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信夫と友子の場合

13/06/05 コンテスト(テーマ):第三十三回 時空モノガタリ文学賞【 迷う人 】 コメント:3件 おでん 閲覧数:2673

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 平成二十五年六月の福島に、田所信夫という男がいた。歳は二十四であるが、年齢にそぐわぬ頼りなさがその風体から滲みでていた。ひょろな体型に加えて、顔も不細工であったから、友人らからはよく馬鹿にされていた。
 しかし信夫は別にかまわなかった。村田友子という幼なじみであり彼女でもある女のことを思い浮かべれば、身にふりかかる嫌なことなど全て忘れることができるのだ。友子は美しく心の優しい女であった。信夫は趣味の散歩がてら彼女のことを考える度、よく空を流れる雲に目をやっては、こぼれる笑みをごまかした。
 六月のある日のこと。一通のメールが入った。以前、派遣の仕事で一緒になった五郎さんからである。五郎さんはクマのような見た目に反して、丁寧な口調と繊細なハートをそなえた人間だった。
 メールはこんな風だった。
「県民健康管理調査の結果、小児甲状腺ガンの子どもが9人増えて12人になりました」
 信夫はその文面を見、正体不明の生き物に体中を這いずりまわられているような感覚を覚えた。また、這いずりまわられている間は、どんどん思考が鈍り馬鹿になっていく気がした。全てのものから目と耳を置いたくなり、情報を遮断して、知らぬが仏と言いたくなった。これは言い換えれば、セシウムという言葉を知る以前の己の姿であった。
 信夫は、
「情報ありがとうございます」
 とだけ返した。五郎さんは放射能を心配していた。時には行き過ぎた発言をして、他の大人から馬鹿にされるようなこともあったが、信夫には、彼の情報網と心構えが頼もしく思えた。反原発をとなえれば売国奴扱いされ、放射能の危険をうったえれば県民から風評被害だと指差される。五郎さんはそんなの納得できるかといつも鼻息を荒げ、信夫もそれに倣っていた。
 彼と出会ってから、放射能のことはうんと勉強した。そして様々なことを考えた。そうすることが、まっとうな福島県民である気がしたのだ。
 だが、五郎さんと別れてからの信夫は迷っていた。何が正しくて何が間違いなのか、分からなくなったのである。もしかすると、こういう二十代は信夫だけではないのかもしれない。ピースばかりが多い、額縁のないパズルに取り組まなければいけないような心地である。芥川龍之介は「ぼんやりした不安」という言葉を残してこの世を去ったが、まさにそれじゃないかとふと思った。
 五郎さんからの返信はなかった。
 その日、予定していた散歩は中止した。
 夜九時近くなってようやく、友子から電話があった。職場近くの駐車場からかけているらしく、やわらかい声の向こうには、市街に残る喧噪がかすかに聞き取れた。
「げんき?」彼女はいつも、信夫の調子をいの一番に尋ねた。
 そしてすぐに見破るのだ。
「――うそだね。なにがあったか話してごらん」
 言われて信夫は、五郎さんから連絡があったことを話した。話している最中、あの正体不明の生き物は、ちょうど胸の中心辺りで、じっと腰をすえているようだった。
 友子は黙って聞いていた。彼女は信夫にはない多くのものを持っていた。国家資格、端麗な容姿、前向きな思考。そのどれもが、世知辛い世の中を生きていくには優位とされているものだった。
 いったん喋りだすと、信夫はブレーキを踏めなくなった。
 まとめどころを見失い、ついには、
「やっぱり、ここにはもう住めないよ」
 と発言して、時を止めてしまった。
 耳にあてたままの携帯は熱をおびていた。普段は散歩ばかりしているフリーターが、仕事を終えたばかりの女に放射能の危険を説いている。沈黙はおそろしく長かった。彼女との付き合いはもう四年近くになる。大人しく座っていたはずのあいつが、もぞもぞとまた活動をはじめだす。
 友子が息を吸ったのが分かった。
「じゃあ、ここから出ようか?」
 まさかそんなこたえが返されるとは思ってもいなかったから、信夫は驚いた。放射能に関してはいつも大きく構えていて、小さい頃より、福島が大好きだと言っていた彼女であるから、なおのことだった。
 友子は続ける。
「別の土地で、二人きりで暮らそうか?」
 はっ、と。その言葉の裏に隠されている意味に気づいた信夫は、もう何も言うことができなくなった。ただ己の無力が憎らしかった。このどうしようもない弱さを捨てたかった。でも無性に泣きたくなって、ごめん、と言いながらかまわず泣いた。友子もぐしぐし泣いていた。そして小さく、
「どうして、こんなことになったんだろうね……」
 と呟いていた。その呟きはほとんど息であったが、信夫の耳はもらすことなくはっきりと捉えていた。
 

 ――筆者は、この物語りをどう終らせていいのか分からなくなった。
 なので二千字という制約があることを言い訳に、ここで筆を置くこととする。
 ちなみに正体不明のあいつは、まだ胸の内に、イル。(了)


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このストーリーに関するコメント

13/06/06 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。
完結まで辿り着かずとも充分に意味と熱量を持つ文章であると思いました。
福島からは遠い地に住む身のものとして、テレビやネットなどの偏った情報源でしか実情を掴むための手掛かりを持っていませんでしたが、ここにきて初めてその一角を正確に捉えられたような気がします。
現地に住む当事者の方たちの葛藤や無力感、厭世感は想像するより他ありませんし、これは蚊帳の外に居る者の無責任な言葉に過ぎませんが、生きて何かを表現し続けて欲しいと思います。これ以上の事を加えて申し上げても陳腐さが増すだけなので、これにて感想とさせていただきます。

13/06/08 おでん

鹿児川 晴太郎

このような報道がなされても、福島は不気味なくらい静かです。
信夫のような若者が増えているのが一原因ではないかと思い、この物語りを書きました。
現在、情報を得る手段はたくさんあります。だからこそ、さらに目と耳を開いてそれらと向き合うことが、大事なのではないかと考えております。

きちんとストーリーにできてよかったです。
今後も、この場を借りて様々なことを試していきます。
励みになるコメントを、ありがとうございました。

13/06/08 おでん

鹿児川 晴太郎さま

重複失礼いたします。
先のコメントに、敬称をつけ忘れてしまいました。
御不快な内容を載せてしまいました事、深くお詫び申し上げます。

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