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三ツ矢ちかさん

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大家の山岸さん

13/05/30 コンテスト(テーマ):第三十二回 時空モノガタリ文学賞【 ラーメン 】 コメント:0件 三ツ矢ちか 閲覧数:1547

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 六畳一間、駅から約12分のこの場所で、俺は彫刻家を目指し日々精進している。
 風呂トイレ別、家賃は3万円。親に泣きつきやっとの思いで美大に入った俺が、この条件で文句を言ってはいけないことぐらいわかっている。が、一人暮らしは思った以上に金がかかる。消耗品ばかりを使う授業、交際費、食費など。
 俺はバイトといえるようなバイトをしていない。じゃあどこから金が湧いてくるのかというと、木彫りの作品を売っているのだ。
 このアパートの大家は近所で洋食店をやっていて、最初の客はその大家だった。

 引っ越してきた初日、大荷物だった俺に興味を持ってくれたらしい大家は、「部屋の片付けがひと通り終わったらうちの店においで」と誘ってくれた。アパートから5分ほど行ったところにあるその洋食屋は、レンガ作りの壁に深緑色の屋根でいかにもという作りだった。俺は案内されるまま窓際の席に座り日替わりランチを注文し、家路を歩く小学生たちの群れをぼんやりと見つめながら待った。
「はい日替わりお待ちー」
 出されたコップ一杯の水を半分ほど飲み終えたころ、木製のプレートにのせられたランチが運ばれてきた。白い湯気が立ち昇り、ジュウジュウと油の弾ける音がする。目の前に出てきたのはデミグラスソースがたっぷりとかかったハンバーグだった。最も無難な日に当たったらしい。こってりとした匂いが鼻腔をくすぐる。真っ白な平たい皿にはライスが盛られていて、心なしか大盛りだった。一応、俺がいることに気付いてはいるらしい。
 繁盛している理由が何となくわかった。味は確かに旨いし量も十分だ。これだけ繁盛していればわざわざ大家なんてやらなくても生活していけるのではないかと思ったが、それにはまた理由があったのだ。

 いつの間にか先程までの賑わいは落ち着き、店内のBGMがはっきりと聞こえるほど静かになっていた。キッチンのほうをチラリと見ると、大家がフロアに出てくるのが見えた。
「ごめんごめん、こっちから誘っておいて放ったらかしで」
 黒っぽく汚れた前掛けで両手を拭きながらそう言って、大家は俺の正面の位置に腰掛けた。
「あ、いえ。旨かったです」
「そりゃよかった」
 大きめの前歯をむき出しにして笑い、その口に煙草を咥えた。そして一呼吸し、大家は俺を真っ直ぐ見た。
「美大、楽しいか?」
 俺は美大に通っているなんてまだ一言も言ってない。驚いて一瞬怯んだが、少し間をあけてから頷いた。
「そうか、何やってるんだ?」
「……彫刻です」
「ほー、そりゃまた渋いな」
 初対面の人間にいきなりこのことを言うのはあまり気が進まない。大体みんなこんな反応をする。誇らしい気持ちと恥ずかしい気持ちは、固まりきらずにまだせめぎ合っている。
「俺は陶芸を専攻してたんだ」
「へ?」
 腕を組み胸を張り、大家は言った。「あんたと同じ美大生だったんだよ」

 なんでも、大家の山岸さんは俺の大先輩で、陶芸家を目指し大学へ通い、卒業後もしばらくは陶芸で飯を食っていたらしい。しかし仕事はだんだんと減り、ついに貯金も底をつき、実家であるこの洋食屋を継いだそうだ。
 それでも、夢を諦められない日々は続いたと言う。
 そこで山岸さんは、自分が叶えられなかった夢を応援する側に回ろうと思い、大学に近いこの店で何かできることは無いかと考えた。
「それで、作品の買取を始めたんだ」
「もしかして、あの絵も?」
「そうだ」
 店内には所狭しと油絵や水彩画、意味不明なオブジェが置いてあり、その全てを山岸さんがあのアパートに住む学生から買取っているのだと言う。大家をやっているのは『スカウト』するためだと彼は言った。
「どうせあんたも金無いんだろ? カップラーメンばっか食って」
「なんでそれを……」
「二箱も持ってくりゃ不健康な生活をしてることくらいわかる」
 山岸さんは俺のコップに入った水を一口飲んで言った。「昔の俺と同じだ」
 夢を追いかけていたあの頃の自分と今の俺を重ね合わせているようだった。
 ただひたすら光に向かって手を伸ばす毎日。苦しくも充実した日々。
「あんたは今から始まるんだから、がんばんな」
 そう言って山岸さんは席を立ち、キッチンへ向かった。
「あの、」
 反射的に俺もその場に立ち上がり、山岸さんを引き止めた。「俺の作品にも、値段をつけてくれますか」
 大きな背中に問いかける。エプロンのヒモを結び直し、山岸さんはゆっくりと振り返る。ヤニで汚れた歯を見せて、彼は笑った。
「俺は元美大生だ。出来損ないは、タダでも貰わないからな」

 六畳一間、駅から約12分、風呂トイレ別、家賃は3万円。
 俺はこの場所で、近所の洋食屋にブツクサと酷評を言われながらも木彫りの作品を買ってもらい、今日も結局カップラーメンを食べながら、彫刻家を目指し日々精進している。


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