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実さん

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迷う人、生まれる人

13/06/23 コンテスト(テーマ):第三十三回 時空モノガタリ文学賞【 迷う人 】 コメント:0件  閲覧数:1526

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 肉体から放たれた魂は空気の中に立ち止まり振動していた。今この瞬間にかつて私と呼んでいたモノがまるで他人のように横たわっているのを見て、まるで鏡を見ているような奇妙な気持ちに襲われる。
「あぁ、俺死んだんだなぁ」
三秀は呟いた。何の実感もないが、これが以前から死であると聞かされたものであるとわかると突如悲しい気持ちに襲われた。意味もなく人生を棒に振ったのだと思うと魂の形のまま頭を抱えた。
 これからどこへ行くべきかを思うと途方に暮れた。今まで暮らしていた肉体と、肉体があるからこそ取り巻かれていた現実にはもういない。生きるために働くこととか、恋愛だとか、食べること、喜怒哀楽もすべて無縁となった今では、俺は死んだんだと大きな声で泣き叫ぼうとして誰もその声を聞いてはくれないし、理解を示し肩を叩いてくれる人などいないのだった。
 病室の床には誰もいない。鬱病を理由に休職し、恥ずかしさから身内との関係も断ってきたことを今となって後悔した。横たわる肉体があっても彼の死を悲しむ人はいないし、誰かに気づかれることもない。死んでもなお孤独であるということが三秀の心を捕えては彼に流れることのない涙を流させた
 同室の患者たちはてっきり三秀は眠っているのだと思っていた。誰も彼を気にかけようとはしない。必死に声をあげても肉体を持った人間は彼に無関心だった。厚い牢獄の壁の向こうにいる囚人を見ることができないように、誰も彼を見ようとはしない。
「天国は?」
はじめてこの時三秀は思った。死ぬと天国か地獄にいくものだと聞いていたのに、肉体を離れてもなおどちらに行くこともなくこの地球に留まっていることが不思議だった。いくら上を見上げても光が射すことはないし、天使が降りてくることもない。花畑が現れることもなければ地獄の門の前に立たされることもなかった。
「もしかして俺は地縛霊になったのか?それとも死後の世界っていうのはこの世で語られてきたものとは違うものなんだろうか?」
考えてみてもわからなかった。四十九日という言葉もある。それまではこの魂の姿のまま待たなくてはならないんだろうか?

 どれぐらい時間が経っただろう。気がつくと声をかけられていた。
「あなたはさっき死んだ人?」
三秀が驚いて振り向くとそこには同じく半透明のような身体をした青年がいた。どうやら同族らしい。彼もまた行く先を知らずにここにいるのだろうか。
「うん、そう。俺は今日死んだんだ。君も幽霊っていうこと?」
しかし彼は不思議そうな顔をした。
「僕は違うよ。死んでなんかいない」
三秀は以前テレビで『地縛霊は自分が死んだことに気づいていないケースがある』と語られていたことを思い出した。
「そうか。じゃあ君はいつからここにいるの?」
「太陽が昇って一度暗くなったからたぶん昨日!」
「ふぅん」三秀は記憶を辿ったが昨日この病院で人が死んだことは聞いていなかった。「それで今君は何をしているんだい?」
すると青年は答えた。
「見守ってるんだ。お母さんを」
三秀は不憫に思いそれからは何も聞くことができなかった。

 朝焼けが近づこうとしていた。こうして身体がなくなった今でも時の流れというものは変わらないもので、あの子供の頃のように無邪気で永遠のように長い時間は体験できないのだった。むしろ病室に掛けられた時計の針が残酷に時を刻み続け、三秀の死は徐々に風化していく。
「君はいつまでこの病院にいるつもりなんだ?」
青年は何も答えようとはしなかった。何も興味がないように頷くとそれ以降何も口にしなかった。代わりに彼は窓の外に浮かぶ星空を指差すと、にっこりと微笑んだ。死者は星に帰るというが、俺も青年も違う星に向かうんだろうか。
 しかし彼は突如沈黙を破るかのように叫んだ。病人が目を覚ますのではないかと心配するほどだった。
「もうすぐ呼ばれる。僕行かなくちゃ!」
呼び止める間もなく彼は病室の壁に向かい一目散に飛んでいくとそのまま消えてしまった。その瞬間再び以前と同じ孤独が彼と世界の間に下りた。世界は再び牢獄のようになった。

 ふと気がつくと朝を迎えていた。鳥の鳴き声は寒空に震えながら家々を飛び越えて地平線へと消えていった。寂しい朝だった。溜息を吐き頭をあげる。
 向かいの病棟はあわただしく看護師たちが行き来していた。彼女たちの厳しい顔から微かに漏れる微笑みから見るとどうやら手術ではなく新しい子供が産まれたらしい。すべての生まれ出てくる人間が経験する同じ登竜門を、今誰かが通ってこの世界にやって来たらしい。
 その時彼は気づいた。
「そういえば、俺は生まれる前どこにいたんだ?」
そう思うと心の中で何かがすとんと落ちた。目を瞑ると身体が溶けていく思いがした。


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