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智宇純子さん

思いつくままに綴りますが、読む方が好きです。 『素人の読み手』としておじゃまさせていただきますので、至らぬ点が多いかと思いますが、どうぞご容赦ください。 ※諸事情により、登録当初から使っておりましたニックネーム『ポリ』を『智宇純子』に変更しました。引き続きよろしくお願いいたします。

性別 女性
将来の夢
座右の銘 自由になりたければ自分の言動や行動に責任を持て

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思い出

12/05/03 コンテスト(テーマ):第五回 時空モノガタリ文学賞【 京都 】 コメント:6件 智宇純子 閲覧数:2906

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 窓から引込川が見える。もうすぐ東福寺。あとひとつ、間に合うだろうか。

 美穂子は電車に揺られながら、うっすらとJR京都駅の改札口を思い浮かべていた。
 あの日と同じ白いタートルネックのカットソーに黒のカーディガン。あの時履いていたロングスカートは去年一也にハサミで切られてしまったので、今日はベージュ色のパンツを履いてきた。

〈そういえば、あの日はすごく寂しい思いをしたんだったな〉

「まさか、本当に来るとは思わなかったから『どうしよう』って慌てたよ」
 はじめて会った時、一也はいきなり美穂子が『招かざる客』であることをはっきり告げた。
「最初に言っておくけど、俺には大切にしている人がいるから他の女には優しくしないことに決めているんだ」

 本当はあの時に全ての結果が出ていたのかもしれない。それなのに、どうしてこんなに強く、深く、こんがらがってしまったのだろう。

 美穂子は窓の外を眺めながら大きくため息をついた。電車が京阪線のガード下を通り過ぎる。同時にガラスに映し出されたショートカットの自分の姿は人事のように軽くやり過ごした。
 失ったのは髪だけではない。仕事、アパート、貯金、すべてを自ら「真っ白」にして彼を忘れようとした。

 そう、もうあの頃の自分とは違う。私は変わったんだ。でも……

「俺にとって恋愛は『勝ち・負け』なんだよね。でも、どうしてもおまえには勝てない。強がっていないと自分が自分でなくなっちゃいそうで恐いんだ」
 一也は、美穂子と付き合うようになってからイライラすることが多くなった。最初は『愛されているから』と思っていた過剰な一也の行動がだんだんと『比較』や『迷い』に対する苛立ちに変わっていくことに美穂子は気付きはじめていた。

 あの女は一也がはじめて付き合った人。あの女も一也がはじめて付き合った人。重ねてきた時間や思い出や友達。一緒に成長してきた記録。そして、あの女は違う男を選んで嵐山に嫁いでいった。なのに、一也の中に鮮やかに残るあの女の幻影。
 あの女への思いをずっと引きずられるくらいなら、自分もあいつの『思い出』になった方がいい。あの女には『勝てない』                

 東福寺で手を繋いだ老夫婦を降ろし、電車は鴨川を渡る。
 美穂子は、胸の高鳴りと共に変わったはずの自分が馴染みの風景に同化してきているのがわかった。 

「あいつ、いつ自分が『勝っていた』ことに気付くのだろう」 

 小さな呟きとともに美穂子の後ろでドアが閉まる。

 京都駅。思い出がいっぱい詰まっているこのホームに足を踏み入れるのは一年ぶり。
 もしかしたら、記念日のあの時間には改札口近くのあの場所に一也も来るかもしれない。そしてまた、あの時のような奇跡が起こるかもしれない。そう期待しながら、美穂子はこの数日をワクワクしながら過ごしてきた。

 今度こそ。きっと今度こそ。

 走り抜けようとした子供が美穂子の目の前で駄菓子の袋をぶちまけ、一瞬にして周りの風景と視界とのピントが合う。ツアー客らしき長い行列がガヤガヤと横を通り過ぎ、構内の雑音も急に耳に入ってきた。
 「大丈夫?」
 慌ててしゃがんだ拍子に携帯電話の振動が美穂子の右脇腹に伝わる。


 ……バカだな、私。


 改札口が見えてきたところで、美穂子は急に向きを変えた。夢に何度も出てきたセピア色の風景が、現実の美穂子によって新しい色に塗り替えられていく。
 開いた携帯電話の画面に映った『帰りに牛乳買ってきて。母より』の文字。

 もうちょっと、髪を切ろうかな。

 美穂子はカーディガンを脱いで左腕にかけると、背筋をのばして階段を戻り始めた。
 改札口の向こう側には、懐かしい横顔があった。美穂子は、それだけはセピア色のまま、大事に持ち帰った。


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このストーリーに関するコメント

12/05/04 デーオ

好きになるのは止められないんだよね。
でも、行動は考えることができる。この次は……

12/05/04 智宇純子

デーオ様

コメントありがとうございます。
人って白黒つけることで安心するところがありますよね。心底素直になったら白黒つけられないことの方が多いのに、言い聞かせてる。
でも、それが人間なのかな、とも思える矛盾。

12/05/05 かめかめ

「あの頃」「あの時「あの女」「あいつ」…指示代名詞のオンパレードで、想像力と恋愛経験不足な私には、何がなにやらわかりません。
何が起きて何が起きなかったのか。
知りたいです。はっきりした名詞で。

12/05/05 智宇純子

かめかめ様

ご指摘ありがとうございます。
本当です!読み返してみたら本当にそうでした。自分では気付いていませんでした。独り善がりの文章でしたね。お恥ずかしい。

前にもショートショートを書く時に同じことで注意されたことがありました。気をつけてみます。

12/05/06 根岸 迷

大人な感じでスゴい好きです。憧れます。

12/05/06 智宇純子

籠杜 迷様

コメントありがとうございます。恐縮です。
『美穂子はとてもプライドが高い女』という設定でした。

最後まで読んでいただけて嬉しかったです。

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