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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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石段の尽きた上

12/05/02 コンテスト(テーマ):第五回 時空モノガタリ文学賞【 京都 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2452

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路地の多い京都のまちを、鶴乃とマーちゃんの二人は手をとりあって、黙々と歩いていた。
夜になっても、道の両側に並ぶ料亭の灯が、打ち水にしっとりと濡れた石畳に反射して一種、幻想的な色合いをかもしだしている。

「ママ、おながが空いた」

マーちゃんは、唇をとがらせて、母親をみあげた。

それもそのはず彼は、夕飯も食べずに鶴乃に外に連れ出されたのだった。

「もうちょっとのがまんよ。あと少しで目的地につくから」

なんでも鶴乃は、京都のまちを散策中に、すばらしく感動的なものに出くわしたのだという。

「なんなの、それって?」

いくらたずねても、鶴乃は答えようとしなかった。

「言葉ではとても説明できないの」

母親が秘密にすればするほど、いやがうえにマーちゃんの好奇心はかきたてられた。

そんなわけで彼は、お腹の虫がぐうぐう鳴っているにもかかわらず、母親といっしょに京都のまちを左に右に、ひたすら歩きつづけているのだった。

それからも二人は、格子のはまった窓や、竹矢来の玄関、塀のまえの駒寄、ライトアップされた寺や塔などのまえを、いくつもとおりすぎた。それらの古都特有の情趣あふれる風情にマーちゃんは、子供心ながらも心を動かされずにはいられなかった。

しかし鶴乃は、そんな彼の手を引っ張って、なおも前進をつづける。

二人の前方に、苔むした石段があらわれたのは、それからまもなくしてからのことだった。

「これ、あがるの?」

どこまでも続くかに思える石段をみて、はやくもマーちゃんの口からため息がもれた。

「美というものは、苦労してみつけだすものなのよ」

はやくも石段をのぼりだす鶴乃のあとを、マーちゃんはけんめいに追いかけた。

ぼとぼとと、彼の顔から汗が滴り落ちはじめたころ、

「ほら、あそこ」

鶴乃が上のほうを指さした。

マーちゃんは、汗まみれの顔を手でぬぐってから、鶴乃の指のさきを目でたどっていった。

その目はやがて、石段の尽きた上の、真っ暗な空に浮かぶ、ひときわ青々と輝く星をみとめた。

「わあっ」

おもわず息をのむ彼を、満足そうに見やりながら鶴乃は、

「すてきでしょう」

「ママ、あれは―――」

「そうよ、地球よ。昔、わたしたちの祖先の人類がすんでいた星。戦争と、それがもたらした深刻な大気汚染によって自滅のみちをたどった人間たちが、この火星の地下の氷を堀りおこして呼吸可能な大気をつくりだし、この火星を第二の地球として移住してからすでに数百年がたった。最初は赤茶けた砂と岩ばかりの地上に、地球の美しいものを再現しようとしてこのまち、京都が再建されたわけだけど、こうしてこの角度から、石段の上にのぞく地球をみていると、この光景こそが本当に美しいものに思えてくるわ。マーちゃんも、そう思わない?」

マーちゃんはだまってうなずいた。しかしその顔には、ひとつの疑問が張り付いていた。

「あんな美しい星にすんでいて、どうして人間たちは戦争なんかおこしたんだろう」

「じぶんたちが、どんな美しい星にいるかに、気がつかなかったんじゃないかしら」

マーちゃんは、石段の上から、眼下にひろがる京都のまちに首をめぐらした。

戦いとは無縁のような、静まりかえったまちなかにひろがる、穏やかな家々の灯りをみていると、もう二度とこのまちを滅ぼすようなことをしてはいけないと思った。
その気持ちをどうあらわせばいいのかわからないまま彼は、ふと思いついた言葉を口にした。

「もっと大切にしなくっちゃ」

そういいながらマーちゃんが、ふいに強く手を握りしめてきたので、鶴乃もまたその手を、強く握りかえしていた。
 
母と子はそれからもながいあいだ、石段の上にたちつくしていた。







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