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ねじばなさん

昔から本が好きです。いつの頃からか、自分でもつらつらと書くようになりました。よろしくお願いします。 作品置き場:http://www4.hp-ez.com/hp/nejibana 最近ようやく文をまとめ始めました。ゆるりとやっておりますので、お付き合いただければ幸いです。

性別 女性
将来の夢 本と植物に埋もれて、静かにまったり暮らすこと。
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宝石になるまでに

13/05/16 コンテスト(テーマ):第三十回 時空モノガタリ文学賞【新人】 コメント:3件 ねじばな 閲覧数:1821

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僕がその小さな工場で働き始めたのは、一ヶ月と少し前。
トン、キン、カン、トン、キン、カン‥
そんな賑やかな音たちにも慣れてくる。耳当てをしているものの、この音はよく体に響くのであまり長い間この工場で働く人間は少ない。だからこそ、こんな学もない、大人と言うには少し早い僕でも働く事が出来たのだ。ここの人間は、そんな僕と境遇は似たり寄ったりであるらしく、僕について特に何を言う訳でもなかった。
僕について何も言わないということは、つまりは自分のことについて話す気はないということで、この工場はどこか寂しい空気が流れているように感じた。これほど多くの人間が、薄暗い工場の中でひたすら金槌をふるっているのに、その体が出す熱気を共有しているというのに、その間には深い溝があったのだ。

「あ、あの‥」

隣から落ちた鉱石を手渡すと、隣の人は無表情で受け取って何もなかったかのように作業に戻った。ひょろっと細身で長い黒髪を束ねた男は、この工場の中では年が近そうで気になっていたが、向こうは話しをする気は毛頭ないらしい。
僕も手元の作業に意識を戻す。悲しんでいるような時間はない。この仕事は厳しいわけではないのだが、流れ作業なので自分のミスは次に繋がって工場内全体に迷惑をかけることになるのだ。目の前の左の箱から、ごつごつした鉱石を取り出して、周りの余分な部分を大きく切っていく。僕は、新人なので大きなミスの出にくい作業を任される日が多い。たまに研修を挟むものの、この工場に来てからの大部分をこの作業に費やしていた。

その鉱石は、特別な意味を持つ。
色も形もそれぞれだ。同じものは一つとしてない。
しかし、ただその鉱石の持つ力は同じなのだ。人を惹き付けて止まない。僕には一生見る事も触る事もできないような額の金を積み上げて、そしてこの鉱石の成れの果てで身を飾り付けて微笑む。どう、綺麗でしょう、価値があるでしょう、それを持つ私にはそれだけの力がある、身につけるだけでその石はありありと語るのだ。この国では、鉱石がたくさん採掘されたために、その傾向が他国よりも強いのだと聞いたことがある。
ただの石だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
こんなものを買うくらいならば、もっと伸びるはずの身長のためにたくさんの肉を買い、甘いお菓子を買い、胃を心行くまで満たしたい。清潔な服に身を包み、そして暖かい布団に包まれて安心して眠りにつきたい。

手の中の鉱石をすでに慣れてきた手でカットしながら、鉱石は次の人の手に流れていく。この作業に、終わりはないように思えた。どこまでも、どこまでも、一生自分の手には入らない鉱石に向き合い続けて、そして僕の毎日は終わってしまうのだ。寂しい顔の面々は、希望をどこかの掃き溜めにでも捨ててくるしかなかったことをその姿で語る。これしかない、それしかない、だから今日も同じことを繰り返す。

ありがとう、こんにちは、さようなら、どうも、そんな言葉も失ったこの場所は、ただ鉱石のためにある。どんよりとした真っ黒な空を労働者の埃っぽくて狭い寝所から眺めているとふと年長の男が隣に立っていた。
「ここから、出たいか?」
すぐに出て行くことは叶わないがずっとここに留まりたいとは思えないので、その言葉に頷く。必要最低限の言葉しか交わされない工場で、久しぶりに聞いた人の声だと驚いた。
「でも、案外この場所もいいもんさ。」
思わず眉を寄せて首を傾けてしまったが、その男は薄く笑った。
「大抵の人間がそう思わないから、ここから出て行く。ここに残るような人間は、よほどの物好きで頑丈なやつ、もしくは外に出られないやつ。」
その男と目が合った。工場の誰よりも、深くて優しい瞳で、生きていることを僕に告げる。どうしてこの男は、こんな場所にいるのであろうか。
「でも、ここか、外か、それだけの違いなんだ。」
この人は何を言いたいのだろうか。残念ながら、今の僕には分からなかった。でも、少しだけこの仕事に興味を持った。

ただの石だ。
他人の私欲を満たす為の石だ。
でも、ただの石ころを宝石に変えるこの瞬間が案外、嫌いじゃない。僕の手によって、美しくなるその石をいくつもいくつも送り出す。
働く意味を見つけることより、きっと出て行く方が楽だった。こんなもの、そう投げ捨てて去って行くことは簡単だった。でも、どんな場所でも、どんな仕事でも、ふとその仕事に意味を見いだせばそれはきっと同じなのだ。
今日も、僕の手でキラキラの宝石に変えていく。

「おはようございます。」

そう笑顔で言ってみる。そうすれば、戸惑ったような顔が返ってきた。きっと、誰かがこの石に価値を見つけて磨いたように、それは変えていけるものなのかもしれない。そう、この小さな手でも。


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このストーリーに関するコメント

13/05/17 草愛やし美

ねじばなさん、拝読しました。
仕事をするという「ことをあらためて考えさせられました。仕事の価値大小をを決めるのは自分自身にあるのかもしれませんね。
気持ちの持ち方によって、嫌な世界もキラキラに変えられる、とても心温まり、そして、心が強くなる、そう思える良作でした。

13/05/23 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。
働くということの意味を考えさせられる小説でした。
「でも、ここか、外か、それだけの違いなんだ」という一言がとても印象的で、物語はこの一言に集約されているような気がしました。
この仕事とあの仕事、確かに多少の差はあるにはあるのでしょうが、何よりそれに向かっていく自分の意識こそが大切なのだと実感しました。

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