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つばきさん

作家志望です。小説や詩や短歌やってます。

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雨があふれるとき

12/05/01 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:0件 つばき 閲覧数:2005

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目の前の別世界にはばまれ階段を降りられずにいた。
僕と似たような境遇の人が五・六人ちらほら、無表情で携帯電話を見たり壁に貼ってある広告を見たりしているけど、みんなつかの間の休息に戸惑っているようだ。しかも僕だって自分のいらだちに気づいているのに余裕なふりをしている。
外に出た人はみんな溶けて消えてしまった。
僕は傘を忘れたわけじゃない。持ってきたけど盗まれたの!
いらだちを和らげようとその場でぴょんぴょんと小さくジャンプをしていたら、後ろから肩を叩かれた。
おじさんだった。
「洪水、だね。あふれている」
スーツを着ている恰幅のいい小さなおじさん。チャップリンとかいう人を横に広げた感じの人。声が異様に高い。
「若い君ならできる」
「は?」
おじさんは黒くて大きなこうもり傘の中にいた。傘はおじさんの背丈ぐらいありおじさんをすっぽり包んでいた。小さな家みたいだ。僕はおじさんが小さいのか傘がでかいのかさっぱり分からず、まばたきを何回しても現実はそのままくっきりとあるだけ。
「傘は何のためにある?」
「雨を、避けるため」
「他に?」
「えー…綱渡りのときにバランスを取る、とか」
「発想はいい!」
おじさんがぐっと親指を立ててウィンクをして笑うと傘も小刻みに震えた。くすくすと。一心同体。傘がこうもりとかカラスとか、大きな鳥に見えてくる。
「私がこの傘を持って一年。君はまだ分からないと思うが、世間は有毒なものにあふれている。世間はもちろん、自然にもあふれている」
僕は怖くなって駅構内を振り返ってみた。しかし人はひとりもいない。おかしいと思って何度もまばたきをするが、さっき面倒くさそうに雨が止むのを待っていた女子高生二人組も、ずぶ濡れのままサッカボールを蹴っていた少年も、よく見ると駅員もいない。電子掲示板はたくさん光っているけど。
おじさんは僕の肩を両手でがしっとつかむ。僕の体も半分、傘の中に入る。よそ見はするなってことか。
「分かりますよ」
「ふふん。それを直すには若者の力がいる。でも若者は繊細だ。でも若者が必要。それも分かるかな?」
「分かります、よ」
おじさんは自分をつつむ大きな傘を懸命に閉じようとした。柄の部分を両足で挟んで骨組の部分を懸命に下ろしていく。鼻の穴がふくらみ必死なおじさんを見て僕はちょっと笑ってしまった。やはり喜劇王なのか。
傘が半分ほど閉じたところでおじさんは傘から体をすべらせるように出すと、「君も手伝え!」と息を荒げて言うので、僕は大爆笑しながら一緒に傘を閉じた。触れたおじさんの体は熱い。内側にある秘密を守りぬくようにあまりにも重厚に作られた傘はやっと閉じ、普通のサイズに戻った。
「それをさして外に出なさい。それがあれば大丈夫」
おじさんはスーツの乱れを直し、ポケットから櫛をだして髪を整える。紅潮したおじさんの顔が一気に不安そうになったのを見て、僕はもう振り返らないと決めた。理屈は分からないけど腹の中で何かが決まっている感じがするから。
僕は傘を持って走って階段を降りた。外はさっきよりも雨が強くなっている。でも僕も強くなったから大丈夫。後ろから聞こえる「アディオス!」というおじさんの声を背に僕は別世界へ飛び込んだ。


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