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W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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無慈悲の粉

13/07/01 コンテスト(テーマ):第三十五回 時空モノガタリ文学賞【 無慈悲な人 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1885

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 便宜上、彼のことを『悪魔』と呼んでおく。
 その所業をみれば、その呼び名が、そう的をはずれてないことがわかると思う。
 彼は、惑星から惑星をとびまわり、腰にたらした袋から、便宜上、『無慈悲の粉』と呼ぶきわめて粒子のこまかな粉を、ふりまいては、その粉をかぶった住人が、みるみる血も涙もない鬼のような人間にかわっていくのをみて、嗜虐的な快感に酔いしれることを無上の喜びとしていた。
 袋の中の粉は、ほとんど無尽蔵にあった。
 悪しきもののたとえどおり、腐肉にたかるハエさながら、あとからあとからたえまなく増え続けるという、まことに始末のわるいしろものだった。彼はその粉を、用途はことなるが枯れ木に灰をふりまく花咲か爺さんさながら、まさに喜色満面の態で、惑星全体にまんべんなくふりまきつづけた。
 彼はとくに、多くの慈悲の心をもった人々のすむ惑星を選んでは、粉まきに興じた。
 平和と、愛と、信頼にみちた人間たちが、憎悪と、恨みと、不信感で敵対するところをみるときほど、彼の悪魔の本領がみたされることはなかったのだ。
 いまも彼は、ゆたかな心と、おもいやりにみちた住民がすむ惑星を、無慈悲な粉によって、まるで地獄絵のような惨憺とした世界にぬりかえたばかりだった。
 それまでは、だれもが真の愛情で結ばれ、ゆるがぬ友情と信頼の上になりたっていた社会だった。
 まっさきに弱いものたちに支援の手がさしのべられ、富むものはそうでないものたちに富をわけあたえ、いろんな分野で先をいくものは、あとからくるものたちをみちびき自分が獲得した知識や技量を惜しむことなくわけあたえた。
 それが無慈悲な粉のひとふりでたちまちなにもかもが一変した。
 弱い立場の連中は容赦もなく見捨てられ、ふみにじられ、どんなに困窮し、助けをもとめても、いっさいだれからも顧みられなくなるどころか、そんな底辺にあえぐかれらをくいものにする連中まであらわれて、年金や生活保護費を巧みに搾取する事件があとをたたなくなった。
 富むものは権力を味方にしてますます欲のかたまりと化し、かれらの関心は唯一、自分の財産をいかにふやすかにだけむけられて、ほかのことにはまったく無関心となった。だれもがじぶんの栄達と出世のみにしゃかりきになり、誹謗中傷、裏切りはもとより、他人を蹴落とすためなら犯罪にふれる行為も平気でおかした。
 これまで清く澄んでいた水に、あらあらしくかきまわされた泥がくろぐろとわきたつように、社会が、人心が堕落してゆくさまをまのあたりにするにつけ、彼の喜悦にみちた笑い声はしだいに大きく鳴り響いていった。
 それでもまだまだ、彼の欲望が満たされることはなかった。
 この宇宙には、文明をもつ惑星がそれこそ星の数ほど存在するのを彼は知っている。
 高い叡智と、深い人類愛をかねそなえた種族は万といる。それらの惑星ひとつひとつを、しらみつぶしに巡り渡って、人々を背徳と犬畜生にも劣る下劣な性情に叩き落とすまで、無慈悲な粉をまきちらすのだ。
 そんな彼が、あるひとつの惑星のうえにやってきた。
 さの惑星から伝わってくるすさまじい人間たちの熱気と息遣いに、彼の胸はぞくぞくする喜びに高鳴った。
 その手ははやくも、腰の袋にのびようとした。
 と、その手がふいに、ぴたりととまった。惑星上の様子が彼のすべてをみとおす目に映じた瞬間のことだった。
 ―――まてよ、この星の住民は、すでにどっぷり完璧なまでに無慈悲な心に染まっているぞ。
 彼の目は予想外の驚愕に見開かれた。
 なにもわざわざ粉をまくまでもなく、とっくにかれらは残忍で、他に類がないまでに強欲で、他人をおもいやる心などこれっぽちもなくて、官僚や政治家たちは、利得権益のためなら国民が、他の動植物が、死に絶え、そのうえ世界が滅びてもおかまいなしというまでにだらしきっていた。
 これにはさすがの彼も、辟易となった。
 ここまでなにもかもが無慈悲に徹した世界があったとは、すぐには信じかねた。
 これまで彼がその粉によってもたらした、どんな阿鼻叫喚の地獄の光景も、ここにくらべたらまるで子供の描いた落書きにもひとしかった。
 もしかしたらまえに、すでに無慈悲な粉をまいたのかとさえとも思ったが、いまみる星のていたらくは到底、この粉ぐらいでだせるものではないとわかった。
 彼は、そそくさとその惑星からはなれはじめた。
 ―――こんな惑星には、一秒たりとたちどまっていたくない。
 彼をして、そんなセリフを吐かせた惑星の名を、もうおわかりと思うが、便宜上、『地球』としておく。


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このストーリーに関するコメント

13/07/01 光石七

拝読しました。
ブラックですね(笑)
さて、無慈悲な人間だらけの惑星はどうなっていくのでしょう?

13/07/02 W・アーム・スープレックス

光石七さん、コメントありがとうございます。

今後の地球の行く末を、慈愛の目でみまもっていきましょう。

13/07/02 W・アーム・スープレックス

末尾から10行目、―――おかまいなしというまでに堕落しきっていた。のまちがいです。

13/07/27 W・アーム・スープレックス

私もそれを願っています。

が、現実は………

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