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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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トリアージ

13/07/27 コンテスト(テーマ):第三十五回 時空モノガタリ文学賞【 無慈悲な人 】 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:2311

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 ロザンナ・アンジェリコはどこにでもいるような平凡な女子高生だった。平凡と形容されるような日常が、奇跡かつ幸運の上に成り立っているということを想像すらしなかった。心配事といえば学校の定期テストの結果と頬にできた忌々しいニキビ。漠然とした将来への不安はないこともなかったがそれは後回しにできるもののひとつとしてとりあえず今日の次には今日と似たような明日が来ることを微塵も疑うことなく【その日】までは過ごしてきたのだった。
 その日も、いつもと同じような顔を持つ朝であった。五月の空は混ぜ物のないコバルトブルーの絵の具を溶かしたようだった。澄んで美しい。神がいるとして――。それがこれから起こる惨事の幕開けとして神が用意したギフトであったのなら、やはり神は人間に対してどこまでも無慈悲な存在なのかもしれない。
 午前七時十五分発急行電車はロザンナを乗せてマッジョーレ駅を定刻通りに出発した。十五両編成の車両は通勤通学の乗客によってほぼ座席は埋まっており、あぶれた者は扉に寄り掛かってスマートフォンを操作したり、つり革につかまってあくびを噛み殺したりしていた。若い母親の膝の上では乳児が口からよだれをたらしながら機嫌よさそうに愛想をふりまき周囲の空気を優しいものに変えている。
 いつも通りの朝の風景。それがいつも通りのように過ぎていったのなら記憶の隅にも残らないようなありふれた風景であったろう。事故は急カーブに差し掛かった時に起きた。スピードを出しすぎた電車の一両目が脱線し防音壁にぶつかった。轟音、悲鳴があがる中、恐怖に支配されたのは一瞬であったのだろうが、まるでスローモーションの世界にいるようなゆっくりとした時間を感じた。直後ものすごい衝撃によってロザンナは座席から放り出されたあと床で頭を打ち意識を失った。無意識に「助けて」を繰り返し言いながら。気づけば、ロザンナは線路に寝かされていた。意識が徐々に戻るにつれ目を開けた。人が線路に沿って寝かされていて、自分もその中の一人であることを理解する。泣き声やうめき声が聞こえるものの、ほとんどの人が意識があるのかないのか無言であった。血まみれの人もいた。救急隊員とおぼしき人々の足、足、足。そこに見えるものがまるで映画を見ているようで到底現実に思えない。近くで爆発音がして怯えがはしる。ひしゃげた電車が折り重なってもうそれが何両目かさえ不明だったが黒い煙をあげていた。油が燃えるようなきな臭さが辺り一面充満している。かろうじて手の指は動いたが体を起こそうとしてもまったく力が入らなかった。ごほごほっ。咳とともに真っ赤な血が口からあふれた。
――私、死ぬの? 嫌だ、死にたくない。助けて。
 叫んだつもりだったが、それは怒号とびかう中では誰にも届かないつぶやきにしか過ぎなかった。しばらくすると誰かに脈をとられ胸に聴診器のようなものを当てられ、それから右手にタグのようなものを付けられた。
――トリアージ。
 ロザンナはそれに見覚えがあった。救急救命のドラマで見たことがある。大規模な災害や事故において治療の優先順位をつけることだ。それは色分けしてあるタグで表す。
 緑はすぐの処置は必要ない。
 黄は今すぐ生命にかかわる状態ではないが処置が必要。
 赤は生命にかかわる重篤な状態。
 そして黒は死亡、または救命の見込みのないもの。それは死刑宣告にも等しい。
 おおまかにいえばそんなようなことだったように思う。おそるおそる自分に付けられたタグを確認する。――赤だ。どうやら自分は重傷らしい。けれど赤は誰よりも先に病院に搬送されるのではなかったか。その考えは絶望の暗闇の中でのたったひとつの灯りのように思えた。
 隣では若い母親が動かない幼子を抱きしめている。子のタグは黒だった。
「お願いします。治療してください。まだ温かいんです。生きているんです。後生ですから。ちくしょう、ちくしょう。あんた、それでも人間か。まだ三歳なんだよ。あんたには慈悲ってものがないのか。ああ、マルコ、マルコ……」助けを乞うがそれが叶わないと知るとタグをつけた救急隊員をひとしきりなじった。無慈悲だ! と非難された救急隊員は深く一礼し次の負傷者へと歩み進める。ロザンナは気の毒に思ったものの自分が黒でなかったことに安堵し、それもまた無慈悲であると非難されても仕方のないことだと思った。
 子供の名前を呼ぶ彼女の声はいつしかすすり泣きに変わっていった。
 その後ロザンナは病院に運ばれ半年治療に専念したあと無事退院した。いつのまにか夏は過ぎ、空にはうろこ雲が整列している。あの子がどうなったのか、ロザンナは知らない。けれどあの日の光景は一度だって頭を離れなかった。あの子が私であったかもしれないのだと。誰かにもらった生命だと。まだボルトが埋まっている脚で一歩を踏み出した。
 


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このストーリーに関するコメント

13/07/27 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。
つい先日もありましたね、列車の脱線事故。あの時のニュースを見て、私はすぐにあのJRの福知山線の脱線事故を思い出しました。悲しく辛い事故のため、生き残った人々の中には、その妄想から未だに逃れられない人も多くいると聞いています。どうして?よりも、何とかならなかったのかの気持ちが強いです。
救命のタグ付けは本当無慈悲なものだと思います。命の重さはそこでは、生きているか死んでいるかの分別でしかない。同じ重さのはずなのに……。生のあることは、やはり重さが違うのでしょう。わかりきったことですが、堪らないものだと思います。逝ってしまった者か、残された者のどちらがよかったかなんて、決して比べられない現実があります。それでも人は、無慈悲に選択しなくてはいけない。悲しく辛いですが、命は何よりも大切なものだからでしょうね。
感銘を受けました、難しいテーマに真っ向から取り組まれた珊瑚さんに、感動しました、ありがとうございました。

13/07/27 光石七

拝読しました。
トリアージ、理屈も必要性もわかりますが、色分けされる当事者となった場合は心情的に納得できないものもあるでしょう。
救急隊員もロザンナも決して無慈悲な人間ではないのですが……
凪沙さんもおっしゃっていますが、生かされているという意識を大切にしなければならないと思いました。

13/07/28 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

先日も海外で大きな列車の脱線事故がありましたね。
その度に思うのは、命が助かる人と助からなかった人の境界線はどこにあるんだろうということです。

大惨事に救助する人の順番を決めるために、タグで色分けされると聞きましたが・・・命の優先順位を決めるということは
神の領域だと思うのですが・・・それを人間がやってしまうことも、医療の現場なら已む無しでしょうか?
命の選択をした者が無慈悲ではなく、運命が無慈悲だったのですから・・・。

深く考えさせられる難しいテーマを上手く表現されているなあと感服しました。
実に良い作品だと思います。

13/07/29 鮎風 遊

何気ない日に何かが起こり、そして過ぎ去って、新たな日が。
描写がよく、目の前に映像を浮かべながら読ませてもらいました。

13/07/31 そらの珊瑚

凪沙薫さん、ありがとうございます。

その境界線はいつ誰にでもひかれてしまう無慈悲なものだと思います。
だからこそ、ですね。

いえいえ、毎回ない頭を無理やり絞ってます。テーマに追いかけられているかんじです。薫さんの神の話はすごいと思いました。私なんかまだ無口な人で足踏みしてますから。

13/07/31 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

いつ自分だって当事者になるかわかりません。
例えば自分の家族がそうなって命を失ったらやりきれないでしょうね。
大惨事を生き残った人にとっても辛いことだと聞いてます

13/07/31 そらの珊瑚

光石七さん、ありがとうございます。

生きているということは、いつ崩れるともしれない奇跡の上で
成り立っているものかも、なんて思ったりします。

13/07/31 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

戦時中、優先順位が身分であったという時代もあったようです。
トリアージュ、選別を意味するフランス語からきているようです。
人が人の命の選別をするわけですから、あってはいけない間違いもあるかもしれないし、単純に割り切れるものではないと思います。
それを仕事としている人はどんなに大変かと思います。

13/07/31 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

辛い経験に負けないで、という希望もこめて。
生きるということに対しての人の強さをやはり信じていたいと思います。

13/08/04 ハズキ

拝読しました。

人が亡くなる事故のニュースを見るたびに、いつも思うことですが、何がその生死を分けるんだろうか。。
その人に与えられた運命と言ってしまえばそれまでですが、考えると難しいです。
難しいテーマを短い中にうまく描いていると思います。人世とか命とか、いろいろなことを改めて考えさせてもらいました。とても良い作品に感動しました。

13/08/14 そらの珊瑚

ハズキさん ありがとうございます。

そうですね、運命とひとことでいって片づけられる簡単なものではなく、何か大きな力が働いているようも感じるし、もしかしたら何も理由なんかないのかもしれません。

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