1. トップページ
  2. 名探偵に憧れて

トビウオさん

魚の缶詰とかが好きです。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 腹八分目。

投稿済みの作品

2

名探偵に憧れて

13/05/07 コンテスト(テーマ):第三十回 時空モノガタリ文学賞【新人】 コメント:2件 トビウオ 閲覧数:2335

時空モノガタリからの選評

最終選考

この作品を評価する

 大門幸三は十七歳の時、修学旅行で訪れた京都の旅館で密室殺人に遭遇して以来、二十年の間に百四十六件の殺人と、十二件の強盗、二件の窃盗、そして一件の痴漢事件に【偶然】立ち会い、それら全ての事件を持ち前の閃きと推理力よって解決へ導いてきた。大門の本業は植木屋なのだが、しかし彼は世間からは日本一の名探偵と認識されていて、大門に憧れる少年少女やミステリマニアは星の数ほど存在していた。
 金沢賢太郎も、例によって大門幸三に憧れて名探偵を目指したクチである。
 洋館の書斎に転がる首なし死体を見て、賢太郎は思わず微笑していた。
「皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。この部屋で斉藤さんを殺したのが誰なのか、それがわかったのです」
 窓の外では激しい風雨がゴウと吹き荒れている。
 山中で遭難し訪れた洋館、日本列島を襲った巨大台風、そして密室で発見された首なしの死体……。これら全てに【偶然】出会ったという事実が、金沢賢太郎に「自分には名探偵の素質が備わっている」という確信を与えていた。名探偵にとって最も重要な素質とは推理力でも観察眼でもなく、殺人事件に【偶然】遭遇する悪運なのだ。
 部屋の隅に立つ七人の男女――事件の容疑者たちに向かって、賢太郎は語りかける。それは彼にとって、今まで何度も頭の中で繰り返してきた、憧れの光景だった。
 賢太郎は七人の容疑者たちに向かって自慢の推理を披露する。読書嫌いで、活字を見ただけで蕁麻疹が出ると公言していた斉藤が、なぜ一人で書斎に入ったのか。犯人は斉藤の首を切り落とした凶器を、いったいどこに隠したのか……。
「犯人はあなたですね、月川さん」
 賢太郎は七人の中の一人、筋肉質の男を指さした。
「え、俺?」
「そうです、事件現場であったこの書斎にはマグロの破片が落ちていました。不思議に思ったのです。最初は大のマグロ好きである斉藤さんが自ら持ち込んだものかと思いました。しかし、そうではなかった。これは築地の寿司職人であるあなたが、斉藤さんを呼び寄せるために仕掛けた罠だったのです。あなたは斉藤さんに書斎にマグロが置いてあるということを教え、本嫌いの斉藤さんを一人で書斎に呼び寄せた。そして予めマグロに混ぜておいた睡眠薬によって斉藤さんを眠らせ、マグロを解体する大きいノコギリみたいなやつで斉藤さんの首を切り落としたのです! これができるのは月川さん、あなたしかいない」
 一分の隙もない完璧な推理であった。
「そんなの、言いがかりだ!」
 月川は必死に首を振り、自身の潔白を訴えたが、彼の声に耳を傾ける者は洋館の中に一人としていなかった。
 なんと鮮やかな名探偵デビューだろうか。後は台風が止むのを待つだけだ。賢太郎は心の内でほくそ笑んだ。
 その時、誰かが洋館の扉を叩く音が聞こえた。金沢賢太郎と七人の容疑者たちは顔を見合わせた。いったい誰だろうか。彼らは月川が逃げないように注意しながら、屋敷の玄関まで全員で行き、扉を開けた。そして、あっと声を上げた。
 そこに立っていたのは大門幸三であった。一年に最低五件、多い年で十件の殺人事件に遭遇する男、日本一の名探偵、金沢賢太郎の憧れの人、植木屋探偵大門幸三。そんな男が台風の中、どうして【もう事件が終わってしまった】この洋館へやってきたのだろうか。
「いやあ、すみません、ちょっと遭難しちゃいまして。一晩でもいいので泊めてもらえるとありがたいのですが」
「それはもちろん、かまいませんが……しかし、大門さん、もうこの館の事件は終わってしまったのですよ。どうしてあなたがこんな所へ……」
 屋敷の主人である大谷が、不思議そうな顔をして言った。
「ほほう、というと、ここではすでに殺人事件があったわけですな。そして、私以外の名探偵が解決したと。面白い」
 大門幸三は雨でビショビショに濡れたコートを脱ぎながら、賢太郎の顔を見た。その視線が氷のように冷たく、蛇のように絡みついてきたことに、賢太郎は驚いた。
「そうです、もう終わってしまったんです。僕が解決しました」
 金沢賢太郎は乾いた喉を唾で潤してから、憧れの大先輩に向かって、事件のあらましを説明した。
「こんなことは初めてですよ。私が【偶然】訪れる前に事件が終わってしまっているなんて。しかし、それはそれで結構です。それに、事件というのは最後の最後までどうなるかわからないものですから、まだ油断はできません」
 大門幸三はそう言って、薄く笑った。

 翌日、台風の通りすぎた洋館にて、金沢賢太郎と寿司職人月川が死体となって発見された。大門幸三は六人に減ってしまった容疑者を集めると、いつもの調子で話し始めた。
「やれやれ、事件というのは最後までどうなるかわからないものです。しかし、安心してください。私が必ず真犯人を見つけてみせますよ」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

13/05/07 名無

【偶然】と何度も強調することによって、かえって【偶然】を否定する手法がとても巧みで面白かったです。読者である私の方が探偵になったような気分でドキドキしました。笑

13/05/13 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。
金沢賢太郎の強引で綻びだらけの推理シーンはコミカルなのに、大門の登場で急にシリアスになり、そこからホラー、ミステリアスな雰囲気を醸し出した結末に導かれる物語の緩急、素晴らしかったです。
自分で火をつける消防士の話をふと思い出しました。

ログイン