1. トップページ
  2. 彼女をいただき

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

0

彼女をいただき

13/06/25 コンテスト(テーマ): 第十一回 【 自由投稿スペース 】  コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1503

この作品を評価する

 悦子はぼんやり目をひらいた。
 すこし疲労感をおぼえてさっき、ソファに横になってひと眠りしたのだった。
 その彼女のまどろんだ様子をみまもっていた敦夫は、こうしていま目の前に悦子がいるという事実に、ぞくぞくした喜びをおぼえていた。
「わたし、どうして………」
 悦子がふしぎそうにあたりをみまわした。そりゃそうだろう。目をさましたら、独身男の部屋に横たわっていたのだから。
「おどろかなくていいんだよ。いま、きみがここにいる説明をするからね」
 そのまえに彼は、卓上の装置にちらと目をやった。
 それはほんとうにちっぽけな、一種のデジタルカメラといった外観を呈していた。しかしこれこそ現在爆発的に普及しつつある、人体コピー専用のスキャナだった。そこには悦子の全データが記録されている。そのデータをもとに、生まれてきたのが、いま眼前にいる彼女だった。
「きみは、悦子の、コピーなんだ」
 敦夫はそれを、ごくあたりまえの事実として、彼女に告げた。
 明晰を絵にかいたような生身の悦子からは想像もつかないような困惑にみちた表情が彼女の顔を曇らせた。
「コピー………どういうことなの?」
 敦夫は椅子から立ちあがると、部屋のすみにおかれたコピー機に歩みよった。それは一見、ガラスの筒のようだった。
「きみは一時間前、木の下悦子のデータをもとに、この中で再現されたんだ」
 悦子は、自分の腕をなでさすりながら、つよい口調で言い返した。
「でも、わたしは、木の下悦子よ」
「うん。たしかにそうだが、その木の下悦子―――きみはコピーなんだ」
「じゃ、本当の悦子は、どこにいるの?」
 彼はまだ、彼女が事態をのみこめずにはげしく動揺していることに、まるで気がついていなかった。彼女がなにもないところから出現するのを、まのあたりにしているだけに、コピーされた悦子に対して、彼自身なんの違和感もおぼえなかったのだ。
「きょうは、自宅にいるんじゃないかな」
 その自宅の所在地がちゃんとわかっているらしい彼女の顔つきをみて敦夫は、コピーとはいえ、どうやら精神構造まで復元できていることに、あらためて驚異の念を抱いた。
 だが、その後の悦子の急激な態度の変化が意味するものは、買ってはみたものの人体コピー機の構造などなにも把握できてない彼には、皆目見当がつかなかった。
 泣いていいのか怒っていいのか、とにかくわきおこるはげしい感情をどう処理していいのか、混乱していることだけは、かろうじて読み取ることができた。
 そんな彼女に向って、敦夫は極楽とんぼにも、次の言葉をなげかけた。
「案ずるな。きみは二週間したら、消えるんだから」
「………どういう意味?」
「意味もなにも、コピーされた人間の活動期間は、二週間とかぎられている。二週間がきたら、自然界にとって無害な物質に分解し、リサイクルごみとして、区の清掃車がもっていってくれる。だから、なにも心配することはないよ」
 ふたたび彼女は、まったき沈黙におちいった。
 そんな彼女を敦夫は、どこか陶然とした面持で見入っていた。
 本物の木の下悦子は、有名な雑誌にコラムやエッセーをのせているジャーナリストで、その文章にカット絵をのせるイラストレータの敦夫とは、もう何年もの知己の間柄だった。
 秀でた美貌と、教養に裏打ちされた言動は、ワイドショーのパネラーとしてもてはやされ、敦夫も含めた世の多くの男性ファンを魅了していた。ただ、そんな男性諸氏をがっかりさせることに、彼女はすでに人妻だった。敦夫が彼女のせめてコピーでもと望んだ理由はそこにあった。
 コピーの悦子を手に入れたあとは………。
 彼女のコピー化を考えたときには実際、いろいろな思いが敦夫をとらえた。コピーとはいえ、ひとりの女性を独占できるのだ。現実の彼女をまえにしているときには、およそ思いつかないことが心の中を去来するのを彼はどうすることもできなかった。
 それでもいま、こうしてコピーの悦子と向かい合っていても、敦夫はじぶんがおもっていたほど無謀なふるまいにでないことをむしろふしぎにおもった。ふだんの悦子が発散しているどこか近寄りがたい品性までもが、すっかりコピーされているせいだろうか。
 これまでにもコピーした何体かの人間のときには、ここまでの気持ちになったことはなかった。やはりそれはモノ、二週間の期限がついた人のコピーだという、人間とはべつのものだという認識があったからにちがいない。そのときは、倫理もなにも、はなからそんなもの問題にならなかった。
 悦子をコピーしてはじめて、コピーされたモノではなく人間を相手にしているのだという実感に敦夫はとらわれた。そうはいっても、この悦子はあと二週間で分解してしまう。そう思うと、彼女のこのながすぎる沈黙が、彼にはきゅうにもったいないものに感じられた。
 ふいに悦子が口をひらいた。
「あなたは、人間をコピーするなんてことに、なんの抵抗も覚えなかったの?」
 敦夫は躊躇なくうなずいた。
「だって、きみみたいな高嶺の花の女性を、こうして独占できるんだ。高級乗用車並みの価格はするけど、ぼくにとって3Dコピーは、まさに不可能を可能にしてくれる夢の装置なんだ」
 装置によってうまれてくる人間は、あくまで物質としての、レプリカとみなされる。そのことから、最初は倫理や宗教観が大きく問題視されたにもかかわらず、法律的に販売許可がおりたゆえんだった。
 得々と話す彼を、悦子は悲壮なまでのまなざしで見返した。そのえぐるような鋭いまなざしに、さすがの彼も口ごもった。敦夫はいまはじめて、二週間後にはこの世から消えてなくなる事実をつきつけられた複製人間の胸中というものに思いをはせた。
 敦夫は、ふとおもいついて、ビデオをかけた。それは悦子がパネラーとしてレギュラー出演しているお昼のワイドショーだった。
「これは先週放映の分だ。きょうは土曜日だから、番組は休みで、彼女は家にいるはずだ。―――ほら、ここにきみがいる」
 テレビ画面中央の、パネラーたちの席に座る、きらびやかな衣装を身にまとった細身の女性を、彼は指さした。
 教養にうらうちされたゆるがぬ自信、そしてなにより、ひとりの独立した女性として十全に生きてる充実感が、 画面を通してこちらにつたわってきた。
 悦子はながいあいだテレビの自分をながめていた。
 さすがに、ちょっとこれはやりすぎかなと、敦夫は自戒めいたものをおぼえた。
 画面内の本人はこれからも何年、何十年という恵まれた人生を生きてゆくのにくらべ、たったの二週間で消滅しなければならない運命の彼女………。ビデオなどみせなければよかったなと、敦夫はリモコン片手に後悔した。
 悦子がいきなりたちあがった。
 その顔には見るものをおもわずぎょっとさせるような、おもいつめた表情が張り付いていた。敦夫はそこに、なにか冷え冷えとする感情があるのを知って、いいようのない不安にかられた。
「きゅうに、どうしたんだ」
 おぼえず、敦夫の声はふるえた。
「あなたには関係ないことよ」
「おい、どこへいく」
 追いすがろうとする彼を、悦子は邪険につきとばした。敦夫は壁にしたたかぶちあたり、苦痛に顔をゆがめた。
 台所に続く廊下を走り、裏の戸口から彼女がとびだしてゆくのが気配でわかった。
 敦夫が腰をさすり、さすりたちあがり、家の外に出たときにはもう、どこにも彼女の姿はみあたらなかった。
 彼にはしかし、彼女がどこにむかったのか、ぴんとくるものがあった。
 あのときの尋常でない形相は、まちがいなく本物の木の下悦子を思い描いていたのにちがいない。本物に対するはげしい羨望と憎悪が、たしかにあのとき彼女の胸にさかまいていたのだ。
 ある予感にうながされて彼は、家のなかの台所に入っていった。そして台所の包丁立てから果物ナイフがなくなっているのを知った。
 彼女は、本物の悦子を、殺しに行くつもりなのだ。ナイフの消失が語るものは、それ以外に考えられなかった。
 仮に、殺されるのがコピーの側だと、なんの問題にもならない。それは石膏像をこわすようなもので、もちろん法律にもなにもひっかからない。が、それがコピーのもと、人間の側だと、これは大変な事件になる。もし実際に彼女が悦子を殺したら、その彼女を製造した自分はどんな罪になるのだろう。これまでのなりゆきからみれば、殺人教唆
か………。 額に生暖かい汗がにじみでた。
 敦夫は、なかなかつかまらないタクシーを、いらいらしながらまった。このあいだにも彼女が、そう遠くもない木の下悦子の自宅にむかっていると思うと、ほんとうに気が気ではなかった。
 結局彼はタクシーをあきらめ、はじめからそうしていればよかった速足で、木の下悦子の住まいにむかうことにした。彼女の住まいは駅の向こう側にあった。ようやく彼がたどりついたときにはすでに三十分が経過していた。
 電柱の影からうかがうようにしてたっている彼女をみつけたのは、それからまもなくしたときのことだった。木下悦子の家はすぐ斜め向かいにあった。
 まだなにも起こっていない。敦夫がほっとしたのもつかのま、突然彼女が数メートルさきに立つひとりの女性ところに走り寄るのがみえた。
「やめろ」
 大声をはりあげて、敦夫がかけだしたときにはすでに、彼女は女性の背中にドンとつきあたったあとだった。彼はみた。前のめりに倒れたた女性の背中に、深々とナイフが突き刺さっているのを。
「おそかったか」
 彼は倒れた女性にしゃがみこむと、その顔をあらためた。まぎれもなくそれは、木の下悦子本人だった。コピーの悦子の恨みをこめた一撃でナイフは、ほとんど柄のところまでめりこんでいた。
 敦夫はそのとき、倒れた女が手にしているものに、けげんそうな目をとめた。
 右手に握りしめているのは、包丁だった。しかも背中のそれより、もっと鋭利な、やなぎ刃包丁だった。
「どうして、こんなものを………」
 まさかコピーに襲われるのを予期して事前に、包丁で武装していたわけでもあるまい。
 わけもわからず彼は、まだその場にじっとたちつくしているコピーの悦子をみつめた。
 すると、その背後から、ナイフらしきものを手にした人影が、忍び寄ってくるのがみえた。
 それが、やはり悦子だとわかったときの、彼の驚愕はなかった。
 そしてまたひとり、塀の向こう側から、悦子があらわれた。こんどは反対側の通りから、やはり刃物を握りしめた彼女が………。
 たちまち辺りに、何人もの悦子があらわれ、だれもがみな、たがいに強い殺意をひめた視線を交しつつ、じぶんたちの原本でもある悦子本人をこぞって、血眼でさがしはじめた。
 


 


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

13/07/05 かめかめ

意外な結末でした

ログイン