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青海野 灰さん

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君の温もり

13/05/28 コンテスト(テーマ):第三十二回 時空モノガタリ文学賞【 ラーメン 】 コメント:6件 青海野 灰 閲覧数:2057

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 三分が経ちフタを開けようとすると、目に見えない温もりにその手を止められる。僕の手に触れる安らぎの感触の中に、妙な強い意思を感じる。
「いつも思うんだけど、気に入らないならもっと早くに止めてくれないかな。お湯を入れる前とか、コンビニで買う時とかさ」
 そう出来ない事は分かっていて悪戯っぽく言ったが、当然返事はない。だが僕の手を止める力が緩められる気配もない。
「ああもう、分かったよ。ちゃんとしたもの買いに行くから、とりあえず離してくれ」
 温もりは躊躇いがちにそっと僕の手を離れ、代わりに背中に感触が置かれた。じんわりといつもの温度が服を通して背に伝わる。
 手が開放された事で、カップのフタが自然と捲れ、白い湯気と共にチープだが魅惑的な香りが溢れて鼻腔をくすぐる。音を立てないようにフタをはがし、そっと箸を持って静かに麺をすくい、口元に運んで一気にズルズルと啜った。途端に僕の頭がポカポカと叩かれる。
「あははっ、冗談だって、ごめんごめん。これ一口だけだから、やめろよ、ははっ」
 こんな風にして君は、いつも僕の楽しみのジャマをする。けれどそのやりとりは、これから流しに捨てられる即席麺なんかより、よほど温かい。

 透明な温もりと手を繋いで、近所のスーパーへ歩いた。僕の下らない話に、君が小刻みに手を握って笑っている事を伝える。傍から見たら僕は、独り言の多いさぞや怪しい男だろう。
 カゴに材料を入れてレジに向かうと、そこにいた店員に名前を呼ばれた。
「修一さん」
 今年大学生になった美穂ちゃんが、笑顔で手を振っていた。僕の右手を握る君の手の力が、少し強くなった気がした。
「野菜炒めですか? 言ってくれればいつでも私が作るのに。……奥さん亡くなってから、大変でしょう?」
「君にはあの時十分過ぎるくらい世話になって感謝してるけど、僕もいい加減自立しないといけないからね」
「……やっぱり、未来よりも過去の方が大事ですか? 生きてあなたを愛してる人が、すぐ近くにいるかもしれないのに」
 僕が何も言えないでいると、彼女は商品を読み込む手を止めて、上目遣いで僕を見た。その瞳の潤んだ輝きにズキリと胸が疼くと、右手がキリキリと痛いくらいに握られた。
「ちょ、ちょっと、手離してよ、財布出せないだろ」
 そう囁くと、君の温もりはそっと離れた。
 会計と袋詰めを終え、右手を空中に差し出したが、それを掴む手はなかった。そのまま暫くスーパーを歩き回っても、僕の右手は何の温もりも捉えない。
「修一さんどうしたんですか? 挙動不審ですよぉ」
「あ、いや、何でもないよ。じゃあまたね美穂ちゃん」
 彼女の声に慌てて店を出て、入口の前で右手を差し出していても、行き交う客に奇異の目で見られるだけだった。
 視力を失った君が一人で先に帰っているはずはないと知りながら、強く願う様にノブを握って家のドアを開けても、抜け殻のような空気が満ちているだけ。
「おい、怒ってるのか?」
 呼びかけても、謝っても、懇願しても、泣き喚いて町中を走り回っても、君の温もりは戻らなかった。

 あれから時が経ち、相変わらず一人の僕は、それを止めてくれる手を求めて、毎日カップ麺ばかり食べていた。君に隠れて食べる時はあんなに旨かったのに、今は濃い科学的な味がビリビリと舌を刺激するだけで、苦痛でしかない。
 あの痛いくらいに握った手は、お別れのサインのつもりだったんだろう。どうせ君のことだから、自分が消える事が僕の幸福に繋がるとでも思ったのだろう。でもそれは大間違いだ。君は僕の想いの強さを知らないのか。このままでは僕は、栄養失調で死んでしまうぞ。それでもいいのか君は。

 ある日クタクタになって仕事から帰ると、机の上で丼のラーメンが湯気を立てていた。野菜が沢山入って中央にトマトが鎮座する、僕の好物の、生前の君がよく作ってくれた塩ラーメンだ。
 呆然としていると、エプロンを付けた美穂ちゃんがおずおずと出てきた。
「修一さん、勝手に入ってごめんなさい……」
「おい、僕の妻を見なかったか! いや、見えなくても、何か感じなかったか!」
 掴みかかった僕に、美穂ちゃんは申し訳なさそうに俯いて、一枚の紙を差し出した。
 そこには、子供が書いたような乱れた字で、ラーメンのレシピと、「修一をおねがいします」とだけ書かれていた。その文字が涙で滲まないように、僕はすぐにそれを彼女に返した。
 まったく、君は、最後の最後まで、人の事しか考えないんだな。

「あ、あの、伸びないうちに、食べて下さい」
 そう促がされて啜ったラーメンは、間違いなく君の味と温もりを宿していて、僕は格好悪く泣いて呻きながら、止まらない感謝と共に、涙まみれの麺を咀嚼した。


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このストーリーに関するコメント

13/05/28 平塚ライジングバード

青海野 灰さま。
拝読させていただきました。

起承の部分で、物語のテーマが分からず、やきもきしながら読んでいましたが、転の部分で一気に心を鷲掴みにされ、結に至るまで本当に興奮して読ませていただきました。
素晴らしいテクニックです。ラーメンというテーマで、こういった着眼点で書かれていることに非常に感動しました。
(偉そうなコメントですみません。。)

余談ですが、美穂ちゃんが最後に報われて良かったです♪
ありがとうございました。

13/05/28 光石七

泣きそうです……
主人公と奥さんの互いへの愛が深くて切なくて。
美穂ちゃんもいい子ですね。
優しい人たちが紡ぐ素敵なお話をありがとうございます。

13/05/29 青海野 灰

>平塚ライジングバードさま(お名前かっこいい!)
コメントありがとうございます! やきもきさせてしまいすみませんw
ストーリーに深みを出す為に詳細の説明をしないという手法を初めて取ってみたので、上手く伝わるか不安だったのですが、興奮して頂けたようでよかったです。
テーマとしてのラーメンそのものに注目し過ぎると、自分にはとても書けそうになかったので、重要アイテムだけど脇役にしちゃいました。
いえいえ偉そうだなんて微塵も感じません。丁寧なコメントを頂きとても嬉しいのです。
美穂ちゃんがこれからどうなるか分かりませんが、きっとうまいこといくでしょう(無責任)。
こちらこそありがとうございました。

>光石さん
ありがとうございます。
たぶん文章って、当たり前ですが書いている本人が一番感情移入するんですよね。
なので自分も書いていて泣きそうでした…w
改めてみると、もっと書きたかった心理描写が薄く、ちょっと2000字に詰め込み過ぎたかなぁと反省もあります。
うーん、ストーリーと心理の配分が難しいっ

>凪沙さん
いつもありがとうございます。なんと、待っていて頂けたのですかっ。
切ない味を感じて頂けてよかったです。
二人はどうなるんでしょうねぇ。うまくいくといいですが、主人公が過去を振り切れますかねぇ(無責任)。
全然何の関係もないんですが、自分もラーメンでは塩が一番好きです。

13/06/04 草愛やし美

青海野灰さん、拝読しました。
好きです、こういう作品。期待しながら、読み進みました。なんて、素敵な終わり方なんでしょう。何度も読み返しました。はまってしまいました。
いいなあ、こういうの、いいなあ、そう呟いて夢見ている私です。ありがとうございました。

13/06/04 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。
静かだけれども力強く感動を呼び起こされる物語でした。
冒頭ではすぐに意味が掴めなかったのですが、ようやく状況を理解できた途端物語に強く惹きつけられました。スーパーのレジ前での亡き妻の心情と、その後の決別への覚悟を思うと思わず歯を食いしばってしまうような気持ちです。最愛の人の存在でラーメンの味が変わるところの表現もお見事でした。大変楽しませて頂きました。

13/06/04 青海野 灰

>草藍さん
とても嬉しいコメントをありがとうございます。
投稿してから、何だか安い涙の押し売りかなぁと思ってしまっていたので、救われた気持ちです。
よかったぁ。

>鹿児川さん
感動して頂けましたかっ。とても嬉しいです。ありがとうございます。
そうなのです。あえて説明を思いっきり省いているので、ちょっと分かりにくいかもしれないなと思っていたのですが、感じ取って頂けて良かったです。
彼女の、自分の置かれている状態と、手を握る事でしか意思を伝えられないもどかしさを考えると、苦しいですね。

「迷う人」でこれの続きも書きたいと思ってるのですが、蛇足になっちゃうかなぁ…

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