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三ツ矢ちかさん

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ステイルメイト

13/06/07 コンテスト(テーマ):第三十三回 時空モノガタリ文学賞【 迷う人 】 コメント:11件 三ツ矢ちか 閲覧数:1869

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 目覚めると薄い布団が敷かれたベッドの上に寝そべっていて、一番に目に飛び込んできたのは真っ白い天井だった。
 昨日の夜は一段と盛り上がった。なにが崇史(たかふみ)をそうさせたのかあたしにはわからなかったけど、楽しかったからそれでいい。片付けもちゃんとしてくれる。彼はこういうところ、いちいち律儀だ。
 キッチンから甘いにおいがする。崇史は料理がうまい。あたしと同棲する前まで店を持っていたと話してくれた。それなりにお客さんもいて、まあまあ順調にやっているらしいことは知っていた。けど、崇史は突然店をたたんだ。「先が見えない」と言いながら、紙とペンで張り紙を書いているところをあたしは黙って見ていた。
 短い廊下を歩いて行くと、甘いにおいがホットケーキだとわかった。ホイップクリームをたくさんのせて食べるのが好き。崇史もそれを知っている。たまにさくらんぼをおまけしてくれる。あたしの喜ぶ顔が見たいんだって。ありきたりな理由だけど、それくらい素直な人間ってことだと思うようにしている。
 ピンク色の皿にはラップがかかっていて、少し厚めのホットケーキが二枚と、手紙が置いてあった。白い紙に黒いマジックで、崇史の丁寧に書かれた字が整然とならんでいる。
『もう一度探してくる 俺の歩きたかった道を』
 崇史はこういうところがある。まわりくどい。かっこつけたがる。本当のことほど、はっきり言ってくれない。
 ホットケーキにかかったラップには水滴が溜まっていて、そっと触れるとまだ暖かさを感じた。あたしが起きてくるまでもう少し待ってくれればよかったのに。挨拶くらい、させてくれてもよかったのに。
 崇史が店をたたんでから、彼は同棲しようと言ってきた。付き合って四年目になろうとした秋のことだった。正直戸惑った。あたしは会社員で稼ぎも悪いほうじゃなかったけど、仕事の無い崇史を養っていけるほどの自信はなかった。それになにより、同棲する家が無い。でも、崇史はあたししかいないと言ってくれた。これも、今考えればありきたりな言葉だった。
 家賃だけはちゃんと毎月折半しようと約束したけど、半年も続かなかった。家具はお互い家から持ち寄って、食費はとことん削った。崇史はハローワークへ行くと言って、朝から家にいないことが多かった。たまに大量の酒を買い込んで帰ってくるから、どこへ行っているのかなんとなく予想できた。ギャンブルなんてするような人じゃなかったのに、知らないふりをするのは楽じゃなかった。
 あたしの貯金もほとんど無くなって、平日の仕事だけでは食べていくのが難しくなってきた。相変わらず崇史は家にいなくて、なにしてるのと聞くと「学校に行って勉強したいことがある」と言った。だからまずはバイトを探している。迷惑かけてすまない、と困ったように笑いながらそう言った。先が見えないと言って店をたたんだ崇史の姿が頭を過る。彼を応援したいと、強く思った。
 休日返上であたしは働いた。土日は近所のスーパーでレジ打ち、夜は月・水・金曜日にビルの清掃作業をした。キツくなかったと言えば嘘になる。でも、今は苦しくてもきっと二人で笑える日が来ると思った。
 崇史が道に迷わないように、あたしが明かりを灯したいと思った。ただそれしか考えなかった。
 疲れていても求められればセックスもした。その瞬間だけは素直に幸せだった。時空が歪んだように別世界へ行った気分になる。まだ崇史のことを好きだと思っていられることだけが、あたしの支えだった。
 ホイップクリームは無かったけど、マーガリンをぬってはちみつをかけて食べた。二枚を重ねて三角に切って口に運ぶ。甘くて脂っぽい、ふわふわの感覚が舌に残る。最後にホットケーキを焼いてくれた崇史は、何を思っていたんだろうか。あたしの顔が浮かんだだろうか。
 半分まで食べて、窓のカーテンを全部開けたくなって席を立った。暖まりきらない太陽は白っぽくて眩しい。あたしにたくさん光を浴びせて、目を眩ませる。
 先が見えないのにがむしゃらに走っていつの間にか何もかも無くして、自分を犠牲にして人のために尽くして、やっと行き止まりにたどり着いた。
 迷っていたのは、あたしだったんだ。
 窓を開けて冷たい空気を吸い込んだ。それからテーブルの上の手紙をやぶって、夜明けの空に捨てた。


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このストーリーに関するコメント

13/06/07 クナリ

ストレートな感情が魅力的な、切なくも読後感の良い作品でした。
主人公の性格の成せるものかもしれません。
他人から見れば、ちょっと変わった、でもよくある恋愛遍歴のひとつなのでしょうが、彼女の人生にとってはかけがえのない思い出になるのだろうな、と思いました。


13/06/07 青海野 灰

とても静かな語り口で、主人公の動きもほとんどないのに、苦しいくらいの感情の奔流を感じました。
表現も自然で美しく、このまま長編に続いていきそうな、好感の持てる素晴らしい作品だと思います。

13/06/07 光石七

拝読しました。
語り口が淡々としているのに、とても心が揺さぶられます。
これから主人公はどんな道を歩んでいくのか?
応援したくなりました。

13/06/07 平塚ライジングバード

三ツ矢ちかさま、拝読しました。

切ないですね。人生というのは、なかなかうまくいかないものですね。
「まわりくどい。かっこつけたがる。本当のことほど、はっきり言ってくれない」
というのが男性の性格を端的に表していると感じました。
男性がもっと大人になれればよかったんですけどね。。

静かで淡々としていましたが、確かな温もりを感じる素晴らしい作品でした。

13/06/08 三ツ矢ちか

クナリさん
きっとこれからも崇史のことを思い出してしまうんじゃないかな、と思います。でもその時に彼女が笑っていられればいいなあ、などと思いながら書きました。
コメントありがとうございました!

13/06/08 三ツ矢ちか

青海野 灰さん
長編! 書くとしたら主人公がさっぱりきっぱり崇史を振るシーンを書きたいです(笑)
コメントありがとうございました!

13/06/08 三ツ矢ちか

光石七さん
主人公には一人の人間として自分のために生きてほしいなあ、と思います。また同じ事を繰り返しちゃいそうですけど……
コメントありがとうございました!

13/06/08 三ツ矢ちか

平塚ライジングバードさん
男性は何かしら自分の理想とかロマンを持っていて、それがかっこいい時と厄介な時があるかなあ、と……崇史の場合は完全に厄介な方ですね。おこちゃまです(笑)
コメントありがとうございました!

13/06/09 草愛やし美

三ツ矢ちかさん、拝読しました。
こういうシチュエーションの男性って憎めない人なんでしょうね。経験はないのですが、この話のホットケーキが、それを象徴していると思えました。疑いたくなく、つくすことがある意味生きがいになっている、これほど、人を好きになれる彼女が、いじらしいです。前向きに生きて! 頑張ってとエールを送りたいです。

13/06/09 三ツ矢ちか

草藍さん
別れる気だったくせに律儀に朝食作っていくっていう……たしかに憎めないかもしれません(笑)
主人公にはこのことが笑い話として語れるくらい前向きに頑張って欲しいなあ、なんて思います。
コメントありがとうございました!

13/06/13 三ツ矢ちか

凪沙薫さん
そうなんですよねー……少なくとも二人でいた間は幸せだったんだろうなと思います。好きという気持ちがこんな形でしか確認しあえないのは、はたから見ると不幸に思えてしまいますけれどね……
痛みを感じていただけて嬉しいです。コメントありがとうございました!

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