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鹿児川 晴太朗さん

(前略) (中略) (後略)

性別 男性
将来の夢
座右の銘 沈黙は金、雄弁は銀

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死刑執行

13/07/06 コンテスト(テーマ):第三十五回 時空モノガタリ文学賞【 無慈悲な人 】 コメント:4件 鹿児川 晴太朗 閲覧数:3412

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「おはようございます、所長」

 制服姿の若い男が、少し憂鬱な表情で根岸に挨拶をする。

「なんだ。辛気臭い顔して」

「この仕事をしてて平然としてられるのは、所長ぐらいのものですよ」

「お前は胆力が足りないんだよ、平沢。まあいい。巡回の時間だ」



 拘置所内・死刑囚舎房。
 毎朝九時になると、管轄の刑務官たちは肩を並べて死刑囚たちの見回りに出る。
 彼らの靴音が響くと、死刑囚たちは震え上がるのだった。
 なぜなら、現在では死刑執行は当人にさえその直前まで知らされないことになっているので、彼らが来る度に死の恐怖に晒されるからだった。
 左右に独房が並ぶ通路を、五人の所員を引き連れて根岸は歩いて行く。

「おはよう、諸君。安心していい。今日も死刑執行はなしだ」

 根岸がそう言い放った瞬間、舎房内に張り詰められた緊張の糸が途切れる。

「なんだよ、驚かすなよ根岸っさん」

 中にはそうやって軽口を叩く者も居た。
 しかし根岸は知っている。どれだけ陽気を装う者だろうと、どれだけ凶悪で残忍な者だろうと、死刑執行の瞬間には哀れな姿で命乞いをすることを。

「面会のある者はまた連絡する」

 一通りの房を見回った根岸は、そう言って踵を返した。



「明日は土日だから気が楽ですね」

 事務所で平沢が根岸にそう話しかけた。

「平日も土日もやることは変わらんだろう」

「でも、土日に死刑が執行されることはないじゃないですか」

「ああ。それで」

「つまり、死刑執行に怯えるのは囚人だけじゃないってことですよ」

 平沢の言葉を受けて、根岸はしばし沈黙を守った。
 事務所の机に置いてあった赤マルの箱から一本取り出して火を点けると、深く吸い込んだ後で濃い煙を吐き出し、根岸は満面の笑みを浮かべてこう言った。

「それがこの仕事の醍醐味じゃないか。平沢、楽しめよ」



「……おはようございます、所長」

 制服姿の若い男が、沈痛な面持ちで根岸に挨拶をする。
 見れば、脇に佇む残りの四人の男たちも、皆して一様に悲痛な表情を顔に張り付けていた。死刑執行の日が来たのだった。

「言っただろう、平沢。楽しめ」

 根岸だけはいつもと変わらず、むしろ平常時よりも活き活きとしている。
 舎房への扉を開いた後、まるで舞い踊るような靴音を立てて根岸は通路を進んだ。
 平沢を含む残りの五人は、押し黙って根岸の後に続く。
 やがて根岸が一つの房の前で止まると、中に居る囚人に向かって声をかけた。

「672番。出ろ」

 672番と呼ばれた男は、不思議そうに根岸を見つめ返した。

「あれ、根岸っさん。俺に面会かい?」

 根岸は問いには答えず、施錠を解き扉を開け放つと、男が出てくるのを待った。
 672番は面会だと勘違いしたらしく、意気揚々とした足取りで根岸の方まで近付いた。
 先頭を根岸が歩き、その後ろに672番、彼を囲うように残りの刑務官が脇と後ろを固めて、長く冷たい無機質な通路を無言で歩いて行く。
 やがて面会室が見えてくると男はいよいよ浮き足立ったが、けれど根岸がそこを通り過ぎたのを見て不審がった。

「根岸っさん。面会じゃないのかい」

 そしていよいよ男は気付いた。
 自身がどこに連れて行かれようとしているのかを。
 ずっと軽口を叩いていた男は急に押し黙り、その指先は小刻みに震え始めた。
 やがて根岸は一つの扉の前で立ち止まると、ゆくっりとその扉を開いた。
 殺風景な部屋。その中央の天井から垂れ下がる縄が異様な雰囲気を醸し出している。
 
「根岸さん。嘘だろ」

「中央に進め、672番」

「い、いやだ! 死にたくねえ!」

 男は叫んで抵抗を試みるが、すぐに刑務官たちに抑えられ、後ろ手に手錠をはめられて身体を拘束される。刑務官たちに引き連れられるようにして部屋の中央に進み、絞首用の縄に首を掛けられると、男は咽び泣きながら命乞いを始めた。

「死にたくねえ! 助けてくれよ、根岸っさん!」

 根岸はゆっくりと男の正面に回ると、静かに口を開いた。

「七人も殺しておいて、いまさら死にたくないはないだろう」

「俺が悪かったよ! 反省するから助けてくれ!」

 断末魔に近い男の痛切な叫びも、根岸の鈍麻した心には何一つ響かない。
 むしろ根岸は狂喜に満ちた笑顔を浮かべると、明瞭な声で宣言した。

「お前は今から死ぬんだ」

 根岸が他の刑務官たちに目配せをすると、彼らは部屋の片隅に向かう。
 その壁面にある横並びのボタンに全員が指をかけると、根岸の合図を待った。

「672番。何か言い残すことは」

「……死にたくねぇよぉ」

 男の弱々しい声を無視して根岸は、静かに手を挙げた。
 その瞬間、カチッという音が複数、室内に無慈悲に鳴り響いたのだった。


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このストーリーに関するコメント

13/07/07 泡沫恋歌

鹿児川 晴太朗さん、拝読しました。

死刑執行は確かに無慈悲かもしれませんが、罪もなく殺された被害者の方が
もっと無慈悲だったと思いますね。

これは難しい題材だと思うけど、上手く書いてると思った。

13/07/08 鹿児川 晴太朗

お読みくださりありがとうございました。

無論、加害者よりも同情されるべきは被害者であることは確実です。
今回はたまたま日本の死刑制度について知る機会があったため、作者の思惑などはそれほど交えずに、あるがままに淡々と書いてみました。

細かい所作の過不足等はありますが、わかりやすく描けているみたいで良かったです。

13/07/17 そらの珊瑚

鹿児川 晴太朗さん、拝読しました。

死刑執行のスイッチは複数人が押すことで、誰のスイッチが有効であったかわからないと以前聞いたことがあります。
もちろん死刑に値する罪を命によって償うのは日本では正当な司法の裁きなので、死刑囚に同情の余地はないといってしまえばそれまでなのですが、これを仕事とする人の心情は複雑だと思います。
根岸のように仕事を楽しめるようになることも、それはそれで怖いですね。

13/08/05 鹿児川 晴太朗

>>そらの珊瑚様
御拝読ありがとうございます。

たとえ正式な手続きの上の行為であるとはいえ、人の命を奪っているのですからね。それを仕事とする人たちは本当に大変だと思います。
根岸の人物造形に関しては、ネット上で率先してその仕事に就きたいと声高に叫ぶ匿名の人々をモデルにしました。


>>凪沙薫様
御拝読ありがとうございます。

死刑執行に関してはその刑罰を受ける受刑者にのみ焦点を当てて話されがちですが、真に考えるべきはその仕事に従事する人たちの方なのかもしれません。
司法の暗部を支えるのがどれだけ大変なことなのか。暗部だからこそ公に話題に出し難いという部分もあるのかもしれませんが。

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