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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
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ミニングレス ノスタルジ

13/05/20 コンテスト(テーマ):第三十二回 時空モノガタリ文学賞【 ラーメン 】 コメント:10件 クナリ 閲覧数:3332

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家出して二日目の夜。
子供の頃から慣れ親しんだ裏山でも、やはり夜は不気味。廃屋となった炭焼き小屋が残っていたのは有難かった。
高校二年生にもなって臆病だなどと、隣にいるマナカに思われたくなくて、僕は平静を装う。同い年のマナカは、小学校で出会った時に僕が予感した通り、美しく成長していた。

僕らの目の前には、固形燃料で沸かしたお湯を注がれたカップラーメンが二個ある。頃合を見て蓋をはがし、二人で食べ始めた。
「懐かしい。よくここに探検しに来て、これ食べたね」
「山火事起こす気かって、珍しく親父に怒られたけど」
父は、子供にあまり執着しない性質だった。母が早世してから一人で育ててくれたことには感謝していたけど、それも僕への愛情と言うより、母への愛から来る義務感によるものに思えた。それもあり、特に最近では親子関係は随分乾いていた。
小屋の中で、カップから湯気が立ち、貴重なノスタルジが僕を包んだ。昔と同じ。なくならない関係。そう信じる。

昨日の夕方、マナカに二人で家出しないかとやけ気味に持ちかけた時、てっきり小馬鹿にされて終わりだと思った。しかしマナカは、少し微笑んで「いいよ」と言った。
今思えば、彼女なりにも思うところがあって、気を遣って付き合ってくれたのだろう。家出と言っても少々姿をくらます程度のつもりだったことも、お見通しに違いない。ここからはどちらの家にも、歩いて帰れる。
勘が良く、常に自信満々で無鉄砲なマナカには昔から振り回されてばかり。その無敵の爛漫さに翻弄されるのは、最高に心地良い時間でもあった。
彼女への憧れは同時に劣等感を含み、だから告白などしなかったのだが、恐らく僕の憧憬などとうに本人に悟られていた。
だからこその、気遣い。
「あたしが、あなたのお父さんとあんなことしてるって知った時、どう思った?」
麺が喉に詰まりそうになったが、
「死ねばいいと思った」
と、正直に答えた。
「あたしが? お父さんが?」
「自分が」
「……ごめんね」
謝られたのは、初めて。嫌だ。
「別にマナカは悪くないよ」
僕の方が先に食べ終えた。これは昔と同じ。
「あの人、あたしよりあなたの方が好きよ。いつもあなたの話してる」
どんな格好で、とは聞きたくもなかった。考えるとおかしくなりそうで。
「賭けようか。どっちがお父さんに想われてるか」
「ええ?」
「お父さん、もうすぐここに来るのよ。メールしたから」
おい。
この分では、騒ぎにならないよう配慮して、自分の親にも連絡済みなのだろう。敵わない。
「どっちに先に駆け寄って来るか。あたしは、あなただと思う」
「君に決まってるだろ」
マナカがにやりと笑った。闇の中の大輪。
「あなたよ。解るの」
想像がつかなかった。あの父が、好きな女より息子を優先するものか。その女を一晩以上も連れ回した勝手の贖いに、僕に一人で帰れと言うのが関の山。
マナカの自信に、根拠はあるのか。
いや……、もしや。
その時、小屋の入口が開いた。ああ、父が立っている。
「帰るぞ」
父が中へ入って来た。マナカはカップを持ったまま。自分が僕より後に立ち上がることになると確信している。
そう、多分先程のメールで、彼女が頼んだのだ。父に、僕の方へ先に向かって欲しいと。
マナカなりの僕ら親子への気遣いであり、僕への詫びなのだろう。僕の、想いへの。
立ち上がろうとしかけた僕の前を、しかし、父は通り過ぎた。
そのままマナカの腕をとり、立たせる。
「え?」
声を出したのは、マナカだった。父は彼女のカップを取り上げると、座ったままの僕に渡した。
マナカが父に引きずられるように、小屋から出て行く。
「どうして? 話が……!」
やはり示し合わせていたらしい、が。
マナカが僕を振り向いた。
その時の表情は、忘れようがない。
混乱し、慌て、惑う双眸。浮かぶ後悔。情けない無防備さ。
彼女が負けるのを初めて見た。
こんな顔をする人間だったのか、君は。

――違うの、こんな筈ではなかった。でも、逆らえない。
ごめんなさい。ごめんなさい――

彼女にこんな顔をさせられるのは、僕ではない。
僕の為だからではない。
彼女が打ちひしがれている理由は、僕によるものではない。
彼女の思惑も気遣いも自信も意に介さず、彼女を僕の知らない彼女にしてしまうのは、僕ではない。
その事実を突き付けて、二人は闇へ消えた。

小屋の中には僕と、薄っぺらいカップがふたつ。その中にあるのは今はもう、ただの人工の濁り水。
お湯を注いで三分で味わえるノスタルジなどそんなものだと、自嘲しようとした。
でも、つまらなくて笑えなかった。

外へ出た。
月は明るい。
けど、どこへ帰っていいのか解らない。
インスタントのように安っぽい郷愁の中にすら、もう僕の居場所は無かったから。




びしゃり。


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このストーリーに関するコメント

13/05/20 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。
凄いですね、2000文字でここまでの内容、しかも、テーマが「ラーメン」。もっと、温かいラーメンかと思いきや、お湯で作られたそれは、ついには人口の濁り水にまで様変わりしている。計算されつくした、文の運び方に、引き込まれて一気に読み進みました。この後の、この家族が、どうなるか、インスタントのような安っぽい郷愁の中にも、もうないのでしょう……。カップ麺だからこそ、引き立つ内容ですね。楽しめました、ありがとうございました。

13/05/21 クナリ

はぐれ狼さん>
ありがとうございますッ。
こんなイヤな目に(いえ、そのまんまじゃないでしょうけど)あったことがおありなのでしょうかッ?
もうね、ラーメン=暖かい=ほのぼのいい話、みたいな感じで当初考えてたんですけどね、途中で気づいたんです。
自分、一杯のラーメンのごとく心温まる話など思いつかない、と…。
クナリはもともと、主人公周りの描写とか説明とかに字数を裂くのが好きじゃないので(自分で書いてて飽きちゃうので)最小限の言葉で導入をやろうといつも試みるのですが、うまくいっていればよかったです。


草藍さん>
ラーメンの怖いところというのが、ラーメン屋さんをイメージしてる段階では温かくて素敵なものなのに、自分の家で一人で食べようとすると途端にこの上なく現実的な食べ物になる、という辺りだと思います。
具とかゴミ出るしいらなくない?どんぶりに移すのも無意味じゃない?鍋から直接すすればいいじゃない!
みたいに、自分のものぐささと矜持とを向き合わせねばならない、その空しさとか侘しさみたいな特性から、今回の話は出来上がったような気がします。
そうなるともう、ラーメンの中でもカップ麺でしょうと。隣の人がいなくなった後に、冷えた油の浮いたカップラーメン侘しすぎるでしょうと。
褒めていただけてうれしいです、ありがとうございます。

13/05/22 泡沫恋歌

クナリさん、拝読しました。

びしゃり。

というオチに考え込んでしまいました。
自分のホッペを叩いた音ですか?

びしゃり。

う〜ん、どう解釈すれば・・・?

ラーメンで意外な話だったので驚いた。
とにかく、余韻の残るラストでした。

びしゃり。

もう、脳裏に焼き付いてしまった。

13/05/23 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。
母が死んで父との関係が壊れ、絶対的だったマナカの強さが壊れ、そして最後のノスタルジーすら壊れ、色々なものが崩れ去ってゆく過程が心に響いた切ないメロドラマでした。
泡沫さんと同様、最後の「びしゃり」について頭を悩ませましたが、私は主人公がカップラーメンをひっくり返した、一種の決別のようなものだと解釈しました。

13/05/23 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

まさか、そういう展開になるととは、つゆほども思わず、主人公に同情してしまいました。
最後の「ぴしゃり」は私も決別の音だと想像しました。
自分で閉じないと、新しい一歩が踏み出せないですから。

13/05/23 クナリ

泡沫恋歌さん>
ありがとうございます。
びしゃりは、カップ麺の残りのスープを、「外へ出」て捨てた音です。
ちょっと終わり方が地味かなと思ったので、変なものをいきなり最後にくっつけるという暴挙に出ました。
わかりづらくてすみません(^^;)。

凪沙薫さん>
ありがとうございます。
「救い?ないっすよ(笑)」なクナリワールド、楽しんでいただけましたでしょうか。
どうやって惚れさせたんでしょうねえ。<父親
大人の余裕とかかっこよさよりは、寂しげな背中とかが理由のような気がしますが(^^;)。

鹿児川清太郎さん>
ありがとうございます。
そうです、びしゃりはカップひっくり返した音です。
決別というほどかっこいいものではなく、単にやるせなかったりむしゃくしゃしただけっぽいですが(^^;)。
何か彼に残るもののひとつでも描写してあげればよかったのかも知れませんが、まあそれはそれでつまらないですし(おい)。

そらの珊瑚さん>
救いのない話でありましたッ。
彼がまっとうに育つことを願うばかりです(他人事のように)。
そらのさんも、決別と受け取ってくださったのですね。
それは、そらのさん達が過去との決別によって前へ進むことを是とされているからなのでしょう。
前向きな解釈、ありがとうございました。

13/05/27 小西心菜

まさか「ラーメン」という題材でこんな複雑な話が出来上がるとは、さすがです。尊敬します。
どんでん返しの展開で、ああ、やっぱり彼女を選んだのだな、とお父さんに思いを馳せました。どんな気持ちで彼女を連れて行ったんでしょうね。
そして最後の「びしゃり」という表現。
主人公の諦めの音だと解釈しました。もうここには自分の居場所がないのだという、最後の音ですね。
とっても素敵なお話をありがとうございました。

13/05/28 クナリ

メガネさん>
いい話でまとめて、「いいお話ですね。作者さんの人柄が伝わってきますね」的なコメントをいずれゲットしようともくろんでおりまするが、今のところはまさに自分の人柄どおり救いのない話であります。
他のの皆さんがこのテーマで心温まるお話を書いたり、あるいはメガネさんのように切ない物語を書いている中、何こんな親子の取り合い話書いてるんだろう…とは思わないでもありませんが(^^;)。
欝じゃない話というものが書けませんでねえ…ええ。

小西心菜さん>
こちらこそありがとうございます。
さすがなどといわれるほどたいそうなやつではありませんが、評価していただけてうれしいです。
尊敬は、してはいけません。こんなのを尊敬していては、小西さんの見るべき高みが低くなります。
ていうか小西さんのほうが文章上手ですし。何ですかあの洒脱なセリフ。
ちゃんと段落ごとに一文字分スペース入れておられるし。小西さんのほうがよほどしっかりした書き手ではないですかッ。
そう、びしゃりは決別の音などというとかっこよすぎますね、諦めの音、クナリの話にはとてもぴったりです。
とっても素敵なコメントをありがとうございました。

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