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メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 知足。悠々自適。日々新た

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緑のトンネル

13/05/30 コンテスト(テーマ):第九回 【 自由投稿スペース 】 コメント:3件 メラ 閲覧数:1685

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 この並木道はつい数ヶ月前には「桜のトンネル」だった。車通りの多い道なので、いわゆる花見客こそいないが、桜のシーズンは多くの人々がその道を散歩していた。道路の両サイドから、長い枝が車道の空を覆うように、トンネルを作る。私は中央高速道のインターに向かう時、必ずこの道を車で走る。
 花が散り、鮮やかな新緑の葉が次々と芽生え出すと、あっという間に鬱蒼とした「緑のトンネル」になった。自然とはすごいものだ。季節は日々変わり、姿を変えていく。
 しかし私は変わらず、月に一度の調布インターまで向かう道のりを走る。土曜日の朝のラジオ番組もすっかり馴染んでしまった。
 
 母はこの頃、私はともかく、私の妻や娘を、どこかの他人だと思うようになった。三年前に死んだ父の事はよく覚えているのだけど、主に若い頃の話ばかり。
 私はここ三ヶ月、妻と娘は連れて行かず、一人で施設に向かう。一度妻に暴言ではないにしろ、いささか酷い言葉を投げかけたからだ。妻は病気のせいと分かりつつも、突然浴びせられた言葉にショックは大きく、それを目の前で見ていた小学生三年生の娘も、祖母の事が恐ろしく思えたようだ。
 認知症。その症状は日に日に進行している。まだ六十代という事もあってか、母のその進行は早い。
 知人の話では、病気になる前は穏かで品性豊かなご婦人が、どこで覚えたのか分からないような汚い言葉で、介護する夫に罵声を浴びせたという。それに比べればまだ母はマシだ。しかし、自分の母親が目の前でゆっくり崩壊していく様を見続けるのはとても辛いことだ。

 帰りは中央道が渋滞する前に帰るようにしている。土日は夕方を過ぎると酷いことになるのだ。
 インターを下りて、私はまた緑のトンネルを抜けて自宅に向かう。桜のトンネルも、緑のトンネルも、その呼び名は娘が幼い頃に名付けたのだが、私はその呼び名がとても気に入っている。
 この頃よく思う。桜のトンネルより、このいささか鬱蒼とした、緑のトンネルの方がいいなと。
 西日を遮る緑のトンネル。私は車の窓を全開にして走る。変わっていくものと、変わらないものを考える。変わっていく事の方が多いと気付く。花はとうに散った。やがて蒸暑い夏が過ぎ、冬になる頃には葉も散る。この道路も裸の枝が侘しく車道を囲むだけになる。しかし私達は身勝手で薄情だ。一年の半分以上はそうだというのに、冬には生い茂った緑のトンネルの事を忘れてしまいがちになる。目の前の寒さに肩をすぼめて歩く。
 しかし春の桜のトンネルが出来ると、冬の枯れ枝のことなどまるで忘れてしまう。人々は花を見上げ春を思う。

 母と何を話していいのかまるで分からない。そもそもまともな会話の成立もない。だからただぼんやりした母の顔を見て、他人として振舞う私の顔を見せるだけだ。そして施設の担当から日々の様子を聞いて、やけに薄いお茶を出される。
 帰りがけに、パーキング・エリアですするうどんや蕎麦は、いつも驚くほど味気ない。私は遅い昼食を食い終えると、また車に乗り込み、緑のトンネルを目指す。
 
 


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このストーリーに関するコメント

13/05/31 草愛やし美

メラさん、拝読しました。
お母さんへの深い愛が、ひしひしと伝わってきて、切ないです。
身につまされる話です。決して人ごとでない、すぐ身近に起こっている友のいます。もしかしたら、明日にわが身が起こるかもしれないことかもしれません、そう、思うと恐ろしくなります。
変わっていくものと変わらないもの、確かに命を授かったものは変化のもとに生きていく運命にあります。緑のトンネルは、同じものなのに不変ではない。変わることによって、得られるものもあれば失うものもある、哲学的ですが、よくわかります。作品の内容が深く、いろいろ考えさせるいい作品だと思いました。

13/05/31 泡沫恋歌

メラさん、拝読しました。

私も認知が進んだを母をよく見舞いに行ったのでこの感じはよく分かります。
娘の顔も忘れて・・・名前を言っても・・・
「しらん」
と、言われました(苦笑)
その母が亡くなって、3年経ちました。

そろそろ母のことを作品にしてみたいと思います。

13/05/31 Золотая мышь

メラさん、こんちはー。
こちらにもいらっしゃったのですね。
よろしく、おねがいします。

感想はnovelistでのべましたのですが、やるせない気持ちでも自然のちょっとした変化にはこころ和むこともあります。
難しいテーマに触れながらも自然体で、物事にふれ、発見する過程がみごとだと思います。

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