草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
座右の銘 今を生きる  

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9

秘密

13/05/21 コンテスト(テーマ):第七回 【自由投稿スペース】 コメント:11件 草愛やし美 閲覧数:1872

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「ねぇ〜」
 彼女は僕に向かって言った。僕の頭を撫ぜながら彼女は言葉を続ける。
「お前にだけ言おうかなぁ、私の秘密……聞いてくれるかな?」
 それから彼女は意を決したように、きりっとした顔を僕に近づけた。
「ううん、絶対聞いて欲しいのお前に! 私……、わたしね、浮気したの一度だけ! あの人に内緒で。彼は私が唯一愛した人」
 彼女はそう言うと遠い目で空を仰いだ。だけどその目はもう見えていない。病気になった彼女は命の期限が切られたことを知っているようだった。見えないというより、もはや見ようとしなくなっただけなのかもしれない。彼女は生きる願いが叶わないと、思った時から考えていたのだろう。僕に全てを話そうと……。

「あの人とはネットの世界で知り合ったの。私は毎日家事だけの生活に満足してた――
そうなんだと、ずっと自分で信じてきた。だけど、私にあんな勇気があるとは……思わなかった。良い人かも? なんか優しい人だなって……そう想い始めたのがもう恋だったのね。朝主人が会社へ出掛けると、すぐにわくわくしてPCの電源を入れたわ。毎日部屋でPCを開きそこで彼と会ったの。来る日も来る日も! 凄く凄く楽しかった。そんな気持ちは生まれて初めてだったの。主人はとても良い人で浮気一つしない人。ありがたいことに私を凄く大切にしてくれている。でもね……」
 そう言うと彼女は大きく息を吸って、それから吸い込んだ息よりも大きな溜息をついた。
「ドキドキしないの。ときめかないの……、私。この人に恋していない? そんな疑問が湧いてきて考えてみたの。もしかしたら、私って生まれてずっと誰かに恋したことなかったのかもしれない。そう思うようになったの。本当に人を恋するってこうだったのかも――きっとそうなんだと感じたの……」
 しばらくの沈黙の後、彼女の口が動いた。
「だから……思い切って逢ってしまった。携帯で話すだけじゃ満足できなくて、実際に逢ったの」
 彼女はぽつんとそう言って寂しそうに目を伏せた。
「逢ったけど結局一度だけだった。悪女になれなかった、と言うより怖かった。生活できるのかしら、この人と? 彼はまだ若い学生、到底私をさらって行くなんて出来ない。彼は私を必ず幸せにするからと約束してくれた。だけど私はその次のデートには行かなかった。彼が真剣になればなるほど行けなかった。主人の顔が浮かんだの。なぜって? 自分自身わけがわからなかったけど、なぜか主人を裏切ることができなかった。それ以上はどうしても行けなかった。一度だけの裏切り、そこまでだって思ってしまって……」
 そこまで言うと彼女は涙顔になった。僕の背中が彼女の涙で濡れた。僕は、結局あなたは安定した今の生活を選んだだけでしょって、言いたかったけど出た言葉は『にゃ〜』だけだった。


 彼女が死んだ。彼女が最後に自分で選んだ旦那に看取られて死んだ。あれからどれぐらい経っただろうか、僕の生活はすっかり変わってしまった。
 彼女は知らなかったが旦那には愛人がいた。知らなかったのは彼女だけだった。彼女が生きていた時、僕は一度その愛人に会ったことがある。旦那は彼女が実家に帰った時に、その愛人を家に連れてきたのだ。僕がにゃ〜にゃ〜鳴くと愛人は言った。
「あら? この猫、目撃者よ。どうするあなたぁ〜」
 甘い声で愛人は旦那に悪戯っぽく笑って、それから僕の目を目隠ししようとした。僕はなついていない人間だったので、フウウウーーと、唸って毛を逆立てた。旦那は僕を抱き上げると、こらこら静にしろよとか言いながら、ドアの外に連れ出し、僕に向かって言った。
「お前が猫で良かったよ。目撃者だってさお前は、ハハハハ。目撃したことをあいつに言いつけたって良いんだぞ、ハハハハ言えるもんならな」
 高らかな笑い声を残して、寝室のドアは閉められた。だけどこんなこと僕にはどうでも良いことだった、人間に何も期待なんかしていなかった。僕は餌をくれる人と、自由さえあれば良かったのだから。
 彼女が死んでしばらくしたある日、あの愛人がこの家にやってきた。そして旦那と一緒に住むようになった。僕にとってこの家に誰が住もうが関係ないことだった。だけど僕の生活は一変した。僕は餌を貰うのに苦労するようになった――愛人は僕が好きじゃないらしく、よく餌を忘れた。
「お前はね、前の奥さんに飼われていた猫なんだからさぁ、私嫌いなのよ」
 そう僕に言う。そりゃそうだろうな、猫でもその気持ちは理解できた――が、それとこれは違う! 餌はちゃんと時間が来たらくれなくては。
 それでも僕は、そんな愛人のいる家でも、堂々と生活していた。

 僕は新聞の上に乗っかって寝るのが好きだ。紙の上が暖かかったから、と言うより僕は新聞が読めたのだ。誰も信じないだろうが、寝たふりをして新聞を読んでいたのだった。
 そして……、見てしまった。あの記事を――あの男が逮捕された記事を。そうあの男だ! 彼女が唯一愛したネットの彼氏。そいつは詐欺を働いていたそうだ。ネットの世界で知り合った主婦を相手に、金品を騙していたのだった。あちこちで金を騙しては逃げていたそうだ。ネット上では名前や住所を名乗らなくても信じる女が、五万といるから騙すのなんて簡単なもんだと、言ったかもしれない。新聞には簡単な記事だけだったが、僕は色々と、想像していた。

 そいつが彼女の付き合っていた彼だとわかったのは、生前の彼女から携帯の写メを見せられていたからだ。小さな写真だったが、彼女はそれをいつも愛しそうに見つめていた。溜息をついて閉じられた携帯の音が、今でも僕の耳には残っている。

 なんだったのだろう、彼女の人生は? 僕に打ち明けたのはどうして? 秘密を持ったまま死んでいきたくなかったから? それとも自分の生きた証みたいな物を誰かに伝えたかったのだろうか? それとも、罪を背負った思いに耐えられなかっただけなのか? 僕は彼女がどんな思いでいたのかあれこれ考えてみた。

 彼女があれほど真面目で浮気一つしないと信じていた旦那は、実際は浮気者だった。しかも愛人までいて彼女の死後すぐに連れてくるような奴だったのだ。彼女は愛人のことを知らなかったのだろうか? 知らないで死んでいった――いやもしかしたら知っていたかもしれない。だからこそ、一度だけ旦那を裏切ったのかも……、あのネットの男と。
 だけど、彼女が死ぬまで心に隠して、想い続けた彼は詐欺師だった。彼に死ぬまで愛され続けていると信じ込んで彼女は死んでいった。今そのことを知ったらどう言うだろうか? 色々聞いてみたい。だけどもう聞くことは叶わない。彼女は死んでしまったのだから……。
 まあ聞きたくっても僕は『にや〜』としか言えない、彼女にはわからないんだったな。そこまで考えて、僕はふぅと大きな溜息をついた。

 良かったのだろうそれで。きっと、彼女は幸せに死んでいった……、そう僕は思っている。この家で彼女のことが話題になることは二度とないだろう。しかし飼われている僕だけは時々彼女のことを思い出す。それは朝起きてきて茶碗に餌が入ってない時なんだ。
 僕は彼女を思い出す――彼女ならちゃんと定時に餌を入れてくれていたはずだと……。それでも良いじゃないか。彼女の生きていた証は、僕が餌を時間通り貰ってたってことなんだから!

 
 それから一ヶ月もしないある日、僕は驚いた。家に刑事がやって来たのだ。玄関先に立つ男が、警察だと名乗ったのを聞いた時、僕はてっきり彼女が付き合っていたネットの詐欺師の取り調べに来たのだと思った。
 だが違っていた。旦那と愛人が逮捕されて連れて行かれたのだ。家に残った一人の刑事が、僕に話しかけてきた。
「お前も下手すりゃ殺られていたかもしれないなぁ、ほんと良かったな。たぶん保険金殺人がばれるのを恐れて生かしていたんだろう。お前までいなくなったら奥さんの親戚が怪しむと考えたのかもしれないな。まあでも良かった良かった、お前は助かったんだよ」
 その刑事は僕を何度も撫ぜながら笑ってくれた。

 そうだったのか――僕は、ほとぼりが冷めたら殺されていたかもしれないのだ。殺した前の奥さんの飼っていた猫を飼うなんて普通は嫌だろうから……。殺人がどんな方法で行われたのだろう? 考えたところで猫の僕にはわからないことだった。でも警察の目は確かだったのだろう。いろいろ調べて、ついにこの日の逮捕になったそうだ。
 僕はその刑事の言葉を聞いて思った。そうだ! そうだったのだ。あの日、あの日だったんだ。僕なんだ――僕は本当の目撃者だったのだ。保険金殺人計画を奴らはあろうことか、この家で相談していたのだ。なんてことだ……。部屋の外に追い出された僕は、知らなかっただけだった

 今、僕はあの時の刑事さんの家で飼われている。餌は朝の定時にちゃんと茶碗に入れてくれる。ありがたい……、僕は目撃者になれたことを感謝している。ここには彼女も旦那も愛人もいない。だけど、どこの家に住もうが、僕は変わらない。

 あっ! 朝の餌の時間だ。急いでキッチンに行こう。

『にゃあ〜、にゃあ〜、にゃぁあ〜〜』


  ――秘密 おわり――




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このストーリーに関するコメント

13/05/21 kotonoha

ミステリーですね。一部始終みていたのは猫だったのですね。
ドキドキさせながら読ませていく技巧的な文章ですね。
夫婦であっても知らないこと解せぬことがあるのですね。私の主人は愛人がいたのかしら。もう今となっては聞くこともできません。

13/05/22 泡沫恋歌

草藍さん、拝読しました。

本人の知らない所に真実があったんですね。

知っていたのは猫だけで、しかし、そのことを言葉では伝えられない。
だから、死なないで済んだのかもね。

動物目線の面白いミステリーでした。

13/05/23 名無

夫婦の色んな秘密を見て、様々な思いを巡らせているのに、あくまでクールな猫がさすがです。
猫のクールさで、悲劇が喜劇にかわってしまったような、新感覚を味わえました。
とても面白かったです。

13/05/23 平塚ライジングバード

草藍さま、過去の作品を含めて拝読させていただきました。

面白かったです!!何と言っても物語の「切り口」や「視点」が非常に斬新でした。本当にネタの宝庫で、ワクワクしながら読ませていただきました。僭越ながら「よくある話かな…」と思った作品も、途中で様々な仕掛けや展開があり、読み終わる頃には「まさかそう来るとは…」という感じになっていました。ありがとうございます。
(上から目線のコメントになってしまいごめんなさい。)

表題作は、かわいさと不気味さと女性の人生の解釈が入り混じった複合的な作品ですね。日常には色々なものが潜んでいるんだとハッとさせられます。あと猫がとってもかわいいですね。

13/05/24 草愛やし美

月見草さん、また読みに来てくださったんですね、ありがとうございます。
コメント嬉しいです。励みにしてまた頑張りたいです。
「愛人なんて、そう簡単に作れないものだ」と、私の主人はいつも申しますが、怪しいと思っています。笑

13/05/24 草愛やし美

泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。
猫って、結構飼主さんの秘密を知っているみたいですね。飼主さんたちは、猫が話せないので、安心して話す相手に選んでいるようです。でも、猫はどこかで、その秘密を漏らしているかもしれません。なにせ、不思議な生き物ですから、知らぬは飼主だけなんてありそうですよ。笑

13/05/24 草愛やし美

名無さん、お読みくださって感謝しています。コメントありがとうございます。
猫は、犬と違ってへつらわない動物ですから、そういうとこがとてもクールです。分析して物事を冷やかにみる目、猫を見習って、私もそのクールさを見習いたいですが、表情にすぐ出てしまうタイプでは、無理でしょうか……。苦笑

13/05/24 草愛やし美

平塚ライジングバードさん、過去作も読んでくださったんですか、ありがとうございます。コメント非常に嬉しいです。
「秘密」は登場人物全てに共通するものです。新聞を読み、推理までできている、猫も含めて。生きていくうえで秘密を持たないものはいないと思います。それが、抱えきれないような大きなものだったら、その人はどう行動するのかなと考えていてこの作品を思い付きました。
作品を書くときは、いつも、楽しんでもらえればいいなあと思ってアイディアwp考えますが、時々、理屈ぽくなって自分で呆れることがあります。何か伝えたいと思い過ぎる傾向にあるようです。苦笑  猫が可愛いと言っていただき喜んでいます。ありがとうございました。

13/05/25 ohmysky

刑事が家に来たくだりからちょっと展開に無理があったかなかぁ。
前段で「最後に自分で選んだ旦那に看取られて死んだ」と書いてあるから、病死だと思いますよね。
「なるほどそれでかぁ」と思える転換がこの刑事のくだりには無かったです。字数制限があるからむりやりぶっこんだってかんじかなぁ。
前段が素晴らしく良い出来だっただけに、後半もう一ひねり欲しかった。惜しい!!

13/05/26 ハズキ

話の展開がいいですね。

最後まで読んで、「秘密」というタイトルになるほどと納得です。


猫ちゃん、こういう時は、しゃべれたらいいのにね、って真剣に思います。

実際、こういう事件、猫や犬が目撃者、あるかもしれないですね。

13/05/28 鮎風 遊

ねこも波瀾万丈。
それでもしぶとく生きてる。
何か人生の師匠のような感を覚えました。
展開が思わぬ方向で面白かったです。

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