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W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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究極の味

13/05/20 コンテスト(テーマ):第三十二回 時空モノガタリ文学賞【 ラーメン 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1914

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 きょうもこの店には、ながい行列ができていた。
 店の名はずばり、『究極の味』。日本中のラーメン通が、この店を最後に終止符をうつというぐらい、その味は天下にしれわたっていた。
 だが、日本一のラーメン通を自称する亀巻次郎は、まだその味をしらなかった。
 というのは、ここの店主の偏屈ぶりも、その味同様日本一ときいていたからだ。どうしてラーメン屋にはこうも、偏屈店主がおおいのか。味へのこだわりがそのまま性格にあらわれるのか、どの店もどの店も、かわりものの店主ばかりが目白押しなのにはいいかげんうんざりしていた。
 しかし、偏屈店主がいくらネックとはいえ、ラーメンは食べたい。それでついにきょう、次郎はこの店にやってきた。
 まっているあいだにも、たべおえた客たちがつぎつぎ店からでてくるのがみえた。
 その心から満ち足りた表情が、すべてを語りつくしていた。おそらくほとんどがリピーターなのではあるまいか。一度たべたら必ず病みつきになるというのが、この店のうたい文句でもあったのだ。
 順番がすすみ、だんだんと店がちかづくにつれて、次郎の胸ははげしい期待感にいやがうえに高鳴った。
 こんな心境になるのは、何年ぶりだろう。そしてついに彼は、白地に黒に無粋なまでに素朴に、究極の味と書かれた暖簾をくぐって異様に静かな店内に足をふみいれた。
 いらっしゃいの一言もないまま、次郎はカウンターの中央の席に腰をおろした。カウンターには十名ちかい客がいたが、だれひとり口をきくものもなくみな、黙々と鉢にむかっている。
 厨房から店主の仏頂面がこちらをむいた。
「ラーメンください」
 次郎がいうなり、店主の怒声がかえってきた。
「うちはラーメン屋だ、わかりきったこというな」
「すみません」
 結局店主はこちらの注文をなにもきくことなく、したくにとりかかった。
 カウンター越しに、鉢のふれあう軽やかな音を耳にしながらまっていると、ふいに次郎のまえに鉢がおかれた。
 その鉢が空なのをみて彼は、てっきりこれから、そこに出汁と麺がはいるものとばかりおもっていた。が、いつまでたっても、なにもでてこない。そんな彼に、店主がいった。
「なにしている。冷めるじゃないか、はやく食べろ」
「鉢は空ですが」
「中身は心でおもいえがけ。そこには、この世でもっともうまいラーメンがはいっているんだ。数十種類の具材を豚骨ベースの出汁に入れて一昼夜煮込み、カツオと昆布をプラスした、こってりしていながらしつこくない、のどごし抜群のスープに、当店特製の麺をいれ―――耳できくより、舌で理解しろ。はやく、はやく食べろ」
 次郎はなおも当惑ぎみに、となりの客に目をやった。
 さっきから夢中でたべているその男性客の鉢は、やっぱり空で、しかし彼はいかにもうまそうに箸をはこんでいる。反対側にすわる女性の鉢も、なかにはなにもはいっていなかった。にもかかわらず、つるつると麺をすすりこむしぐさや、ぐいと出汁をのみこむ様子は、名優の演技にも勝るとも劣らない、真に迫ったものだった。
「ああ、おいしい」
 そんな感嘆のつぶやきが、彼女の口からもれきこえた。
 みるとすべての客たちもみな、やはり空の鉢をまえに、いまの二人同様のふるまいをみせている。あぜんとする次郎にむかって、ふたたび店主の怒声がとんだ。
「なにぐずぐずしている。きさま、おれの作ったラーメンが、くえないのか」
 店主の気迫にたじたじとなって次郎は、しかたなく鉢に口をもっていった。
「心がこもってない。いまおまえは、日本でいちばんうまいラーメンを口にしているんだ。そのおもいを、全身で表現しろ」
 次郎はもはやいいかえす気力もなくして、いわれるままに、日本一のラーメンの味を、表現しようとやっきになった。
 ―――深みのある極上の出汁、しこしこと歯触り抜群の麺、これまで食べたラーメンをはるかに凌駕する最高の味………
 心の中で強く念じながら彼はラーメンを食べはじめた。その間じっと、店主のするどい眼光にさらされたなか、いい加減なことではすまされないと悟った彼は、それこそ誠心誠意、一点の嘘いつわりもなく、さいごの麺のいっぽんまで、味わいつくした。ふしぎなことに、舌のうえには本当に、すばらしくこくのある出汁と麺の感触が、ありありとのこっていた。
 それから一週間もたたないあいだに、次郎はふたたび、あのラーメンが食べたくなった。時間がたつほどに、あの味が、舌のうえによみがえってきた。それはもう、ほかのどんなラーメンを食べても満たされないほどだった。
 それで彼はきょう、あいかわらず長い行列のうしろにたっていた。あの店主がさしだす空の鉢から生まれる、究極のラーメンをふたたび口にすることができるなら、いくらまたされても文句はなかった。


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このストーリーに関するコメント

13/05/20 名無

確かに自分の頭で創り出した味こそ究極の味に違いないですね。理想の味を求める熱烈ファンの多いラーメンだからこそ、こんな店があっても不思議はないかも知れません。
…でもやっぱり、実際に食べれないのは寂しいです〜。笑

13/05/21 W・アーム・スープレックス

名無さん、コメントありがとうございます。

こんなラーメン屋が本当にあったら大変でしょうけど、創作というのは、空の鉢のラーメンを、いかにうまく食べるかということに、やっさもっさしているのと、どこか似ているように思います。めざすは、究極の作品。

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