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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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引っ越しが好き

13/07/11 コンテスト(テーマ): 第十二回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1738

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 友美の趣味は引っ越しだった。
 きっとわたしの先祖は遊牧民だったのよと、真顔で人にいうぐらい、彼女の引っ越し癖は有名だった。
 ひとつのところに長いあいだすんでいると、酸欠状態におちいった魚のように息苦しくなりだし、全身の節々がこりかたまってきて、もはやにっちもさっちもいかなくなるのだという。
 これまで一年と同じところにいたことはなかったのではないだろうか。ひどいときにはわずか一か月で越したこともある。独り身だから、身が軽いこともあるが、これまで数えて十数回の引っ越しをくりかえしてきた。
 亜砂は、そんな友美とは学生時代からの知り合いで、彼女の引っ越し好きにはこれまでずいぶん泣かされてきた。時々彼女の住まいに遊びにいくことがあったが、事前に電話で確認をとってから訪ねているにもかかわらず、行ったときにはすでにもぬけの殻で空き室状態ということがたびたびあった。一度などはすでにそこに知らない人が越してきていて、ばつのわるい思いをしたこともある。
 いまはどこにいるのかしら。亜砂は、しばらくごぶさたしている友の消息が気にかかった。
 すまいを転々と変えている友美でも、変わらないものがひとつあった。その変わることのない彼女の電話番号に、亜砂はかけてみた。
「友美、いまどこに住んでるの。 ちょっと訪ねて行ってもいいかしら?―――」
 電話の向うから友美が、なぜかおぼつかなげに現住所をこたえた。
「どうしたの?」
「あなたがくるときには、またべつのところに引っ越ししていないといいきるだけの自信がないの」
「こちらも用事があって、すぐにはいけないのよ。しばらく辛抱して、いまの住まいに蛾か蜘蛛のようにへばりついててちょうだい」
「あなたそんな、わたしの人格を否定するようなこと、いわないでよ」
 結局、亜砂は、たずねる当日に確認の電話を必ずいれるということで折り合いをつけなければならなかった。
 十日後のきょう、約束どおり亜砂は知美に電話をかけた。案の定、彼女は引っ越ししていた。
「まえのところは、隣人の騒音や、そばをはしる電車の音がうるさくて、耐えられなかったの。だけど、いまの住まいは気にいったわ。ここならいつまでもいられそうよ。ちょっとわかりづらいところにあるから、駅までむかえにいくわね」
 一時間後、二人はその駅で顔をあわせた。
「こんどのところは、部屋もきれいし、辺りも静かだし、ほんとうに住み心地がいいのよ。もっとはやくにみつかっていればね」
 友美が本当によろこんでいるのが、言葉の端々からうかがえた。
「こんどこそ定住できそう?」
「そうね。わたしの引っ越しも、ようやくピリオドをうつときがきたみたい」
 それをきいた亜砂もまた、友美がここまで気にいっている新居がどんなところかはやく見たくて、足をはやめた。
 そのモスグリーン色の建物のまえまでたちどまった友美は、ちょっと自慢そうにいった。
「ね、とてもすてきなマンションでしょ。環境は抜群だし、通勤にも便利だし、女性専用だから、第一安全よ」
 亜砂はしばらくだまって、彼女がこれから住むというマンションをながめていた。
 その顔が、なんだかキツネにつままれたようになってきた。
 ここはたしか、知美が二年前に住んでいたマンションのはずだった。ここにいたら死ぬとまで彼女がいっていたのを、亜砂ははっきりおぼえていた。
「あなた、ここ………」
「気にいってくれた?」
「ええ、まあ」
 あまりに引っ越しを繰り返したため、以前住んでいたことを友美は、完全に忘れてしまっている様子だった。
「すてきなところね。いいところがみつかって、おめでとう」
 亜砂はもはや、それ以外、なにをいっていいのかわからなくなってしまった。


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