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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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極上 山の上ラーメン

13/05/20 コンテスト(テーマ):第三十二回 時空モノガタリ文学賞【 ラーメン 】 コメント:8件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2130

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 深山幽谷とは、まさにいまぼくがまのあたりにしている世界をいうのではないだろうか。朝方、山を登りはじめてかれこれ一時間がたつ。樹海はさらに深くなるばかりで、おまけに険しい岩場がぼくの行く手を邪険にさえぎった。
 足もとには、これまでここを通ったひとたちの跡が、けもの道さながらくっきりのこっている。あまりの峻嶮さに、音を上げそうになるぼくがめげることなく前進できるのも、この一筋の道に励まされてのことだった。
 それでもさすがに、でくわすものは狭霧か野鳥の鳴き声ぐらいとあっては、山歩きになれないぼくの足は、ともすれば悲鳴をあげそうになった。
 そのとき、前方の茂みがかすかにざわついた。
 顔をあげたぼくの目に、茂みをかきわけてあらわれた一人の女性の姿がとびこんできた。
「こんにちは」
 気さくに彼女は話しかけてきた。
「こんにちは。あのう、あなたも、これですか?」
 とぼくは、片手に箸をもつしぐさをしてみせた。
「ええ。おいしかったわ、最高」
「ぼくもこれから、行くところです」
「羨ましいかぎりですわ。だって、あなたはこれから、あの絶品のラーメンにありつけるのですもの。それにひきかえわたしは、もうすでに食べたあとなんですもの」
「それほど、おいしいのですか」
「あら、―――もしかしたらあなた、このあいだテレビに出ていた、ラーメンミシュランガイドの本を出されたラーメン研究家の―――」
「ははは。ぼくもついに、『山の上のラーメン』と遭遇です」
「それはよかったですね。だって、ひとたび『山の上のラーメン』を口にしたらもう、ほかのラーメンなんて、目じゃなくなりますもの。本にのせる、値打ちもなくなることでしょう」
 ぼくはもう、彼女の話も上の空に、いっときもはやくラーメンにたどりつきたい一心で、気がついたらひとり黙々と急な傾斜地を上がっていた。
 日本国中を歩きまわり、ありとあるラーメンを食べ歩いたぼくだった。そのぼくでさえ、『山の上のラーメン』だけはまだ口にしたことがなかった。『山の上ラーメン』は、標高一千メートルをこえる山の、頂からすぐ下に店をだしていた。足腰に自信がないこともありこれまで、二の足をふんでいた。がラーメン通の連中が口をそろえて絶賛するのをきき、そしてまた、こんな山の上にあるというのに、来客が絶えないというじじつに、もうじっとしていられなくなった。
 そんなぼくだったから、祠をまつった崖の下に、木を組み合わせて作ったラーメン屋をみとめたときのよろこびは、ひとかたならないものだった。風にただよってくる、そのえもいわれない出汁の匂いは、ぼくの五臓六腑にてきめんに染み渡った。
 店のすぐそばに、満面と水をたたえる泉がみえる。自然の湧水でつくるラーメン出汁。なるほど、水道水にはだせない味というわけか。
「ラーメンください」
 と暖簾をかきわけたぼくの顔を、いかにも偏屈そうな店主が、じろりとにらみつけた。
 カウンターにならぶ椅子の端にすわる男性客が、鉢のなかのものをすすっている。彼の頬には、とめどもなく涙がながれていた。どうやら、感極まって、泣きだしたらしかった。
 店主はなにもいわずに、厨房の奥にはいったかとおもうと、まもなく湯気のあがる鉢をぼくのまえにさしだした。種類はただラーメン一手だけと、まえもってぼくは聞いていた。
「いただきます」
 なにはともあれぼくは、まずは出汁をすすった。
 とたんに、おもわずあふれでる感動の涙をけんめいにおさえなければならなかった。おれはプロなのだ。ここで泣いてはメンツがすたる。
 じっさい、これは泣いてもゆるされるほど、すばらしいラーメンだった。まさに極上、逸品中の逸品。いままで食べてきたどんなラーメンも、これにくらべたら足元にもおよばないだろう。
 店主は、ラーメンを作っているところは絶対にだれにもみせないとか。
 しかしぼくは、どうしてもその秘密がしりたくなった。ぼくのしる、どんな食材も、この味をだすことは不可能におもえた。よほどの秘伝があるのか。
 ぼくはラーメン店をでると、そっと泉のほうにまわって店の横に身をよせ、戸口のわずかな隙間に目をちかづけた。
 厨房の棚にずらりと積み重ねられているのはどうもカップラーメンのようだった。それも、ありふれた市販の。そのとき表のほうで、来客らしい声がした。店主はすぐにぼくがのぞいている厨房の中にあらわれ、一個のカップラーメンを鉢にあけた。その上に湯をかけて、およそ三分後にそれを、カウンターの向こう側にさしだした。
 この高みまでのぼってきたらだれだって、空腹のあまり、一杯のカップラーメンだって極上の味に感じるだろう。そのあたりまえのことにラーメン研究家のぼくがいままで気がつかなかったのは、四方をとりかこむ大自然の驚異に圧倒されたせいだろうか。


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このストーリーに関するコメント

13/05/20 光石七

拝読しました。
苦労して登った山頂で食べるラーメンは格別でしょう。
空腹と自然、これに勝るスパイスはあるのでしょうか?
ラーメン研究家でさえ極上の一品と認めてしまうとは…
でも、本には載せられなそうですね(笑)

13/05/20 W・アーム・スープレックス

光石さん、コメントありがとうございます。

お腹が空いたらなんでもおいしいと、昔の人はよくいいますが、一番の味付けは、空腹かもしれませんね。

13/05/20 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。
商売では、出店場所も、大事な要素と聞きますが、いやはや、なるほどですね。こう来ましたか、やられました。
余談ですが、昔、母から聞いた話に、──凄く美味しい寿司屋さんがあって、その店のシャリがあまりにも素晴らしい。気になった男が、勝手口から忍び込んで、ご飯を炊いているお釜の蓋を取ると、そこには、蛇が数匹鎌首もたげて出たり引っ込んだりしていたとか……──爬虫類大の苦手の私は、ご飯がしばらく喉を通りませんでした。だから、一瞬、このパターンかと思ってしまいました。笑 
でも、蛇は嫌ですが、このオチなら、納得できます、面白かったです。

13/05/20 W・アーム・スープレックス

草藍さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

鎌首もたげた蛇は、私もおそろしくてよう書きません。お母さんも、すごいお話をされますね。蛇と寿司とうまいシャリ―――なにか、そこからくみとるような教訓でもあったのでしょうか。けれどもそういうお母様の話を聞いて育ったから、いまのステーリーテラーの草藍さんがおそらくいらっしゃるのでしょうね。

13/05/20 W・アーム・スープレックス

草藍さん。

ストーリーテラーの間違いです。失礼しました。

13/05/21 草愛やし美

スープレックスさん、そういえば、私の母の話は面白かったです。戦争の話、自分の生い立ちなど、いろいろ話してくれました。おっしゃるように、私は、母のお蔭で、創作ができているのかもしれません。今度、墓に行きましたら、そんな風に言っていただけたよと、報告したいです。きっと、亡き母も、笑顔で喜んでくれると思います。ありがとうございます。
あっ、でも、出てきて欲しくはないですね。生前、母は、私や孫に、「会いたいって言ってくれたら、すぐに出ていったげるからな」なんて……よく言ってましたが、怖がりの私には、無理です。苦笑

13/05/23 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。
一体どんなオチが待っているのかと思いきや、なるほどそう来たかと思わされるような素晴らしいものでした。空腹は最高の調味料ということですね。
しかし、前評判やここに到達するまでの手間を考えれば、もしもカップラーメンだと初めからわかっていたとしても、とても美味しく頂けそうです。
料理の味付けはカウンターに座る前から始まっていたのですね。

13/05/24 W・アーム・スープレックス

鹿児川晴太郎さん、コメントありがとうございます。

作品ではけなしていても、私はじつは、偏屈のラーメン屋が好きで、味にこだわる執着心にはいつも拍手しています。その店主がうらでカップラーメンを鉢にあけている。またそのラーメンを食べにはるばる登攀してくる客たち。私はそういう人々がなぜか好きなのです。

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