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実さん

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家出少女Y

13/07/08 コンテスト(テーマ):第三十四回 時空モノガタリ文学賞【 探偵 】 コメント:0件  閲覧数:1582

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 井の頭公園駅の前につくと由子はスマホを取り出し母に繋いだ。
「今日は帰るの遅くなるから。うん。たぶん11時になるけど心配しないで。あとご飯いらない」
詳しい説明もしないままに心配そうにする母の声を遮って電源を切る。もう私に母は必要ないしたぶんもう見ることもないだろう。最後の言葉がご飯いらないだなんて私らしいな、なんて思いながら由子は井の頭池に向かってスマホを放りこむ。ブクブクと泡を立てるように水没していく様子を眺めながら、今この瞬間に私は消えたと由子は思った。これで誰にも探せないし、見つかることもない。
 初夏なのに辺りは涼しくしんと風の音もなく静まり返って、周りの人すべてがいなくなってしまったかのように感じていた。家出なんてはじめての経験だし、何をすれば、どこまでいけば家でなのか最初は悩んでいたけど、見えない糸を切るみたいにプチっとスマホの電源を切ってしまえさえすれば、GPS機能も使えなくなるぐらいにしてしまえば、すぐに私を取り巻く世界から消えてしまえることに気づいてからは、何か重大なことを決心したような気持ちでいた。
「問題はこれで何日過ごせるか……」
そう呟いて開いたピンクの財布のスリットからは諭吉が5人、家出をしようと漠然と思い立ってからちょっとずつ祖母の家にあがりこんではせがんで貰った一万円札がふわりと浮く。自分でもなぜ家出をしたいのかわからなかったし、どこに行きたいのかもわからなかったけど、諭吉がいればなんとか生活できることぐらいはわかっていた。足りないものは買えばいいし、きっとなんとかなる。由子は意味もなく宙を眺める。ずっと遠くに夜空が見えた。
 かといってたいして計画性もなく飛び出しては、思いにまかせるまま井の頭公園に来たことを早くも後悔しはじめていた。あたりにはちらほらと他人が行き来しているのが見えるし、この世界でひとりになっていることを感じるには不十分だった。じっとベンチに座っていれば蚊も寄ってくるし、ふと脇を見て小さな蜘蛛が這っているのを見ては小さな悲鳴をあげた。野宿しようとはまさか思っていなかったけど、夜ひとりじっとしていることさえままならないことにじれったさを感じた。なんで虫っているんだろう。この世に虫なんていなければもっと世界は過ごしやすくなるのにと思った。

 井の頭公園についてから2時間が過ぎた頃、ただベンチに座っていることにも飽きたし、夜も更けてきたし、本当にこれからひとりで宿泊できるところを探さなくちゃいけないことを思うと途方に暮れた。というか未成年ひとり泊めてくれる場所なんてあるの?と思うと自信がなくなってきて、早くも家に帰ろうかと思う気持ちが湧き上がってくる。まだ0時は過ぎていないし、帰ろうと思えばすぐに帰れる距離だった。
「もし仮に今帰ったとしたら、私が家出をしようとしていたなんて誰も知ることなんてないんだろう。11時の約束だったのにちょっと遅れて帰ってきたぐらいに思われるぐらいで、それにスマホ落としたって言えば、お母さんもお父さんも、あぁそういうことなんだって思って、きっとあんまり怒られないで済む。今だったら全部何もなかったことにできる。明日からまた同じように学校に行って、スマホ水没させちゃったテヘペロ(・ω<)☆って言えば同情だってされるし、誰にも怪しまれずにメアドも番号も取り戻せる。そうやって過ごしていけばきっと私だって2時間家出をしてたことさえ忘れちゃうんだ」
そう思うと帰りたい気がした。無計画なのがいけなかったんだ。家出はいつでもできるけど、本当に家出をしちゃったらその日々は取り返せない。家族にも友達にも心配されるし、たぶん帰ってもあいつ家出した奴だってレッテルは高校生活ずっとつきまとうんだろう。そこまでする価値はあるの?というよりタイミングの問題? 大人になって家出をすればそれはもうただのひとり立ちって思われるみたいな。

 由子は帰ることに決めた。幸いにも終電にはまだ間に合ったし、終電2本前の電車に急いで乗り込んでは、明るい電灯の下で蚊に刺されまくってプクっと膨れた両腕を見つめた。母が心配してると思ってスマホを取り出そうとしたけど、バッグにはもうスマホがないことに気づくと後悔した。財布を眺めると買い替えにちょうどいいお金があった。
 最寄り駅につくとあとは一目散に歩き続ける。見慣れた帰途に見慣れた電柱広告を見つける。黒い犬が載っている探偵事務所の張り紙だった。
「私は結局いじくなしだ。何も見つけられなかったし、何を探しているかもわからなかった」
そう呟くとため息が出た。家につくと父と母がカンカンになって由子を迎え入れ、彼女は頭をもたげ深々と土下座をした。
「お母様、簡単なものでいいので夕飯を作ってくださいまし。お腹が空きました」


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