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時は短し選べや決めろ

13/06/04 コンテスト(テーマ):第三十三回 時空モノガタリ文学賞【 迷う人 】 コメント:6件 alone 閲覧数:3434

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この度の戦場は、○×中学食堂脇にありし券売機の前。
許されうる時間は、わずか十数秒。
決着は一瞬。誤れば、味わうは後悔という敗北の味。
選ばねばならぬ。どちらを。
今日の昼食。A定食か、それともC定食か……。

私は券売機前に連なる長蛇の列に身を置きながら悩みに悩んでいた。
今日の昼食、どちらにすべきか。
量りに掛けられたるはA定食とC定食。どちらも魅力があり捨て難い。
A定食はいつも食べている鉄板と呼べるものであり、その味は幾度食べようが飽きは来ぬ。
カリッと揚げられたから揚げに、熱々の白米。あの香ばしい香りと溢れ出る肉汁を白米に合わせて呑み込む感覚は、このために生きてきたと言っても過言ではない。
だが、A定食にありし美点はそれだけではない。なんとあのユミ子ちゃんが常々食べているのだ。
ユミ子ちゃんとは私が秘かに恋心を抱いている淑女である。
花顔雪膚、才色兼備。非の打ちどころがないとはこのことで、彼女はまさしく天女か女神。このうつし世に降臨せし神仏の類に違いない。なむなむ。
対する私は欲にまみれた俗人であるからして、ユミ子ちゃんに気軽に声をかけるなど言語道断。
故に、彼女から声をかけてもらえる僅かながらの契機になることを期待しつつ、私はユミ子ちゃんが好んで食べるA定食を常に口に運んできた。
その心うちは、かの『蜘蛛の糸』に出て来るカンダタに近しく、頼りなき一本の細き蜘蛛の糸を拠り所にいつか辿りつかん極楽を夢見ているのと相違ない。
ここまで話せば諸君もA定食の魅力に取り憑かれんばかりだろうが、忘れてならないのがC定食である。
C定食とは今日より登場せし、いわゆる新メニューなるものだ。その中央に座するは、なんとハンバーグ。私が愛して止まないハンバーグである。
この西洋かぶれが! 日本人としての誇りを失ったか!
などと批判する愛国奴も居ることだろうが、私は誇りを持ってハンバーグを愛し食している。
しかし、ではその心はユミ子ちゃんへの気持ちとどちらが深い、とのたまう輩も居るだろう。
どちらに対しても愛があると申すなら、その深さを比べてみろ。それで昼の定食は決まりというものだ。
だが、私にはその二者を天秤に掛けるなぞ出来ぬ。いや、出来るはずがない。
一言に「愛」と言うところで、その二者の「愛」なるは別種のもの。一方は恋心に根差したものであり、他方は好みに基づいている。端から比べようと思い、比べられる類ではないのだ。
それに、好きなるもので二者択一を迫るなど酷な話。
どちらも欲しい。それが人の情と言うものだ。選べと言われてそう易々と選べるものではない。
しかし、そのような詭弁に逃げたところで、母より与えられし昼飯代には限りがある。どちらも選ぶなどという贅沢事は許されざる行為である。
おっと、遂には私の番だ。
人々の身銭を吸い取り、食券なる最後通牒を突きつけてくる地獄の番人――券売機が私の前に立ちはだかる。。
表面には歴戦の傷跡が生々しく刻み込まれ、その立ち姿はまさに古武士。長年、多くの者たちに酷な選択を強いてきたボタンの数々には、甘美な誘惑が漂う反面、進めば戻れぬ黄泉への旅路の入口が垣間見える。
私はわずかに震える指先を制し、なんとか小銭入れから四枚の百円玉を取り出した。
A定食、四百円。そこに宿るは絶対的な安定と、蜘蛛の糸のような一縷の望み。
C定食、四百……五十円?!
な、な、なんと?! よよよ、四百五十円! 五十円多いではないか。
まさかここで金銭的な壁が突きはだかるとは思いもしなかった。同じ定食という名に踊らされ、勝手に同値段だと思い込んでいた己の不知が愚かしい。よもや五十円高いとは!
たかが五十円。されど、五十円。
ただの穴あき貨幣と侮ることなかれ。そこに開きし穴は存在するか否かの哲学の道であり、果ては世界を見出す遠大なる穴なるぞ。
百円玉や五百円玉にいくら貨幣価値が劣ろうとも、そこに在るは全人類が渇望せし永遠の謎の答えなのだ。
私は五十円玉に手を伸ばすか否かの瀬戸際に立たされる。
単なる好みの問題に恋心が絡まり、果ては哲学が交わり出した。十数秒で決めるなど出来ぬ話。
だが、それを長蛇を作りし凡愚たちに説明したところで到底理解には至らぬが常。私は十数秒で世界の真理を見出し、決定を下さねばならぬ。
刻限が迫る。
前に佇むが古武士なら、背後に並びしは野武士どもだ。視線という刃に任せて我が背中を刺してくる。遂には――。
チッ。
鋭き刃が我が身を切り裂いた。肩が跳ね上がり、その拍子に指先があるボタンに触れる。
ピッ! カシャンッ!
落ちし一枚の最後通牒。書かれたる文字は、B定食。お前なんぞ、呼んではおらぬ。


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このストーリーに関するコメント

13/06/05 光石七

笑いました。
ありふれたことなのに口調が大げさで芝居がかっているのがおかしくて、オチもよかったです。
でも、主人公は真剣なのでしょうね。

13/06/05 平塚ライジングバード

alone様、拝読しました。

凄く好みの作品でした♪
言葉のセンスが素晴らしいですね。
ただ食券を買うだけなのに、妙にワクワクして笑いながら読みました。
ありがとうございます☆

13/06/05 草愛やし美

aloneさん、拝読しました。
めちゃ面白かったです、最後のオチ、「呼んではおらぬ」で、爆笑しました。
文体や言葉選びが、新鮮で素晴らしい。古武士と野武士の使い分け、愛の定義、視線という刀、全ての言葉などに、感嘆して読み終えました。
迷う人、この設定でここまで書けるって凄いです、大変楽いひと時を過ごさせていただきました。ありがとうございました。

13/06/05 alone

>光石七さんへ
「迷う人」というテーマを見た瞬間に、下らない悩みを大真面目に語らせようと思い、こんな作品になりました(笑)
大げさな芝居がかった語り口が今回のメインですので、それが好みにあったようで良かったです。
傍から見れば「下らない」の一言で切り捨てられるようなことですが、当の本人は、それがこれからの人生を左右する選択かのように大真面目なのです(笑)
コメントありがとうございました!

>平塚ライジングバードさんへ
好みに合って良かったです。この手の文体は明らかに好みが二極化しますので^^;
言葉のチョイスについてはそれっぽくなるようになんとか努めたので、お褒めいただきありがとうございます。
ただの食券購入なのに馬鹿みたいに真剣な主人公の内面を描いただけですが、ワクワクさせられるような展開になれてたようで安心しました。
コメントありがとうございました!

>草藍さんへ
ラストは字数の都合上、当初のものとは別にしたんですが、B定食が出てくるなんて展開は読み始めた瞬間に脳裏によぎるであろうものだったので、どうするか悩みました。
そこでラストに「呼んではおらぬ」という言葉を添えたのですが、良い結果を招いているようで良かったです。
文体や言葉選びは独特さを出すために苦労したので、お褒め頂けると苦労した甲斐がありました。
けど、新鮮さはありましたかね?(笑) 一周まわって何とやらという感じでしょうか(笑)
下らないことに真剣に取り組んでいる変な作品ですが、楽しんでいただけて何よりです。
コメントありがとうございました!

13/06/06 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。
森見さんのスパイスが凄く効いていますね。。タイトルも夜は短しからの拝借でしょうか、もし違ったのならごめんなさい。自分も以前に似たような文体を使っていましたが、ここまで上手くオマージュすることは文章力的にできませんでした。天晴です。
仰々しい描写がオチに対する良い対比になっていると思いました。面白かったです。そこはかとなく漂う哀愁も笑えます。この素晴らしい物語は、遍く世の黒髪の乙女たちを魅了たらしめ、明朝には靴箱が恋文で満たされることでしょう。

13/06/06 alone

>鹿児川 晴太朗さんへ
あ、お分かりになられましたか。
仰る通り、タイトルと文体の雰囲気は、森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』から拝借させていただきました。
上手くオマージュできていると言っていただき、ありがとうございます。雰囲気を出すために苦労した甲斐がありました。
大仰な表現と下らない内容とのギャップに楽しんでいただけて幸いです。
コメントありがとうございました!

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