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母への手紙

13/05/07 コンテスト(テーマ):第三十回 時空モノガタリ文学賞【新人】 コメント:4件  閲覧数:1633

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 母なんていうのは人間をこの世に送り出すための生物機械でしかない。父から放出された精子と母の胎内にある卵子が結びついて幾多の細胞分裂のあと徐々にそれが人として形成されていくだけなんだ。だってそうだろう。あんたはいつも言っていたじゃないか。
「物事を曲げずにそのままの姿を見なさい」
つまりそういうことだ。生物学的に俺の意見はなんら間違っちゃいない。むしろそれ以上の解釈を与えること自体が無理だ。生まれてくることに意味なんてありはしないし、結局は愛という名の元の性交の結果にすぎないんだ。
「お父さんとお母さんが愛し合ってあなたが生まれて来たのよ」
なんて真面目に語って笑わせてくる。本当に愛し合って生まれて来たはずはないじゃないか。もしそうならなぜ家の中で二人はよそよそしかったんだ?まるでもう愛は冷めてしまったっていうようにほとんど語り合いもせずに、父は父でテレビ番組に年がら年中不平を言って過ごしてるし、あんたはまるで食事の配膳係でしかないように家族に対して振舞っていた。
 何か一つでも家庭としての愛を示すものはあったか?
 結局は単なる運命共同体でしかなかったんだ。俺たち家族っていうのはただ一つの家という囲いの中に住んでいる動物に過ぎなかった。何のために?それはただこの世知辛い世の中を生き抜いていくためだけにだ。
 そんなのは本当に家族と言えるのか?父親だの母親だの家族愛だの語る資格が本当にあるのか?そんな訳ないだろう。結局はただ言葉上の美徳で終わるだけで中身が伴っていない、生物学的な家族にしか過ぎなかったんだ。
 心の底では、母であるあんたもそう思っていたはずだ。だから結局は行動にその思いが現れるんだ。あんたはこう思っていた。
「人生は辛いのね。不条理がたくさんあって、理想どおりにはいかない。でも耐えなくちゃ。そう…だってそうやって世界は廻っていくんだもの。私もいつの間にか子供じゃなく母の立場になってる。私は私なりに母としての役割を頑張らなくちゃ」
 結局、ホンネはそうでしかなかった。母となったにも関わらず理想としている母親になれていないことに対する悩み。あんたはいつもそんなものを持っていた。そして、いつまでもそんな虚しくて滑稽な欺瞞を押し通し続けたんだ。そうやっていればあんたはいつか本当に理想的な母親になれると思い込んでいた。
 でも事実は違った。俺たち家族っていうのは結局生物学的な親子関係でしかなかったんだ。

 勘違いして欲しくないのは別に責めてるわけじゃないってことだ。だってこの世界中を探していったい本当に【母】であることができた人間がいったい何人いる?すべてと言っていいほとんどの人間はあんたと同じような間違いを犯して、それでいて「うん、現実の家族っていうのはこういうものなんだよ」って納得しちまう。自分から家族というのは生物学的な存在以上の何モノでもないって認めちまうんだそれでいて本人はそのことに気づいていない。
 でも違うだろう。家族っていうのは本当はそういうものじゃない。本当の家族は「お互いの人生のため」とか言って離婚なんてしないし、険悪な関係なのに「子供が成長するまで」と言って家族ごっこをするような家族でもない。そしてあんたも、結局は父を愛してなんかいなかったんだ。ふたりは愛し合ってなんかいなかった。それは育てられた子供がよくわかっている。
 俺は事実そのままを語っているだけだ。あんたが言っていたように物事を曲げず、そのままの姿を語ってるに過ぎない。最初から無理だったんだ。あんたは愛が何であるか知らなかったし、父も愛のある人間じゃなかった。愛が何であるかわからないまま成長して、わからないまま老後を迎えて死んでいく。ほとんどの家族が、実際はそうやって家族ごっこをしながら過ごして死んでいくんだ。本当に腐った世界だ、この世は。

 あんたはこの手紙を読みながら泣いているかもしれない。あんたはそういう人間だった。あんたじゃなくても世にいるほとんどの母親は子供からこんな手紙を送られたら泣くだろう。でも勘違いしないで欲しいのは別に責めてるわけじゃないってことだ。結局人間は完全じゃない。まるで何も知らないまま産み落とされたこの世界の新人なんだ。俺もあんたもそうだった。
 最後に、生きている間はもう二度と会う気はないがこれだけは言っておく。
 今までこの身体が無事に成長するまで育ててくれたことには感謝してる。生物学上の母よ、ありがとう。

 Ps,同封した写真は4月に俺の配偶者の胎内から生まれ出た子です
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このストーリーに関するコメント

13/05/07 光石七

拝読しました。
シニカルだけど、妙に泣けてきます。
みんな新人、いつベテランになるんだろうと思ってしまいますね。

13/05/09 

>光石七さん
ありがとうございます。
気がついたら生きてるっていう事は、落ち着いて考えてみると不思議ですよね。
なぜ生きているのか最初からわかってたらもっと楽だろうにと思うんですけど…実際のところどうなんでしょう。

13/05/13 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。
「俺」と母の間にいずれかの確執があったにせよ、「俺」は手紙の中で「別に責めてるわけじゃない」を2度も繰り返し、形式上のことだとしても「ありがとう」と述べています。愛と情の字が連ねて使われるのを見るに、愛も情けも本質的には同じようなものだと思っているので、この「俺」の母への情けも、実のところ愛の一種なんじゃないかな、と思いました。
最後の最後で「俺」が子供をもうけたことが明らかになり、「俺」の中の何かが変わるかもしれないと予期させる良いラストでした。

13/05/31 

>鹿児川 晴太朗さん
そこまで深く読んで頂いてありがとうございます。
情けと愛を同種だとは思ったことがなかったんですけど、そう言われればそうかもしれませんね。
愛を考えるのは難しいです。

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