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影あそび

13/05/17 コンテスト(テーマ):第八回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 おでん 閲覧数:1500

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 ー 明里さん

 明里さんのことは、同級生だったというだけでよくは知らない。
 勉強も運動も並以下で、特別仲のいい友達もいないようだったから、仲間内での話題にあがることがほとんどないのだ。
 そんな目立たない明里さんが、クラスどころか村中の話題をかっさらった時があった。俺たちがまだ小学五年生の頃、同級生のNが病気でなくなった年だ。
 Nはちょっと特別な人間だった。病気のことなど微塵も感じさせないほどのお調子者で、誰からも愛されていた。彼と関わる人々は皆、まるで神様からの送りものを受けとったように、幸せな心地にさせられた。
 体育のドッチボールでは、チーム全員でNを守った。でもNは、
「お前らじゃまだよ、ボールが見えん」
 などと偉そうに、人を払いのけてでも前にでようとするから周囲をひやひやとさせた。そういえば、俺たちがよかれと思ってすることを、彼はいつもうるさがっていた。あれは本当にうるさがっていたのか、それとも子どもながらの照れ隠しだったのか、今となってはもうたしかめようがないけれど、いずれにせよ、双方の態度は一貫していて改められることがなかったから、それはそれで素敵ではないか。
 Nの死は誰もが予想していたことなのに、おとずれたらおとずれたでやはり悲しかった。小学生ながらに「死」というものを意識したし、参列した葬儀では自ずと涙が流れた。その日は寒い日であったから、Nの姉がストーブをつけてくれた。お寺の住職がお経を読み上げている間、俺はそのストーブの中でともる火をじっと見つめていた。写真に映るNの屈託ない笑顔に、どのような顔を向けたらいいのか分からなかったのだ。
 葬儀が終わると、クラスの仲間たちはぞろぞろと家の外にでた。誰が先頭であったのか、とにかく蟻のするそれのように、俺もその列に並んで皆に続いた。
 外に出てからも、誰も口を開こうとしなかった。無言が偲び(しのび)の最上級であるかのよう、子どもながらに感じ取っていたのかもしれない。一方で周りの大人たちは、煙草をくわえながら談笑していた。そのうちの一人が、雪のつもる地面に煙草を投げ捨てたのを見た。すると、クラスで委員長をつとめる男子が、その大人に向かって声をはりあげた。
「ひろえ!」
 雪上がりの昼。シンと広がる青空に、声はつき上がるようにしてのぼっていった。彼に加勢する意を込めて、俺たちは俺たちではないすべてを睨みつけた。その大人は不承々々煙草を拾い上げ、気まずそうに頭をかいていた。
 その時だ。Nの家の中がなにやら騒がしくなった。そして玄関から飛び出してきたのは、Nの遺影を胸に抱えた明里さんであった。明里さんは裸足のまま俺たちの間をすり抜けて、まだ雪の残るぬれた地面を駆けていった。
「あの子をつかまえてー!」
 と、Nの母親の声がした。喪服姿の男たちが、次から次に家の中から出てきては、全力で明里さんを追いかけた。
 俺たちは、ただその場に立ち尽くしていた。勇敢な委員長でさえも、口を鯉のようにあけて呆然としていた。明里さんはすぐにつかまり、両の脇をしっかりと固められながら連れ戻された。彼女はぼろぼろ泣いていた。裸足の足がとても寒そうであった。それでも、しっかりとNを抱きかかえていた。
 ほどなくして、誰かが呟くように言った。
「明里さんも来てたんだな」
 明里さんは、俺たちとは違う中学にすすんだ。
 それから彼女とは、一切会うことがなかった。

 
 二 秘め事

「姉ちゃん、こっちさ来てみろよお」
 裏庭の方から、そういう声がする。弟の声はいつもでかい。天気や機嫌に関わらずいつもだ。私は自分の部屋で少女漫画を読んでいた。その日はうだるように暑かった。
「姉ちゃん、来てみいったら、早くぅ」
 弟の声はどんどん大きくなっていく。どうせまた、猫の交尾でも発見したのだろう。この家の周りにはやたらと猫が多い。弟が餌付けをしているせいでもある。
 間もなくして、二階を上ってくる足音がしてきた。私は慌てて漫画を閉じ、宿題をしていたふりをする。
 鍵のない扉が勢いよく開かれ、まだ寝間着姿の母親がのっそり顔をだした。
「いい加減に行ってあげなさい」
 母親は、弟にうんと甘い。しょうがないといえばしょうがないのだけれど、だからといって、なんでもかんでも、というのは間違っている気がする。
「今、宿題してるの」
 そっけなくこたえると、
「宿題はいつだってできるでしょう。あと格好、だらしないわよ」
 と母はよわよわしく言うだけ言って、階段をおりていった。
 仕方なく、弟のいる裏庭にやってきた。弟はやはり、猫の交尾を眺めてた。床屋さんで刈り上げてもらったばかりの彼のうなじが、陽の光により白く輝いている。
「見てよほら」
 指差す先では、二匹の猫が重なり合っていた。黒いやつと、少し青みがかかった毛色のやつ。弟はにやにや笑っていた。数年前のように、腰ふる猫に脅えて泣く姉をまた見たかったのだろう。
 そうした思惑がみてとれたから、私は反撃にでた。
「頑張れ黒いの!」
 運動会で流れるアナウンスのように、めいいっぱい声をはりあげてやった。隣にいる弟の体が跳ねたのが分かった。
「負けるな青いの!」
 二匹の猫はもうたまらんといった具合に体を離すと、方々に逃げていった。彼らが重なり合っていた場所には、私の心境と同じような空間がぽっかりとできた。
 弟と黙って向き合う形になった。彼の首すじには、健康的な汗跡が見てとれた。蝉のジージーという鳴き声が周囲にただよう夏を際立たせ、この荒れ果てた裏庭もその例にもれなかった。
「姉ちゃん、姉ちゃん……」
 瞬間、弟は何を思ったのか、その場で迷彩柄のタンクトップを脱ぎだして、小麦色にやけた肌をあらわにした。薄い桃色をした二つの乳首が目に入り、こわくなった私は彼を強く押し倒して二階の自室に逃げた。そして読みかけだった漫画を手に取り、もの凄い勢いでページをめくった。それにともなって、色々な弟の顔がぱらぱらと頭の中に流れた。
 学校で人気者の弟。純粋で愛くるしい弟。可哀想な弟――。
 それだけでよかったのに。
 夜。私は夕食を食べなかった。次の日も、まるで食欲がわかなかった。
 そして三日目になってようやく、私はいつも通りの生活をおくれるようになった。
 秘め事を墓場まで持っていく、という言葉を覚えたのは、それから数年経った後だ。
 私は秘め事を、本当に墓場まで持っていた人間を一人だけ知っている。
 そいつは今も、仏壇の中でにやにやと笑っている。特別な子どもというよりは、どこにでもいる子どもがするように、憎たらしく。

 
 三 誕生日前

 ぼくには魔法の言葉がる。むしろ一撃必殺といってもいい。それは、
「あなた本当に、ぼくより○年も多く飯を食べているんですか」というものだ。
 ○に入る数字は、その人の年齢によって変わってくる。数式みたいにあらわすと、以下のようになる。
 
 その人の年齢 − ぼくの年齢 = ○

 はじめて大人を叱ったのは、たしか小学生の頃だった。葬儀の場で不謹慎に笑う大人をクラスメイトの前で叱りつけたのがはじまりだ。それから中学、そして高校と、ずっと学級委員をしてきたぼくは、その要所要所で、大人を叱る、という快感を覚えていった。
 ただ勘違いしてもらっては困るのが、ぼくはなにも、怒りたくて怒っているのではない。世の中にはどうしようもない大人が多すぎるから、少しでもその数を減らしたいだけなのだ。まったく、嫌な役目だよ。
 ぼくの職場にいた高橋さんのことを話そう。
 高橋さんは赤くて大きな鼻が特徴的な、五十五歳のおじさんだ。吐く息は臭く、声も小さいので、接客業には明らかにむいていない。店長もよくこう漏らしていた。
「やっぱり使えないと思ったらどんどん切っていかないとね。緊張感がなくなると、いけないもんね」
 ぼくは高橋さんが大嫌いだった。明確な理由もなく、見ているだけで無性に腹が立った。そしてついに、例の魔法の言葉を使うことになった。というか、使わざるを得なかった。彼が仕事をさぼり、裏のゴミ捨て場で煙草を吸っていたのを発見してしまったのだ。
 言われた高橋さんは目を丸くして、
「すみませんでした……」
 と小さく謝った。それから間もなく、高橋さんはクビになった。店で新しく、大学生を雇うことになったのだ。この若者はきびきびとよく動き、シフトにもたくさん入れるようなので使い勝手が良かった。
 その若者と、ひょんなことから一緒のシフトに入ることになった。
 ぼくはちょっと気になって、念入りに床を掃除する彼に尋ねてみた。
「大学を卒業したら、何かなりたいものはあるの?」
 すると若者は手を止めて、目を輝かせながら、
「俺、役者になりたいんです」と言う。
「役者って、映画とが劇とかの、あの役者?」
「はい」
 ぼくは笑ってしまった。だって、役者になりたいだなんて夢の見過ぎだと思ったし、もしなれたとしても、それだけで食べていけるのはほんのひと握りの人間だけだということを知っていたから。
 すると若者は、
「おかしいですかね」
 と、眉間に皺を寄せた。そして、
「すみませんけど、暇ならゴミを捨ててきてもらえませんか?」
 そう吐き捨てるように言っては、床掃除に戻っていった。
 不愉快だった。新人に指示されるとは思ってもいなかった。でも、明日は自分の誕生日ということもあって、ぼくはあまり怒りたくなかった。それに、生まれてまだ二十年もしないガキに、あれこれ言っても仕方がないではないか。
 仕事を終えてアパートに戻り、廃棄になった弁当をあたためて食べた。テレビはろくなものがやっていなかったので、ツタヤで借りてきた落語のCDを聞く。高尚な笑い。一日の疲れがすうっとぬけていく至福の時間。
 明日、ぼくは五十四歳の誕生日を迎える。
 日が変わってしまう前に布団に入り、目を閉じる。
 久しぶりに、なんでもいいから夢を見たいなぁと思った。 (了)


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