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クナリさん

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眼裏(まなうら)のリアナンシ

13/07/02 コンテスト(テーマ):第三十五回 時空モノガタリ文学賞【 無慈悲な人 】 コメント:10件 クナリ 閲覧数:2070

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リアナンシに初めて出会ったのがいつだったのかは、よく覚えていない。

僕が神学校の小等部を出る頃には、彼女は僕の右瞼の裏側に住んでいた。
目を閉じると、暗闇の中に彼女の姿が映る。蜂蜜色の髪に、新緑の色の瞳の少女。バーミリオンオレンジのサマードレスが、雪色の肌に映えていた。
彼女は始終、何かを呟いている。目を閉じている間だけ聞こえるその声は古いラテン語で、調べてみると、それらは「死」とか「絶望」にまつわる詩の一節だった。
教会でお祈りをする時は、神に祈る振りをして、彼女を見つめた。夜は、彼女の呟きに包まれて眠りに落ちた。
僕は、その美しい少女に夢中だった。

リアナンシは僕の瞼の中で、赤い煉瓦造りの、屋根も赤い家に住んでいた。
暗闇に浮かぶその家の中にいる時、彼女を呼び出す手立てはない。僕の声は彼女に届かないし、目も合ったことが無い。
片思いの空虚感は、僕を少し、そう、女好きにした。僕にとって女性は、例外なくリアナンシの代替物だった。
神学校の中等部で、手近な女の子達とよくキスをした。静かに目を瞑る僕の癖がセクシだと、何人かに言われた。けれどそれは、暗闇に佇むリアナンシにキスする気分を演出するための、僕の方便的行動に過ぎなかった。

ある時僕の部屋で、綺麗な女の子とキスをしようとしたら、その子が睫毛を僕の睫毛に触れさせた。不愉快だった。
「バタフライ・キスというの」
女の子はけらけらと笑い、未成年の未熟さを証明するためのような仕草で小ワインをあおって、
「あなたのキス、嫌いよ」
と言って帰っていった。
気を取り直し、目を閉じてリアナンシに会おうとした。しかし家の中へ入ってしまったのか、姿が見えなかった。こういう時は、待つしかない。
ただ、赤い家のドアが開きっ放しになっているのは初めてだったので、少し気になった。

それきり、リアナンシは姿を見せなくなった。一か月経っても現れない。かつてないことだ。
家の中は無人なのだろうか。
ふと思い当たったのは、あの睫毛の接触だった。もしや、あの時リアナンシは、あの子の瞼へ移ってしまったか。
僕は、名前も聞いていなかったあの子を、友人を通じて何とか探し当てた。
しかしあの子は、その前日に自殺していた。首を吊ったあの子の右目には、自分でかきむしった酷い傷があったと聞いた。
ここ数日、あの子は幻覚に悩まされていると訴えており、そのせいで心が病んだのか、不吉なラテン語の詩をぶつぶつと漏らしていたという。
僕がリアナンシの居場所に確信を持った時、あの子の体は既に土の下に埋められた後だった。

翌日、僕は墓地公園を訪れた。丁度、あの子の両親が墓に供花に来ており、お悔やみを告げると、父親が、
「ミラは、いい友達を多く持った」
と涙ぐんだ。僕は始めて、あの子の名前を知った。
三人で十字を切ると、僕の、今は無人の瞼の端から涙がこぼれた。
「故人のため、泣いてくれるのかね」
そう言う父親に、僕は、
「ええ。この悲しみは、晴れません」
と答えた。

その夜、あの子――もう名前を忘れた――の墓を暴いたのは、僕の激情的な出来心ゆえである。
土まみれで棺桶をこじ開け、ああこの子こんな顔だったなと思いながら、その傷だらけの右瞼に僕のそれを重ねた。
けれど、リアナンシは戻って来ない。宿主と共に、死んでしまったのか。
僕は懸命に覚えた、拙いラテン語で語りかけた。
「慈悲と思って、せめて最後に、僕に言葉をかけてくれないか」
すると亡骸がそっと目を開け、ラテン語でこう答えた。
「炎に慈悲無く、神にをや」
古い聖典の一説だ。続けて、
「誰も彼も去った」
それきり、亡骸は黙った。
炎。そう聞いて、不意に記憶が甦った。
ある家の煉瓦が赤く染まる。屋根まで、炎に覆われて。
オレンジのドレスを着たように、火に包まれた少女。
子供の頃に、それを見た。
思い出した。
彼女が僕の瞼に現れたのは、現実の彼女が焼死した翌日からだった。

気がつくと、自殺した女の子の墓の前に、僕は立っていた。掘り返されてなど、いない墓。僕にとっては、リアナンシの墓。
この世に置き去りにされた、意志ある幻の墓。
あの子を道連れにしてやっと逝けた、彼女の残滓の墓。

彼女は、一度も僕に語りかけてはくれなかった。
幻のくせに僕の意に沿わない。それはまるで、現実のように。
死者に憧憬する哀れな男を、顧みることすら、一度も無く。
まるで神様。何もしてあげられず、何もしてくれない、彼らのような。
そう、死者に慈悲なく、神にをや。
そして今はもう、誰もいない。

夜の墓地公園の隅、僕は瞼の中の無人の赤い家を見つめた。
半開きのドアが閉まることは、もうない。
その赤色をなだめるように、涙が僕の眼裏を静かに満たした。

炎みたいに消えたらいい。
この、気のふれたような初恋も。


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このストーリーに関するコメント

13/07/02 クナリ

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文明ってすばらしい。

13/07/02 光石七

拝読しました。
狂気のような彼女への思いが切々と伝わってきました。
そこまで愛せる人もなかなかいないのではないでしょうか。
最後の一節に消すに消せない思いの深さを感じます。

13/07/03 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

眼を閉じた時だけ会える人に恋をしてしまったなんて、なんてもどかしくて切ないことでしょう。少しホラーめいて、物語が進むにつれてドキドキしました。
幼い頃みてしまった衝撃的な火事が発端になり、リアナンシは自らが作り出してしまった神(幻)だったのかも。だとしたらますます切ないです。

13/07/03 メラ

拝読しました。あっという間にぐいぐいと物語に引き込まれてしまいました。こんな感覚は久しぶりです。
気のふれたような初恋。まさしく適切な言葉であるとともに、絶妙な締め方。胸に残る作品でした。

13/07/04 平塚ライジングバード

クナリ様、拝読しました。

2000字以内とは思えない物語の世界観の密度に感動です☆
バタフライキスで生者が絶望し、死者が救済されたのは、
悲劇的なバタフライエフェクトだなと思いました。
クナリさんの書くものは、クールだけど熱いドライアイスのような
作品だな…と勝手に思っています。(失礼な例えですみません)
氷よりも孤高で、非日常だけどどこか身近な感じがします。
↑肯定的なことを書こうとしてますが、語彙力不足のため、から回った
表現になってしまいました(ーー;)

13/07/04 クナリ

光石さん>
ええ、狂気ですね。
完全におかしい人ですね。
人形や鉛筆を愛することができる人と同じですね。
まあ、相手が生きた人間でも、愛情なんて狂気みたいなものですからね(?)。
一方通行の極みみたいなものが書きたかったんですが、ただのサイコさんになってしまったような(^^;)。
てか、一番無慈悲なの主人公ですねー。
ミラの名前ももう忘れているしッ。

そらの珊瑚さん>
妄執のような、でも実体のない愛情って怖いので、ホラー風味で書きました。
こいつ、きもい…と思っていただければ成功であります。
…て、失敗してるっぽい(^^;)。
そうですね、瞼の中のリアナンシは、彼の想像の産物です。
が、それが現実に他人を死に追いやるほどの影響力を持ってしまったというのがタチ悪いですね。

メラさん>
ありがとうございます、話に引き込まれたというのはとてもうれしいほめ言葉です。
主人公は、ようなとかどころじゃなく、ほぼ確実に気はふれてますからね。
懸命に正当化したところで、瞼の中の幻に恋することができる、ガチ奇人ですからねー。

平塚ライジングバードさん>
なるべく密度は濃くしよう、と思っているので、意図通りに楽しんでいただければうれしいです。
ああ、バタフライエフェクトですよね、まさしくこれがバタエフェですよ、まったくバタエフェで参っちゃいますよねえ、今ウィキ見てるんでちょっと待っててくださいねー。いえ、もちろん知ってますよ、バタエフェ。知っているに決まってるじゃないですか。いやだなあ、もう。
ああ、ニューヨークの蝶のはばたきが、…天候を…カオス理論…
うん、わかったわかった。
ちょっとしたことがやがて思いがけないことになる、びっくり、みたいなことですね(努力放棄)。
なんかもうかっこよくほめていただいてありがとうございます。
水に落としたドライアイスのごとく、もっくもくにがんばります。

13/07/05 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。
これは凄いです。まず瞼の裏に女の子が住んでいるという着想からしてちょっとその辺じゃお目に掛かれない独創的なものですが、それをギミックとして活用する過程、物語の筋書きにも圧倒されました。
文体に海外文学の趣きがあるのも良かったです。作品の世界観によく馴染んでいて、筆力の高さを感じました。そしてリアナンシという名前から、アイルランドに伝承されるリャナンシーという名の美しい妖精を連想しました。リャナンシーは男性に取り憑く習性があるようですが、これが偶然の一致であるのならばさらに凄まじいと思います。

13/07/05 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。
なんという凄まじい話でしょう。恐ろしい幻影?で、人が死んでしまうなんて……。ですが、彼にとっては、愛しい少女。
幻であって、そうではない、彼が創り出したリアナンシが、ミラにとっても実体を持って影響したなら、幻ではなくなったということ。それほど、彼は、リアナンシを愛していたということでしょうか? ホラーの恐ろしさの中に、幻想的な切なさがある不思議な作品ですね。

13/07/05 クナリ

鹿児川 晴太朗さん>
ありがとうございます。
まぶたの裏に人がいたらいやだなあと考えて思いついたのですが、似た話があったらまずいと思って、つい「瞼 裏 女 住」などで検索してしまいました。
どうやら、少なくともメジャーな作品ではまだ無さそうなので安心しておりまする。
こういう特殊な設定みたいなの思いつくと、それだけで終わらせるのがもったいなくなって、なんとかストーリーとして構成したくなるのですが、うまくいったでしょうか。
「僕の瞼には少女が住んでいる。僕にしか見えないかわいい彼女ウフフーアハハー」だけで終わったらつまんないかなと思いますし。
リアナンシの由来は、意識していなかったのですが、そのリャナンシーかもしれません。
今ペルソナ3というゲームをやっているのですが、その中に登場していたような気がします(姿かたちはよく覚えていないんですが…)。
無意識に「この語感イカス!」と思っていたのかも。
アイルランドなのですか、しまったッ、ラテン語がどうのなんて書くんじゃなかったッ!


草藍さん>
ありがとうございます。
人間は思い込みで人が殺せるのだから、幻想や妄執で殺人くらいできるんじゃないかなー、というよくわからない価値観がクナリの中にありまして。
たぶんその延長で、こんな話が出来上がるんでしょうね。
本当はリアナンシではなくて、この主人公がミラに何かしたのかもしれませんし。
作中では描写されていませんが、ワインに薬盛ったとか、「キスが嫌い」といわれてむかついて洗脳してやったとか。
あ、それいいな…(おい)。
つくづく、ともすれば被害者顔してそうなこの主人公が一番無慈悲だなと思います。

13/07/27 クナリ

凪沙薫さん>
外国文学とかを読んでいると(すみませんそんなにいうほど読んでませんが)、「当然のごとくに異常」な登場人物が結構いて、そういう人の恋ってその人の中では本人がそうと意識していなくてもずいぶん美しかったりすることがあると思うんですが、そんな感じになるといいなあと思って書きました。
クナリはダークファンタジーが得意そうですか? 
それはうれしいです。説得力ある幻想が書ければいいのですがッ。





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