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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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幅100mの天の川

13/05/06 コンテスト(テーマ):第三十一回 時空モノガタリ文学賞【 名古屋 】 コメント:8件 クナリ 閲覧数:2629

時空モノガタリからの選評

最終選考

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100m道路の端にある企画会社に就職が決まった私は、この町で働き出した。
女だてらに営業に配属され、仕事は忙しくも楽しかったけど、勢い先行の性格が災いし、大小のポカが日常茶飯事ではあった。

勤め始めて五年程経った頃、道の向かいにあるデザイン会社と仕事をすることになり、上司と共に先方のオフィスに伺った。そこでメインデザイナをしていたオギノさんと、初めて会った。
彼は私よりも十歳年上で、実力も実績もあったけど、私を対等の相手として扱ってくれた。打合せ後に雑談になり、私の上司が二十年前の成功体験を得意げに語りだした。するとオギノさんは私にそっと目配せした。
この人の話つまらないね、と言っていると思った。私は解りますかと頷いて、少し笑った。共犯者のような、不思議な仲間意識が心地よかった。

それから、彼の事務所と仕事をする機会が増え、私は毎週のように彼と顔を合わせるようになった。
詰めるべきを詰める彼の仕事はトラブル知らずで、その手腕に何度も私は驚かされた。
職場でオギノさんを褒めちぎる私に、会社の人達は「付き合ってみれば?」とよくからかって来た。冗談とはいえ、その度に私は腹が立った。彼への敬意を、小娘の色恋沙汰と決め付けないでほしいという憤りだと、自分では思っていた。

ある日、オギノさんの事務所で打合せをしていたら、二十時を回ってしまった。さすがに人の会社にいるには非常識な時間だと思い、帰り支度をした。
「オギノさんは、いつも何時くらいに上がられるんですか」
仕事人間らしい彼は何時に帰り、どんなものを食べ、何時頃眠り、どんな夢を見るのだろう。以前から、興味はあった。
「まちまち。午前様もよくあるよ。独りだから、叱られることもないしね」
ずっと聞けずにいたけど、彼が指輪をしていないのは、手を使う仕事に邪魔だからというわけではないのだな、と思った。
「こんな時間までごめん」
「今日、直帰する予定でしたから。明日土曜ですし」
「なら少し、話をしてもいいかな」
フロアにはもう他には誰もいない。私は少し、どきりとした。
「ずっとお礼が言いたくてね」
お礼?
「君の、前のめりな仕事ぶりは刺激的で、凄く楽しい。ありがとう」
何と答えていいのか分からず、私こそお礼を言わなければと気付いた時には、
「それだけ。本当に少しだね。お疲れ様」
と、彼が微笑していた。
帰り道、私はその微笑を何度も思い返していた。
オギノさんが東京への転勤の為、この日がこの事務所での最後の出勤だったと知ったのは、翌日のことだった。

先方の事務所で、新しい担当の方が、気遣うように説明して来る。
「あの人、離れ難い人には別れの時に何も言わない、悪癖があるんです。引継ぎは済んでいて、業務には支障は無いんですが」
そんな言葉は、何の救いにもならなかった。
「私、オギノさんに、お礼も言っていないんです」
声が震える。
「お礼なんて無用ですよ。彼にとっても、あなたは特別でしたから」
特別?
「仕事相手を特別扱いはしない人なんですが。いつかぽろっとこぼしまして、まるで七夕だって」
七夕?
「仕事の時にだけ100m道路を越えて逢える、織姫と彦星みたいだって。これ、内緒ですよ。本人、誤解されたら困るって心配してましたから」
誤解?
「オギノにとって、あなたは他に代えの利かない存在だってことです。あなたとでなければ出来ない仕事が、いくつあったことか。彼は本気で感謝していますよ。だから」
だから?
「そんなに、泣かないでください」
泣く?
泣いてなどいるはずがない。これから大変だと気を引き締めこそすれ、悲しむような事は何もない。
新しい担当さんが目の前にいる。引継ぎも終えている。私は何も失っていない。
こんなことでくじけていたら、働く女への偏見が増すだけだ。意地でも、泣いてなどやらない。

くじける? 何に。
意地? 何の。
泣いてやらない? 誰の為に。
私は、決壊しかけた。

お化粧を直したいからと、お手洗いを借りた。
鏡には、その通り化粧を直さねばならない顔の私。
頬を叩き、仕事だぞと言い聞かせると、顔が仕事用のそれに戻った。
その後、打合せは、滞りなく終わった。



今日も私は、100m道路を横切ってあの事務所へ行く。
アスファルトの天の川の向こうには、もうあの人はいない。
でも、いいのだ。
私が今でもこの道の向こう側にあの人を見ているのと同じように、あの人も見えもしない程遠くから私を見ていると思えば、私は手にしたものの意味を確かめられる。
何も失っていないというのは、嘘ではない。
あの人との日々は、いつまでも私の傍にいる。

そんな私は、前よりも仕事が丁寧になったねと、この頃はよく、人に言われる。
その度に、あの人に再び出会ったような気持ちになったりも、こっそりと、する。


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このストーリーに関するコメント

13/05/06 青海野 灰

「100m道路」というものを知らなかったので勉強になりました。
名古屋感が薄いかなぁとも思いましたが、物語はとてもよかったです。
広いアスファルトの道路を天の川に見立てるというのは、ロマンチックで素敵ですね。
最後まではっきりしない二人の感情にもどかしさもありましたが、
恋でも愛でもないけれど、どれだけ遠くても特別な感情で確かに繋がり合っている、
そんな関係があってもいいな、と思えました。
(読解力不足による誤解があったらすみません)

13/05/06 泡沫恋歌

クナリさん、拝読しました。

名古屋には大昔に2年ほど住んだことがあるんですよ。
道路整備が良くて広い道路が多かったという記憶がありますね。
100m道路が天の川・・・って、ロマンティックで、それだけでキュンをしました(笑)
このふたりのもどかしいような関係が何んとも云えず、ああ、恋愛の本質かもと思った。

私なら、オギノを追って主人公を東京へ行かせちゃうなぁ〜
陳腐なオチでもそうしたい(願望)

13/05/06 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。
天の川、うまい表現ですね。憧れる恋、でも恋とは認めたくない、もっと高尚なものといった彼女の気持ちが痛いほどわかります。そして、上司である彼もそれを受け止めていた、クナリさん独特の恋物語にちょっと消化不良な結果だけど納得しています。クナリさんは恋愛物、かけひきがうまいですね。作品にうまく乗せられてしまいます、苦笑。私にとってはこの作品は名古屋という土壌よりもニューヨークのような都会っぽいものに感じます。

13/05/06 光石七

クナリさんは人間模様を描くのが本当に上手ですね。
恋愛とは違うけれど、お互いが特別な人。こういう関係も素敵です。
いいものを読ませていただき、感謝です。

13/05/07 クナリ

青海野さん>
名古屋城とかの観光地的な名所より、より生活に密着した場所を選ぼうと思って100m道路にしました。
そう。名古屋感薄いです。
「コレ普通の道路じゃだめなの?」と言われたら、「だめじゃないですねえ…」てなもんです。
そうなのです、これから二度と会うことがない相手でも、恋でも愛でもなく恋人でも夫婦でもないけど、一生忘れない相手というのがいますよね、お互いのお互いへの思いが一生変わらない存在ってありますよね、という思いで書きました。

はぐれ狼さん>
そうなんですよ。<七夕
ここでは結構ほめていただいてますけど、恋愛ものって自分では得意という感覚がないんですよね。
うじうじ悩んでたり、ひどい目にあったりする様子を描くことでしか恋愛というものを表現できないせいかもしれません。
あ、そうです。「年上の男にひどい目に合わされる年下の女」が一番苦悩を描きやすいので、つまり得意ということなんだと思います。


泡沫恋歌さん>
自分も、名古屋に暮らしてた友達が多く、意外に日本国内、名古屋経験者は豊富なのかなと思いました。
ロマンティックと言っていただけてうれしいです。基本、野暮な人間なので(^^;)。
クナリが描く恋愛の本質は、「すれ違いの行き違い」ですかね。
今回のは顕著ですね。すれ違う前に届いてないよ!!みたいな。
…まったく思いつきませんでした…。<オギノを追って
それいいですね…。

草藍さん>
あーーーそれそれそれそれ!(何事)
そうなんですよ、もっと高尚なものだと自分では思っていたくて、どうもそれとは違うようだぞ、普通の恋愛っぽいぞ、やだなあそれは、いや、両方じゃないのこれ、みたいな感じにこのヒロインなってると思うんですよ。
意地で自分ではそこに追及しないですけど。
この辺はあまり描写できなかったので(というか字数に入らなかったのでカット(^^;))、言及していただけてうれしいです。
舞台がニューヨークだったら、主人公はオギノを追いかけて行くという発想ができたかもです。
だってドラマっぽくておしゃれっぽいから(おい)。

光石さん>
人間模様を会話だけでなくストーリー運びで表現していく、というのが自分なりに目標だったりします。
そんな風に言っていただけるということは、ちょっとは上達してきたですかね。
恋そのものではないけど、恋も含んだ気持ちで、でもそれは不純なものに思えて、恋ごとなかったことにするのか、うまいこと両者を切り離すのか…
で、相手のほうにも恋愛感情はあったりなかったりして。
それによってどうしたらいいのかわからなくなったりして。
「特別な存在」とは、めんどいものです!
でもそれがいい!(なんのこっちゃ(^^;))

13/05/10 クナリ

凪沙薫さん>
コメントありがとうございます。
オギノがどういうつもりだったのかは、不明です。
恋心になりかけていたのか、すでに恋だったのか、自分でも気づかなかったのか、無理やりあきらめたのか…
主人公の一人称視点の話である以上、書き手にも主人公のわかる範囲のことしかわかりませんね!(おい)

そうそう、何でも「つまりなんだかんだ結局要するに好きなんでしょ?」とかで片付けてほしくない感情ってあるんですよね。
特に異性間の友達関係とかで。
自分にとって特別の存在というのは、その相手だけでなくて、その相手に対して自分が抱いている感情も、誰にも共感され得ない特別なものであってほしいという願望があるからかもしれません。
この世にたまたま存在する、ありふれた便利な言葉で適当に表現してわかった気になんてなってくれるな、好きだ嫌いだなどとはお茶の子さいさいだ、と。

そういえば言うの忘れてました、今のトップの絵はクナリの自作であります。
コピックというマーカーの一種で、ぐりぐり描きました。
お褒めのお言葉頂き、大変うれしいです!
人様の絵なんて使えませんよ、恐れ多い(^^;)。

というか、御作のレスでいただいたお言葉が実はとてもうれしいです。
ありがとうございました。


13/05/12 クナリ

「お茶の子さいさい」って言葉の使い方が間違っているなあと、自分のレスを読んでいて思いました。

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