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satukiさん

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夫と出会って狂って授かった娘。

13/05/21 コンテスト(テーマ):第三十一回 時空モノガタリ文学賞【 名古屋 】 コメント:0件 satuki 閲覧数:1721

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名古屋について知っていることは少ない。
行ったこともないし、行こうと思ったこともない。
ただそこには、私の母親がいるという事実だけが、私の頭から「名古屋」という言葉が抜け落ちない理由だ。
私の母は、名古屋の田舎で客としてやってきた男に恋をした。
食べた魚が最高においしいとべた褒めしたらしい。
実家の味に自信と信頼を持っていた母の烏合にとって、それはどんなに嬉しい言葉で、どれほど心ひかれたのか分からない。
何年かの交際の後、母と父は結婚し、私が生まれた。
しかし、その数年後。父が死んだ。
烏合と出会ったころにはガンに蝕まれていたそうだ。きっと話をしていた時にも、痛みに耐えて、笑顔を絶やさなかったのだろうと、彼女は言った。
そして、私は今、烏合の実家に来ていた。
娘が出て行って、若い手がなくなったこの店には、よぼよぼの烏合の母と、その父が未だに店をたたむことなく営業していた。
二十歳を過ぎて、仕事に就いた私は少し印象が変わったらしい。
誰でも言われることだと思うが、綺麗になったと―――。
「実は私は烏合があの人と付き合う前から病気のことは言われていてね。」
烏合の母は、そんなことを淡々と言っていた。
「短い付き合いになるかもしれないけど、娘さんをくださいって、べたなことを言われてね。」
烏合はこのことを知っていたのだろうか。
少なくとも、本人の母親は知らなかったようだ。
「ガンに苦しんでいるあの人のガンバリようったら、家の人とは比べ物にならなかったよ。」
そこまでして隠していたかった父の理由が、私にはわからなかった。
「あの人は、烏合を部屋の外に出して私に言ったわ。ありがとうございましたって。」
そうして父は、命を落としたのだという。
病室に再び入った瞬間、父が跳ねるように痙攣していたのを必死に止めようとしている母を目にした。
死とはこんなに無慈悲に命を終えていく。
そのことを理解したのだと、烏合は言っていた。
烏合は精神病院に入院し、幸いそのころには自立していた私は、時折彼女のところに訪問に行った。
はた目からは一切病人のようには見えない母は、しかし安定感を失った時には発狂するのだと担当医から教えられた。
「烏合さんは本当によく頑張っているよ。週に一回の君への訪問に、仕事、家庭。疲れている様子を見せないように笑顔を絶やさずにいる。」
目の前の精神科医は私に言い聞かせるように喋っている。
「聞こえますか?烏合さん。あなたは本当によく周囲の環境になじもうと努力していますよ。娘さんの力ではないとしても、それはすごいことだと思いますよ。」
彼の言葉だと、烏合というのは私のことで、父と聞かされていた男の人と交際していたのは私だというのだ。
烏合のことは、本当の母親だと思っているし、父と体を重ねたのは彼女だと思いたい。
しかし、役所で住民票を見ても、烏合という女は私であると記載されていた。
ずっと彼女を自分の中に抱えたまま、私は烏合として、そしてその人の娘として、生きている。


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