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ゆーくさん

素人ライターです。 賞賛、批判にかかわらず、コメントくれたらうれしいです。

性別 男性
将来の夢 化学者として研究に身を置きたい
座右の銘 我唯足るを知る

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聖なる夜に

13/05/19 コンテスト(テーマ):第八回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 ゆーく 閲覧数:1348

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クリスマス。それは本来、キリストの誕生を祝う日。
しかし、それ以上のことは僕に学がないため、上手く語ることはできない。
ただ確かなのは、日本でそのような意味合いを持ってクリスマスを祝う者は、あまりいないということだ。
家族や恋人と過ごす者、一人で寂しく過ごす者、仕事に明け暮れ、それ処ではない者。
大勢の人が、思い思いの過ごし方で、今年もこんな季節になったかとソワソワしたり、ある者は自分でもよくわからない期待に、胸を躍らせてみたりして過ごす、不思議な夜。
それが、クリスマス。

「ふうっ……。」

携帯を閉じて、息をつく。
真冬の寒さに背中を押されてこたつに入り込むと、心地よい温もりに包まれる。
窓の外はしんしんと雪が降り続いていて、町は一面が銀世界となった、今日という日、クリスマス。
にも関わらず、僕の恋人はまだ仕事中。

“あと一時間で帰れる。メールするから待ってて。”

そんな文面のメールを受け取ってから一時間ちょっとが経過したけれど、机の上の携帯は一向に鳴る気配がない。
キリスト教に何の信仰もない僕だが、こんな日にまで残業をさせなくてもいいのに、と彼女の会社を少し恨めしく思う。
彼女に新しい仕事を任せられるようになって、最近ますます一緒にいる時間が少なくなった。
だから、今夜ぐらいは二人で過ごそうと前から計画していたのだけれど。

「急に仕事が入っちゃうんだもんな……。」
 
彼女は遅くなるから先に寝ててよ、と言っていたけど、僕は起きて待っていると言った。
一緒に住んでいるから、どうせいつでも会えるのだけれど、今日のために彼女の大好きな駅前のケーキを買ってきたので、彼女が帰るまで待っていることにしたのだった。
 
「テレビでも見るか……。」
 
そう呟いてリモコンに手を伸ばした瞬間、携帯が鳴った。

 “ごめん、もう少しかかりそう。待ってて、お願い。”

ちょっとヘコんだ僕だけれど、仕事なら仕方がないと思い直す。
時計を見ると、時刻は12時半。
大丈夫。まだまだ夜は長いのだ。
気長に待つことにしようじゃないか。
こたつに顔を伏せて呆け顔をしていたその時、一人の客の来訪を受けた。

「こんな時間に……?」

警戒しながらドアを開ける。

「あの……どちら様でしょうか。」
「……ヒロ君?」

僕はこの声の主を知っていた。
忘れるはずがない。この声は。

「……綾?」
「こんばんはー……。」
「え……どうしてお前。」

この女の名前は綾という。
僕の幼馴染で、今も偶然近くに住んでいる。
顔立ちは整っていて、恐らく誰が見ても美人である。大きな目が印象的で、瞳は黒く、そして深い。短く切り揃えられた美しい黒髪は、ボーイッシュな彼女の顔を引き立たせていた。
こんな時間に訪ねてきた事もそうだが、何よりもこの女が来たという事実が、僕を驚かせる。

「もう遅いし、迷惑かなって思ったんだけど、大丈夫?寝てた?」
「んや、別に大丈夫。……というか、お前それどうしたんだ?」
「ん、ちょっとね。」

彼女の頭と肩には雪が積もっていた。髪はすっかり濡れ、鼻と頬を赤くして震えていた。
 
「風邪ひくぞ。早く上がれよ。」
「ありがと。」

恋人が帰るまで、もう少し時間があるだろうし、何よりこんな状態の綾を、門前払いという訳にもいかない。綾を奥に通して、僕は脱衣所にタオルを取りに行った。
リビングに入るや否や、綾はコートを脱いでこたつに入り込んだ。

「うへー。生き返るー。」
「頭拭けよ。ほら、タオル。」
「んー……ヒロ君が拭いてよ。」
「アホか。」
「じゃあいいし。このまま風邪ひいてやるし。」

小学生かこいつは。

「小学生かこいつは。」
「ひど。ちょっとくらい甘えたっていいじゃん。」
「まったくしょうがない奴だな。」

仕方ないな、と言いつつ頭を拭いてやる。
せっかくの綺麗な髪を傷めてしまわないように、優しく拭いてやる。
濡れた髪の間から垣間見えるうなじは、白磁のように白く、細かった。

「んんー。なんか優しいね。拭き方が。」
「ちょっとでも荒くしたら、痛い、痛い!って文句言うに決まってる。」
「よくわかってらっしゃる。」
「髪を濡らしたまま脱衣所から出てくる、綾の髪を拭くのは僕の役だったっけ。」
「あはは。そんなこともあったね。」

こんな昔話ができるくらいには、僕と綾の付き合いは長い。
綾の両親は共働きで、たびたび綾は家に一人だった。家が近かったこともあって、昔はしょっちゅう家に泊まりに来ていたものだ。

「実は私ね、ヒロ君に頭ゴシゴシされるの、結構好きだったんだー。」
「そりゃ光栄なことで。」
「なんていうのかな、うちってあんまり親が家にいなかったでしょ?だから、さみしかったのかもしれない。」
「綾は、殆どうちの家族みたいなものだったしな。」
「うん。だからそういうの、すっごく嬉しかった。」

昔の思い出は綾にとって、とても楽しいものらしかった。
昔見たものと、全く変わらない純粋な笑顔で綾は笑っていた。
僕は綾のこの表情が大好きだった。

僕のほうも、今思い返してみれば、綾と一緒にいた時間は、子供ながらに幸せだったのかもしれない。
昔は楽しかった、なんて言いながら思い出を振り返るほど、僕は年を取っていないけれど、それでもやはり僕は昔の自分に戻りたいような気もしていた。
大学を卒業して、互いに就職してしまってからは、僕と綾は近くに住んでいながら、あまり顔を合わせることがなかった。二人とも仕事に忙殺されたし、恋人と同棲し始めたことで、自分の時間が減ったこともあるだろう。
時間が流れて、楽しかったことが思い出となってしまうのは、やはり寂しいことだった。

「だからね、時々思うんだー。あの時に戻れたらなあって。やっぱり、あの頃は幸せだった、って胸を張って言えるもん。」
「今は幸せじゃないのか?」

僕がそう返すと、綾はどこか悲しそうな顔をした。
けれどすぐに元に戻って苦笑いを浮かべた。

「えへへ。最近は……そんなにでもないなー。」

綾が無理をして笑顔を作っているのだと、僕は一瞬で見抜いていた。
つらい時ほど、弱みを見せない。誰かに頼ることもせずに、胸の内に溜め込んでしまう。
それが綾という人間だった。
そもそも、この日のこの時間に部屋までやって来たこと自体、何か嫌なことがあったとしか考えられない。そもそもこいつにも恋人はいる。そいつは今どこで何をしているのか。

「彼氏と何かあったのか。」

彼女はちょっと驚いた顔をした。

「……すごいねヒロ君、なんでもわかっちゃうんだ。」
「そりゃ、わかるさ。……昔付き合ってた人のことだもんな。」

しばらく彼女は何も口にせず、ただ沈黙が僕らの前に横たわる。
その沈黙の間、僕は彼女が作ったその沈黙の意味を、ただひたすら考えていた。

「……私ね。振られちゃったんだ。数日前。」
「うん。」
「デートしてたらね、話があるって言われて。そしたら、好意が薄れたからって。」
「うん。」
「急だったから。私、どうしたらいいか、わかんなくなって……。」
「うん……。」

言葉を紡ぐ毎に彼女の声はか細く、弱弱しくなっていった。
ついには涙声に変わり、ふと彼女の顔を見れば、柔らかな頬に一筋の線が流れていた。
普段は笑顔しか見せることのない彼女が、抑えきれない感情を、ぽろぽろと、零すように、静かに泣いていた。

「ごめんね……。」
「うん、大丈夫だよ。」

そう言って僕は、彼女の背中を撫でてやった。
服の上からでもわかる、下着の感触が掌から伝わってくる。
彼女の背中は見た目よりもずっと小さくて、少し力を加えるだけで潰れてしまいそうだった。
震える肩には女の弱さそのものが滲み出ていた。
そんな風に愛撫を続ける僕の胸の内には、同情や慈悲を超えた感情が次第に沸き起こっていった。

ヤバい、と思った。
いつの間にか心臓は高鳴り、口は渇ききり、僕の嗅覚は彼女の甘美な体臭を、自然と求めていた。
僕は、彼女の泣き顔に欲情してしまったのである。
それと同時に、僕の理性が唸りをあげて警笛を鳴らした。それは過ちを犯してしまうことへの、確かな恐怖。大事な人を裏切ってしまうことへの、確かな罪悪感であった。
僕が身体を引き離すと、彼女は不思議そうにこちらを見た。

「……どうしたの?」
「いや。」
「あ、もしかして怒った?」

そう言いながら、綾はこたつから這い出る格好で、僕に近づく。

「泣いちゃってごめんね。びっくりした?」
「いや……そういうわけじゃない。」
「……?」

ん?と首をかしげ、床に両手をつく格好で、俯いた僕の顔を覗き込む。
猫のように大きな瞳は涙で濡れ、自然な上目づかいで僕の目を真っ直ぐ覗き込んでくる。
化粧をしているからだろうか、唇や頬はほんのり血色を帯びて、妖艶に熟れていた。男とはまったく違った、女らしさの漂う首元や、鎖骨、服の上からでもその豊満さがうかがえる胸が、僕の目下にちらつく。

「……どうして離れていくのー?」
「綾、飲んでるだろ。」
「んー、ちょっとだけ。」
「やっぱりかよ。」

綾の口から洩れる口臭には、わずかに酒臭が感じられた。

「……ねえ、ヒロ君。」

そう言って綾は僕の首に手をまわした。
その手を振り払おうとしたその時、綾は肩を密着させて僕に抱き付いた。

「綾っ!」
「ねえ、ヒロ君……。つまんないことばっかりだねえ……。」

弱り切った、甘えた声を僕の耳元に投げかける。

「大人って本当につまんない……。」

彼女の両手が僕の背中にまわる。

「何をしてても仕事、仕事、仕事……。仕事以外のことも、全然面白くないの。私、時々思うんだ。なんで大人なんかになっちゃったんだろうって。子供の頃はあんなに大人になりたかったのに、なんで今はこんなに幸せじゃないんだろうって。」

彼女の言葉の一言一言が脳髄に響く。その度に彼女を求めて僕の胸が疼く。
やめたい。悔しい。
でも、やめられない。
彼女の寂しさに共感する自分が否定できなくて、彼女を拒むことが偽善に思えてしまう。
かつて一度は愛した女。それを愛おしく思うことは、むしろ自然なことであるように思えてくる。

「ねえ……いっそ二人で逃げちゃおうっか。」
「逃げる?」
「うん。私達、きっとあの頃みたいに戻れる。」
「馬鹿な。」
「戻れるよ。だって私達だもん。」

そう言って綾はニッと笑った。
悪魔の囁きのような提案。危険な匂いがするにも関わらず、目を背けられなかった。一笑に付すことが、どうしてもできなかった。
 柔らかな綾の身体の感触に理性を奪われ、彼女の腰に手をまわそうとしたその時。
 
 ブ―――――ン………ブ―――――ン………

こたつの上の携帯が鳴った。
夢から覚めるように僕は綾の身体を引き剥がし、受信ボックスをひらいた。

“おまたせ。今仕事終わったから、間もなく帰れると思う。ケーキ楽しみにしてるよ!!”

五臓を食い荒らすように暴れまわっていた魔物が、綺麗さっぱり消え去ったような感覚は、不思議なものだった。そして、直に帰宅する恋人にこんな所を見られては不味いという焦燥が、それと入れ替わるように入り込んできた。

「……今の、ヒロ君の恋人?」
「ああ。悪い、綾。今日はもう帰ってくれ。」
「……ねえ、もうどうでもいいじゃない。私を見てよ、ヒロ君……。」
「ダメだ。」

自分でも驚くほど調子のいい言葉が出たものだと思う。

「俺には……愛すべき人がいる。その人を裏切るわけにはいかないんだ。」

綾は絶望したような顔をした。

「……ずるいよ。だってヒロ君、さっきまで全然そんなこと言わなかったのに……。」
「………」
「今更手のひらを返したように……どうしてそんなこと言うの?」
「……確かにずるいな。」
「だったら―――」
「でもっ!!!!!」

それでもダメだ。
ここでいくら逃げたって、僕らの背中には、現実が常に張り付いて回る。

「そんなずるいことが出来るくらいには、僕は大人になってしまったんだ。」

目を背けてはいけない。決して。

「ヒロ君……やだよう………。」
「綾。僕たちはもう、あの頃には戻れないんだ。あらゆる可能性を胸の内に秘め、果てしない未来を容易に想像できたあの頃とは、もう違うんだ。」
「うっ………うううっ………。」

蚊の鳴くような声で僕の名を呼ぶ綾を、僕は雪の降る外へと放り出した。
別段、綾は面倒を起こすこともなく、素直に帰って行った。

僕は部屋の扉を閉ざし、その背中を見送ることすらしなかった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 綾が帰ってから、それ程しないうちに恋人は帰ってきた。
 おかえり、と僕が言うと、彼女は笑顔でただいま、と言った。
 それからすぐ、買ってきたケーキを二人で食べた。
 好物のケーキを美味しそうに食べる彼女を見ていると、こっちまで幸せな気分になってくる。
 わざわざ駅前までケーキを買いに行ったのも、仕事で遅くなる彼女を寝ないで待っていたのも、みんなこの笑顔を見たいが為だった。
仕事で疲れた彼女は食べた後、僕の腕に抱かれてすぐに寝てしまった。
今年のクリスマスはあまり一緒にいられなかったけど、笑顔とこの幸せそうな寝顔が見られたから、申し分ない。これからもずっと一緒にいればいい。そしてもっと幸せになろう。
僕の幸せは、この人を幸せにすることだ。

彼女を腕に抱きながら眠りに落ちる寸前、僕はまた別のことを考えていた。

それは綾のことだった。
いま、とても大事な人を抱いているこの腕は、さっきまで綾を抱いていたものだ。
でも、罪悪感など微塵も湧かない。
むしろ綾に気を惑わせたことなど、最初からなかったように感じられる。
僕はずるくなってしまったんだ。
綾の言うような、あの頃みたいな幸せは、もう二度と、手に入らないのだ。

けど、世の中、そんな捨てたものじゃない。
今は幸せを見つけられなくても、いずれ見つかる。
今よりもっといい恋人だって、きっとできる。
だから焦らず、少しずつ拾っていったらいいんだ。
どちらにしろ、過去の幸せに取りつかれて、今の幸せが見えなくなるのはよくない。




自分の後方に道はない。
自分が今立っている、まさにその場所。
そこが道になるのだ。
 





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