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光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

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桜の約束

13/05/06 コンテスト(テーマ):第三十一回 時空モノガタリ文学賞【 名古屋 】 コメント:14件 光石七 閲覧数:2439

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 数か月だけだが、名古屋で暮らしたことがある。名古屋駅、ナナちゃん人形、栄の地下街、コメダ珈琲店、小倉トースト……。多少なりともあちこち出かけ様々な風景を見たが、真っ先に思い浮かぶのは鶴舞公園の桜だ。それも、植えられて数年ほどであろう、私と背丈が変わらない細い桜の木だ。
 私が名古屋に住んだ理由。それは、勤めていた会社が支社を立ち上げるに当たって、本社から派遣するリストに名前が入ったからだった。何故目立たない私が選ばれたのか、本当の理由はわからない。だが、少なからず信用され期待されていると思い、私は奮起した。大げさだが、名古屋に骨を埋める覚悟だった。名古屋ではとにかく必死だった。期待に応えようと、自分で自分にノルマを課した。今思えば身の程知らず、目標を高く掲げすぎていた。できない自分に苛立ち、だんだん卑屈になり、自信を無くしていった。
 休日、気分転換がしたくて、行ったことのない鶴舞公園まで自転車を走らせた。なんだか緑が恋しかったし、疾走する爽快さを感じたかったのかもしれない。自転車を降りて園内を散策した。噴水塔や奏楽堂、名古屋市公会堂などを見物しつつ、点在する池や花壇に植えられた花を愛でた。奥のほうにあったのが台座跡(愛知県出身の戦前の総理大臣、加藤高明氏の像を撤去した跡)で、小さな桜の木がたくさんあった。その中の一本に、何故かひどく心惹かれた。まだ桜のシーズンには少し早かったものの、いくつか蕾があった。こんなに細くて折れそうなのに、肌寒い中頑張って蕾をつけている姿に、涙が溢れてきた。抱きしめたい衝動に駆られた。――君が頑張っているなら、私も頑張ろう。そう思った。私がそこに佇んでいたのは、三十分ほどだったのではないだろうか。涙を流しながら桜に触れている私は、傍から見れば奇妙で滑稽だっただろう。でも、そんなことはどうでもよかった。私は自分の気持ちを全部桜にぶちまけた。そして最後に桜と約束した。また来年も君に会いに来る、と。その時はどっちが成長しているか競争しよう、と。私は心の中で桜の木と指切りをした。
 しかし、私は約束を守れなかった。結局ストレスから体を壊し、名古屋を離れることになったからだ。人間関係に問題があったわけではなく、自分で自分の首を絞めた結果だった。療養を言い渡されたが、戦力外通知のように感じ、非常にこたえた。私の後任はすぐに後輩が引き継ぎ、自分が期待されていたわけではなかったのだと、みじめな気持ちになった。
 今は回復したし、自意識過剰で生真面目に完璧主義に走ったのが良くなかったとわかっている。しかし、名古屋にはまだ行っていない。あの桜の木にどんな顔で会ったらいいのかわからない。きっとあの木は背が伸びて幹も太くなっているだろう。あの頃よりたくさんの蕾をつけ、花を咲かせているだろう。
 今年もあの季節は過ぎてしまった。だが、生きているうちに必ず会いに行こうと思っている。あの時、桜に慰めと勇気をもらったのは事実だ。あの桜の木は私の涙を知っている。約束を先延ばしした分、胸を張って会いたい。だから、もう少しだけ待っていてほしい。すっかり葉桜になった近所の木に名古屋の桜の木を重ね、私は呟いている。


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このストーリーに関するコメント

13/05/06 W・アーム・スープレックス

読者は、ひたむきに生き、壁に当たり、身もだえしている主人公の息遣いとともに、いろいろな名古屋の街を散策しているような気持ちになってきます。無駄のない精緻な文章で描かれているので、揺れ動く主人公の心情が
感情にながされることなく、素直につたわってきました。
 
 ナナちゃん人形って、どんな人形なのでしょうか。

13/05/06 草愛やし美

光石七さん、拝読しました。
社会には他人にはわからないが、自分自身には、すごく辛くてどうしようもない時がある、そういった辛さがよく伝わってきました。古里を離れ、孤軍奮闘する七さんを勇気づけてくれた桜の木、きっといつか会える日まで待っていることと思います。植物って口をきかないけど、そのぶん余計に、想いを受け止めてくれるものだと私も思います。
ナナちゃん人形、あれには私もびっくりしましたよ。懐かしい場面が書かれていて思わず身を乗り出して読み進みました。鶴舞公園はまだ行ってないです。

13/05/06 光石七

>W・アーム・スープレックスさん
心情を汲み取ってくださり、ありがとうございます。
名古屋のことを思い出すのも嫌だった時期もありましたが、落ち着いてきたので文章に書いて振り返ることにしました。
ナナちゃん人形とは、名古屋駅の近くに立っている巨大なマネキンです。名鉄百貨店の広告塔のようですが、季節によって衣装替えもするし、待ち合わせ場所としても親しまれていますよ。

>草藍さん
ほとんど独白のようなものですが、受け止めて理解してくださりありがとうございます。
忘れられてないかという不安もありましたが(笑)、草藍さんの言葉に励まされました。

13/05/10 光石七

>凪沙薫さん
コメントありがとうございます。
実はこれ、フィクションじゃないんですよね…
私の実体験そのままなので、読む人によっては引くかなとも思いますが、自分自身の区切りも兼ねて投稿させていただきました。
本当に胸を張って名古屋に行けるよう、自分を磨きたいと思います。

13/05/14 光石七

>メガネさん
コメントありがとうございます。
よく言われました、「もっと力抜いていいのに」と。
ようやく「いい加減」を身に着けてきたかな、と思います。

13/05/16 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。

全力投球しすぎてしまったのですね。ママチャリなのに、ペダルを漕ぎすぎて、空回りしてしまうような。でもこんな女の子、不器用だと思うけど私は好きです。

13/05/16 光石七

>そらの珊瑚さん
何故自転車がママチャリだとわかったのでしょう!?(笑)
「不器用だけど好き」と言っていただけて、うれしいです。
コメントありがとうございます。

13/05/19 名無

期待に応えようと必死にもがいても、結局自分の代わりはいくらでもいるんだ、という虚しさ。きっと多くの人が感じているのでしょうね。とても共感のもてるお話でした。名古屋の桜と、今度は笑顔で会えると良いですね。

13/05/19 光石七

>名無さん
コメントありがとうございます。
ありがたい励ましに、涙が出そうになりました。

13/05/19 泡沫恋歌

光石七さん、拝読しました。

若い時は期待されると頑張り過ぎて、結局、身体を壊してしまうのよね。
ほどほどという言葉はなかなか難しいです(笑)

若さが漲る良いお話でした。

13/05/19 光石七

>泡沫恋歌さん
ありがとうございます。
確かに突っ走りすぎたと反省しております。
だいぶ「いい加減」がわかってきたつもりではありますが…

13/06/02 

こんにちは、拝読させて頂きました。
なんだか寄り添おうとしながら離れるような、甘えたい気持ちがありながら懸命に自制するような、そんな当時のジレンマが伝わって来るようでした。
桜と私の生きる姿が対比するようで面白かったです。

13/06/02 光石七

>Minorさん
コメントありがとうございます。
心情を汲み取ってくださり、うれしいです。

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