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AIR田さん

お酒と本と音楽が好きです。沢山あればいい。 http://newold0123.wix.com/airda

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将来の夢 かっこいいおじさん。
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サンプラー 2話「無味」

13/06/16 コンテスト(テーマ):第九回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 AIR田 閲覧数:1214

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「ゴミとヤるのもいいかもねぇ?」
「ふん。ただ品格が下がるだけじゃない」
 人とぶつかった感触に気付いた時、僕は既に地面を舐めていた。新鮮味も何もない。見慣れた光景だ。
 僕を突き飛ばした娼婦の一人が僕を見て、艶めかしい表情を浮かべる。これもいつものことだ。
 僕は寝食のほとんどを路地裏で過ごす。時より酔っぱらった娼婦がふらっと入ってきて、暴力を振るう。僕に初めて暴力を振るった娼婦は耳が聞こえなかった。嫌だと泣き叫んでも暴力は留まらず、そうなればそうなる程激しくなった気がする。
 暴力が終わると、その娼婦は地面をなぞり「ごめんね」という文字を書いた。それが本当に謝罪を意味していたのか今でも分からないが、僕はその謝罪を見て黙って頷いた。それ以後僕は、その娼婦に度々暴力を振るわれることになる。唾を吐きながら、白目を剥きながら、頬を叩きながら、機嫌の悪い子供がおもちゃにあたるように。僕はその娼婦を理解しようとは思わなかったし、暴力の内容を覚えようとしなかった。
 暴力がピークを迎えた時、娼婦の頭が吹き飛び、脳漿が顔面にこびり付いた。視界が黒い赤に染まり、鼻からは今まで嗅いだことのない臭いが入り込み、性別を主張する部分にはまだ暖かな感触があった。それらを処理することは出来なかった。
 僕は何故、その時に舌を噛まなかったのだろう。
「飛んだ!パンッて飛んだ!」
 発狂するタイミングを失った僕に、拳銃を持った娼婦とその客が笑っていた。
「あら?」
 僕に気付いた娼婦は、おもちゃを見つけような顔をして近づいてきた。
「あはは」
 娼婦は笑った。気が狂ったように笑った。重なる僕と頭が飛んだ娼婦を見て。
 それから僕は、頭が飛んだ娼婦の前で娼婦に暴力を振るわれた。客の男はその光景を見て吐いていた。
 それ以後僕は、沢山の娼婦に暴力を振るわれることになる。
 なにか言え。
 泣け。
 叫べ。
 笑え。
 逞しく生きろ。
 服従しろ。
 ありがたく思え。 
 僕は様々な要求に無表情と無言で答えた。
「邪魔だっ!」
 往来の真ん中で倒れていた僕を、起こしてくれる人はいない。邪魔だと言って蹴り、臭いと言って殴り、暴力しか起きない。
 どこへ行こうか?どこに行けるか?
 暴力の中でそんなことをぼんやりと考えていると、人の足音がやみ、店からの声が聞こえなくなった。
「こんにちは。お昼のニュースです」
 町の至る所にある大型モニターに映し出されたニュース番組。アナウンサーがあまり意味の無いニュースを読み上げる。僕らより上のヒエラルキーにいる人間は、今時テレビ番組を見ないという。想像がつかない。しかし、残念ながら僕らにはこれしかない。
「次のニュースです。先日起きた」
 アナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。著名人の発言が著しく人権を侵害していると、抗議している女性の映像が映し出された。
「我々は平等でなければ駄目なんです!いかなる理由があっても搾取や差別は駄目なんです!」
 それを聞いた大体の人が喝采を上げた。大体じゃない人は「アホらしい」と言葉を吐き捨てて消えた。
 僕は最も忘れることの出来ない女性の声を聞きながら、それでも怒ることが出来ないと、改めて思った。
 僕の家は4人家族だった。お父さんがいて、お母さんがいて、お祖父ちゃんがいた。何に使われていたか分からない部品の端々を集めて作られた「屑屋」、という貧困層ではごく一般的な家屋に住んでいた。
 毎日平凡だった。お金は無かったけど、朝はお母さんが起こしてくれて、皆で朝食を食べられて、学校に行けば友達がいて、家に帰ればお母さんとお祖父ちゃんがいて、夜になればお父さんが帰ってくる。狭い自分の部屋からは時たま星が見えたし、それなりに希望も抱けた。
 でも、ずっと続くと思っていた日常が、簡単に崩れた。お祖父ちゃんが病気になった時は、自分の生活が無くなるだなんて、夢にも思わなかった。
 最初は風邪と思ったが、徐々に症状は悪化し、遂には寝たきりになった。高額な保険料を払えない貧困層にとって、医療費は負担が大きい上に、予約制度というやっかいなシステムのせいで、家にお医者さんが来たのはお祖父ちゃんが寝たきりになってから随分後のことだった。その時おじいちゃんは、目も耳も手足も全部駄目になっていた。
 家に来た医者は10分程で帰った。手術したところで失った視力、聴力、硬直した手足が元に戻る可能性は低いが、薬を飲んでいれば死ぬことはない。敢えてリスクの高い方法を選ばれることもないでしょう。そう診断し、もの凄い高い診察料を要求し、もの凄い高い薬を置いて帰った。
 それからお祖父ちゃんは生き続けた。目が見えず、耳も聞こえず、そして手足を動かせない。それでも生き続けた。
「殺してくぅれぃ」
 毎日懇願してくるお祖父ちゃんのその声は壊れかけていた。寝ている時以外、お祖父ちゃんは壊れかけた声でお願いしていた。殺してくれと。
 この時からお母さんは段々とおかしくなってきて、何度となくお父さんと喧嘩になり、何度となく殴られ、その度に僕達家族のバランスも狂っていった。
 そんな時、一つのニュースが流れた。とある工場で働いていた元従業員達の集団訴訟。工場側では発生していた有害物質が人体に影響があると知っていたにも関わらず、それを秘匿していたと、元従業員側が主張していた。
 しかし、国と工場側の対応はおそまつなものだった。幼い僕がそう思ったのだから、大人達は相当呆れていたのだと思う。
 でも、
「この工場……お祖父ちゃんが働いていたところじゃない!」
 お母さんは何故か目を輝かせていた。お父さんは何かを呟いていた。
 このニュースが流れてから、僕の住む町では多くの人達が訴訟に賛成し、その声は膨れ上がり、遂には議員の一人が視察に来ることになった。
 視察にきた議員は、町の現状を見て嘆き悲しむ様子一つなく、淡々と歩いていた。
「すいませんっ!見てください!お願いですからっ!」
 お母さんがこう言ったのは、議員の態度を見てではなく、ただ純粋に家の現状を見てもらいたかったのだと思う。
 疲れ果てたお母さんは必死に頭を下げていた。長い髪がバサバサ揺れる。口から唾が飛ぶ。
 僕は胸が痛んだ。
 可哀想。
 みっともない。
 もうやめて。
 そんなお母さんを見て、議員は隠さず嫌な顔をして、それから何かを思いついたような表情を浮かべると、直ぐ家に入ってきた。
「まぁ……」
 議員から思わず漏れた声が、やけに嬉しそうだった。
「殺してくぅれぃ」
「ねっ?!」
 お母さんは、部屋で寝たきりになっているお祖父ちゃんを指さして、議員に見せた。他にも何か言いたそうだったけど言葉につまり、あうあうと情けない声を出していた。
「……カメラ」
 議員がSPに告げた声とは裏腹に、浮かべた表情の残酷さ。僕は思わず体を強ばらせた。
「あ」
「現状をありのまま伝える為です。ご協力お願い致します」
 小型のカメラを構えたSPを見て声を漏らしたお母さんに、議員は深々と頭を下げた。その振る舞いの慎ましさ。
「おねがい……します」
「ありがとうございます」
 議員は本当に感謝していた。チャンスを与えてくれた人間に向けられる、自然な感謝。
 それから間もなくして撮影が始まった。議員がやけにか細い声で母親に質問し、母親がそれに答えた。
「医療費は国が支払うべきだと?」
「そ、そうです!こ、この病気は国が経営する工場で引き起こされたのですから、当然その医療費は国が支払うべきです!」
「医療費の支払いは家計に負担を与えますか?」
「も、もちろんです!このままでは破産してしまいます!だから」
「医療……お金が欲しいと?」
「はい!お金が欲しいです!それと」
「それと?」
「安楽死を認めてもらいたいのです!」
「何故?」
「見てください!私のお祖父ちゃんです!病気のせいで目が見えなくなり、耳が聴こえなくなり、手足が動かせなり、ずーっと寝たきりです!」
「だから安楽死させると?」
「本人が望んでいます!」
「安易ではないですか?」
「違います!本人が望んでいるんです!殺してくれと!そう思いませんか?何も見えず聞こえず手足を動かせることが出来ずただ寝ているだけ!薬で延命することに何の意味があるんですか?!それだったら死んだ方がマシです!」
「殺したいですか?」
「こ、殺したいです!」
 インタビューはしばらく続いた。議員の質問内容は明らかにおかしかった。完全にお母さんを馬鹿にしているように思えた。しかし、お母さんは現状を届けられる幸福感と使命感にやられて、とにかく夢中で話し、答えていた。
「ありがとうございました」
 全てが終わると、議員は深々とお辞儀をして出て行った。
 お母さんはこれで全てが改善されると、完全に信じていた。仕事に行っているお父さんに電話して、寝たきりお祖父ちゃんにはこれで楽になれると、涙を流しながら声をかけていた。
 僕も、信じていた。
 議員が来てから1週間。信じていた一週間。偽りの幸福一週間。鉄屑で出来たテーブルにはご馳走が並んだ。
 僕がフライドチキンを食べ終えた後、家族の終わりを告げる放送が始まった。
「う、うそ!うそうそうそよ!」
 テレビにはお母さんが映っていた。賠償金を欲する薄汚い貧困層代表かのように。そして、寝たきりのお祖父ちゃんを邪魔者扱いする酷い母親として。
 お母さんの発言は素材として使われていた。言葉は入れ換えられ、事実が曲げられていた。
 お母さんは発狂し、お父さんは笑っていて、お祖父ちゃんは殺してくぅれぃと叫んでいた。
 放送が終わり、その発言は波紋を呼び、議員が仕切りに「これが現状です」と訴えた結果、訴訟は無くなり、更には貧困層を救う為に用意されていた予算が大幅にカットされた。
 それが決定したと報道があった日に、お母さんは多くの男性から暴力を振るわれ、そしてズタズタにされて殺された。
 お父さんは自殺した。
 お祖父ちゃんはめちゃめちゃに遊ばれて、バラバラにされて、ただの肉魂になった。
 そして僕は一人になり、町の住人からゴミ扱いされ、居場所が無くなった。
「どけよ!」
 再び僕の頬に衝撃が走った。
 気がつけばニュースは終わっていて、人々はまた歩き始めていた。がやがやと、何かを沢山話している。
「ゴミだ」
 僕はゆっくりと立ち上がり呟いた。その途端に、町の喧騒が消え、色がなくなった。
 僕は出来るだけ町の隅を歩き、それでも時より殴られながら、ジャンクスポットに向かった。
 鉄屑で出来た町の中でも不必要な物が集まるジャンクスポット。もう、僕にはそこしか居場所がない。ジャンク。ゴミ。僕。
 歩けば歩く程町はさびれ、家屋も無くなり、やがて見えてくるのはジャンクの山。風が吹くたびにどこかで部品が転がる音が聞こえ、乾いたメロディを耳に届けてくれる。それ以外何も聞こえない。
「うわ」
 何も無い僕は、明日が完全に見えなくなって、叫び声を上げる。
「うわぁぁ」
 何度も何度も。
「うわぁぁぁぁぁ!」
 出し馴れない大声を何度も何度も振り絞って。
「うわぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!」
 僕は大声を上げる。この声が尽きたら死のう。そう思っていたら、
「あら?何?どしたの?」
「うわぁっ!」
 突然女の子の声が聞こえて、僕は本当に叫び声を上げてしまった。


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