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世魅さん

蝉は嫌い。でも名前はせみ。

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将来の夢 来世は野良猫。人間の近くで自由に生きる。
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最後の意地悪

13/06/08 コンテスト(テーマ):第三十三回 時空モノガタリ文学賞【 迷う人 】 コメント:1件 世魅 閲覧数:1517

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もう僕たちに明日がないことは知っていた。別れなきゃお互い進めないって、寄り添うことを選んではいけないって。知っていたはずなのに。
心のどこかでは、まだ――。


「待って」
小さく呟いた声は、二人を照らす夕陽に掻き消されて消えた。
はずだった。
それなのに、君はゆっくりと立ち止まってくれた。
でも、君の優しげな瞳もやわらかに揺れる髪も、今にも泣きそうに何かを堪えた口元も全部全部、夕陽に赤く溶け込んではっきりと見えなかった。

ボーッ、と遠くで船の泣く音が聞こえる。
僕たちは何も言葉を交わさずにそっと視線を絡ませて。真っ黒な鳥の影が僕たちを越えた。
君は哀しげな瞳で僕を見つめたまま。

「もう時間だよ」

僕たちの終わりの合図。二人の影が嫌に長く海の方へ伸びているのが目に付いた。

「さよなら」

海に溶け込んでしまうかのようにか細く、小さく、頼りなく、君はその赤く照らされた唇を動かす。僕は何も言わず、君から目を逸らして、引き止めることも抱きしめることもできずにただ、突っ立っていた。
もどかしく僕の左手が空気を掻く。

「さよなら」

君は僕の胸をさらにぎゅっと強く締め付けるみたいにもう一度、儚げな声をして言った。
苦い唾をこくりと飲み込む。君を引き止めてしまう言葉は口にしちゃいけないと頭では分かっているのに。心の奥底に沈みかけている僕が言うことを聞いてくれない。

僕はすべてを振り払って後ろを向いた。
視界の端に、その艶やかな髪をくゆらせて立ち去る君を見たけれどもう。僕は決めたんだ、と。
もう迷うことはしないんだ、と。

「さよなら」

そう呟いた声は、ちゃんと君に届いただろうか。君の心を揺らすことができただろうか。


僕から君へ贈る、最後の意地悪。



「大好きだったよ」
 
 赤く染まった空に、ボーッと別れを告げる船の音が吸い込まれた。


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このストーリーに関するコメント

13/06/22 世魅

>凪沙薫さん
コメントありがとうございます!
"迷う"弱いですよね……また、書き直してみます。

初投稿でとても緊張していたのですが、コメントをいただけて嬉しかったです。ありがとうございました。

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