時雨番傘

13/08/03 コンテスト(テーマ): 第十三回 【 自由投稿スペース 】  コメント:11件 泡沫恋歌 閲覧数:2657

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「おや、こな所で雨宿りでありんすか」
 いきなり漆黒の闇から女の声がした。
 男は薬の行商を生業にする者で、山を越えて街道沿いの宿場まで商いに行った帰りであった。客の家で商いの話しが終わると膳が出されて、酒を呑み交わし寛いでいたら、すっかり遅くなってしまった。
 山道を帰る途中で陽が沈み、あたりは真っ暗闇になった。折からの時雨(しぐれ)に提灯も点かず、一寸先も見えない、この暗闇に男は道に迷ってしまった。
 往生しながら闇雲に山道を歩いて行くと、遠くの方で微かに灯りが漏れている。すわ、民家があったと近づいて行くと、石灯籠が灯った小さなお堂であった。
 雨は止みそうにもない――道に迷った男は夜が明けるまで、このお堂の中で雨宿りをすることにした。

 扉を開けて中に入ったら、突然、暗がりから女の声がした。
「おや、こな所で雨宿りでありんすか」
 男は腰を抜かしそうなほど驚いた。
 こんな人里離れた場所で若い女の声がする。――さては狐か狸か、もののけかと男は震えあがった。
「そんなに青い顔をして震えなくても、わっちはなもしんせんよ」
 もののけと喋ると精魂を抜かれるやも知れぬ。男は押し黙っていた。この暗闇では逃げだそうにも走れば木々にぶつかり、下手をすれば谷底に落ちるやも知れぬ……。怖ろしいが、ここは下手に動かぬのが良策と考えた。

「こな雨の夕暮れは、寂しいのでわっちの話を聞いてくんなまし……」
 女は花魁言葉で話かけてくる。
 はて、どこかの遊女だろうか? 怖くて闇から聴こえてくる声の方を男は振り向くことができない。
 肝っ玉の小さい男は必死で念仏を唱えていた。
「わっちが生まれたのは吉原の廓でありんすぇ。母も花魁でありんした。器量よしの母は廓の主人の手がついてわっちが生まれんした。でも、わっちが七つの時にはやり病で死にんした」
 男のことを気にする風もなく、女はひとりで喋り始めた。唄うような凛とした美しい声である。
「母が死んでから、わっちを邪魔者扱いしていた義理のお母さんに、他所(よそ)のお見世(みせ)に奉公に出されんした。そいで禿から新造へ修行して、わっちは花魁になりんした」
 ふっーと女の溜息とも笑い声とも知れぬ声がした。
「わっちは吉原でも由緒ある妓楼の花魁でありんすぇ。盛りの頃には売れっ子でありんした。大店(おおだな)の主人や大名のお大尽様が馴染み客で。それはもう華々しい日々でございんした」
 女は昔を回想しているのか、懐かしいそうに感慨深い声だった。

「けれども花の盛りは短きもの。花魁の命も短きものなんでありんすぇ。二十歳も半ばを過ぎると、めっきり衰えて……若い花魁たちに客を奪われるようになりんした。お見世もお客もわっちを大事にしてはくれなくなってきんした。悲しいことに……」
 どんなに美しい花魁もやがて衰えれば客足は遠のいていく。
 廓は女郎同士客の奪い合いで熾烈な世界である。堅物な男は廓で遊んだことはないが想像ならばできる。
「三十路になる手前で、わっちを身請けしたいといわすお客がいんした。お店(おたな)のご隠居で年寄りでありんすが、ぬし、隠居暮らしの慰めにと……わっちに妾奉公に来ないかといってくれんした。もう人気もなくて、こなたのまんま見世に居ても若い女郎たちに軽く扱われるのも業腹でありんしたので、惚れてもいない客でありんしたが身請けされんした。生まれて初めて、わっちは吉原を出たんでありんす」
 女郎が生きて娑婆に戻るというのは難しいものだと聞いた。ほとんどの女たちが病気や廓の厳しい仕来たりのせいで、若くして命を落とすのだ。
「生まれ育った吉原からでるのではなかった!」
 いきなり大声で女は叫んだ。

「娑婆の暮らしは退屈でおもしろうありんせん。年寄りの相手も嫌でありんした。毎日、手伝いの小女(こおんな)と二人で隠居がくるのを待ってるだけなんて真っ平! 月にいちど、屋敷に庭師がやってくる。ああ、その庭師とわっちはねんごろになってしまいんした」
 ――やはり廓育ちの女だ。
 ひとりの男だけを守り抜くという塩梅にはいかないのだろう。憐れな性分かも知れないと男は思った。
「わっちは馴染めない娑婆の暮らしが耐えられなかったぇ。その内、庭師のことが小女(こおんな)の口から隠居に知れてしまいんした。わっちは折檻を受け、外にも出られず、見張りを付けられたぇ。 ――それで殺ってしまいんした。わっちのからだをいたぶった後、寝込んだ隠居を隠し持っていた合口(あいくち)で、心の臓を一突き!」
 ややっ! 人を殺めたとは怖ろしい女だ! この女から逃げ出したいと思ったが、どうしたことか男の身体は石を抱いているように重く動かない。
「わっちは隠居の手文庫から金子(きんす)を盗んで、庭師の男と二人で上方へ逃げるつもりでありんした。けれど、わっちの持ってきた金子に男は目がくらんで……」
 いったん話しを止めて、女は肺腑を絞るような長い溜息を吐いた。

「逃げていた途中で、こなたのお堂で……首を絞めて……わっちを殺した」
 やはり! この女はこの世の者ではなかったのだ。
 殺された怨念で成仏できず魂魄が彷徨っているのだろう。くわばら、くわばら……悪霊に取り憑かれて、とり殺されては敵わない、「南無阿弥陀仏」男は声を出して念仏を唱え始めた。
「首を絞められる時、わっちは男の顔を見ていた。息絶えるまでずっと……鬼の形相でわっちの首をぐいぐい手で絞めていた……眼が血走って、それはそれは怖ろしい顔でありんした……」
 絞り出すような声で言う。
「しょせん、わっちは遊女、男の玩具でありんすぇ。 ――男に殺されるなんて、なんとまあ、女郎冥利に尽きることよ」
 くくくっ……と、自嘲的に幽霊は嗤う。
 やがて、その声はすすり泣きに変わっていった、自分の死にざまを覚えているという女は……それじゃあ、死んでからも浮かばれる筈がないなあ、と男は思った。

「おや、ずいぶん白んできたぇ。もうすぐ夜が明ける」
 外から薄っすらと陽が差してきた。
 女が殺されたというお堂の中は、狭くて所々床が抜け落ち朽ち果てている。
「わっちの話しを聞いてくれてありがとう。ぬし恩に着るよ。――さあ、もう行ってくんなまし」
 女がそう言った瞬間、男のからだが急に軽くなった。さっきまで動けなかったのは女の妖術のせいだったのか?
 男は振り返らず、ここから立ち去ろうとしたら、背後から白いものがすっと伸びて、男の腕をぐいっ掴んだ。それは雪のように白く、氷のように冷たい女の手だった。
 ぎゃっ、と叫んで男は一目散にお堂から飛び出した。

「まだ雨が降ってる。これを持っていってくんなまし」
 一本の番傘を幽霊に渡された。
 男は傘も差さずに転がり落ちるようにして山を下って里に帰りついた。
 怖ろしい体験をした男は二、三日寝込んだが、やがて回復した。幽霊に渡された番傘はお寺に持っていきお祓いをして貰った。
 その番傘は遊郭などで使われていたものらしく〔多治見屋 雨桐(あまぎり)〕花魁とおぼしき名が書いてあった。
 それが、あの幽霊の正体かも知れない。吉原に詳しい者に訊いたところ、十数年前に『雨桐太夫』という大層別嬪な花魁がいたそうな、だが身請けされて、後の消息を知る者はいないらしい。

 男は後日、花魁の霊を弔ってやろうと線香とお供えを持って、山の中、あの古いお堂を探したが見つからなかった。あれは、やはり狐か狸に化かされたのかも知れぬ。

 ……だが、夜半からの雨の日は、女のすすり泣く声が番傘から聴こえてくる。


                             ― 完 ―



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このストーリーに関するコメント

13/08/03 泡沫恋歌

イラストの表紙画は、

Art.Kaedeブログ素材:番傘と紅葉〜古都の秋 からお借りしました。   http://artkaede.livedoor.biz/archives/50162506.html


二枚の彩色された写真は、実物の花魁と吉原の写真です。

盛装の花魁と禿(幕末期〜明治初期)

吉原遊郭の格子見世に並ぶ遊女達(1910年代)
この格子越しに客は品定めをします。


「モノクロ写真でよみがえる花魁の世界」からお借りしました。 
http://matome.naver.jp/odai/2135092862262301701?&page=1

13/08/03 そらの珊瑚

恋歌さん、拝読しました。

怖ろしさというよりも、なんともいえない憐れを感じました。
番傘は身の上を聞いてくれたことへのせめものお礼だったのでしょうか?
それとも成仏できない花魁の魂なのかもしれませんね。

13/08/03 草愛やし美

泡沫恋歌さん、拝読しました。
怪談なのですが、何と悲しく切ないお話なのでしょう。「しょせん、遊女は男の玩具……」生きるためとはいえ、過酷な定めのもとに生きた女性の言葉が、とても可愛そうです。
優しい思いやりのある女性だったのでしょうか? だから番傘を渡してやったのかと思います。男が、身の上話を聞いてくれたお礼に……。こういう悲しい運命を背負って亡くなった遊女達が、昔は何人もいたことでしょうね。

13/08/04 ハズキ

拝読しました。

花魁言葉がものすごく色っぽいですが、それがじわっと恐怖を掻き立てます。
花魁の悲しさ切なさが、すごく伝わってきます。吉原にはそういう霊がたくさんさまよっていたんだろうなと思いながら表紙の写真を見ると、哀れを誘います。でも、一番右の写真、ヒヤッとしますよ。

13/08/06 鮎風 遊

花魁に幽霊、そして番傘、良い作品ですね。
最後の締めの「女のすすり泣く声が番傘から聴こえてくる。」で、
ここまでの物語が光りました。

良かったです。

13/08/06 泡沫恋歌

珊瑚さん、コメントありがとうございます。

あの番傘は成仏できない花魁の魂が込められた
ものとして描きました。

たぶん、あの薄暗いお堂から花魁は出たかったのでしょうか。

13/08/06 泡沫恋歌

草藍さん、コメントありがとうございます。

花魁には幸せはなかったのでしょうか?
「しょせん、遊女は男の玩具……」欲望を満たして消えていく存在。
悲しい女たちですね。

13/08/06 泡沫恋歌

ハズキさん、コメントありがとうございます。

花魁言葉はネットのサイトで調べて書きました。
独特の雰囲気があるので花魁言葉は好きです。

あの写真はすべて実物ですよ。
格子見世とか言うらしい、なんか悲しい。

13/08/06 泡沫恋歌

鮎風さん、コメントありがとうございます。

花魁と番傘、何んとなくピッタリな組み合わせのように
思って、この作品を書きました。

お褒めの言葉嬉しいです。
番傘にとりついた花魁の霊はいつ成仏できるのでしょうか。

13/08/22 石蕗亮

お久しぶりでございます。
殺す相手の顔を見るとは情のある話ですね。
女の情が木石に宿り今尚留まっているのでしょうね。
良い夏物語でした。

14/02/18 泡沫恋歌

石蕗亮 様
コメントありがとうございます。

長いこと気づきませんで、今さらのコメント返しですが、
幽霊話は意外と得意で好きなんですよ。

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