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kouさん

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青空の向こうに

12/04/22 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:0件 kou 閲覧数:2412

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スケジュール帳を確認しながら内藤はコーヒーを飲んだ。
税理士になって二年、今年二十九歳の内藤は忙しかった。
本人としては、ゆったりと自分のペースで事を運びたかったが、時代がそうさせるのか、悩み多き企業が多いのか、内藤のスケジェール帳は、びっしりと埋まっていた。
「胃潰瘍になるかも」
内藤は女性事務員につぶやいた。
「ストレス溜まってるんですか?」
女性事務員は毎月渡されるクライアントの請求書を整理しながら言った。
「この歳で胃潰瘍になったら早熟かな」
「そんなことはないと思いますよ。そもそも内藤さん、早く結婚したほうがいいですよ」
冗談は流され屈託のない笑みを女性事務員は内藤に向けた。だからといって残念ながらドキッとすることはない。

結婚、この歳になってから色々な場所で、色々な人から言われるが、残念ながら相手がいない。
もちろんクライアント先で、それなりに言いよられることはあったが、仕事との線引きはしっかりしておきたい、内藤はそう考え、腕時計を見た。
いけない、クライアント先に遅れる。冷えきったコーヒーを飲み干し内藤はオフィスを出た。

不動産業を営んでる会社との資金繰りなどの相談を終えた。
昨今の不景気を象徴するかのような業績の衰退ぶりにも関わらず、そこの社長は強気だった。時折みせる鷹のように鋭い目つきは、常に重要な決断を強いる場面、人に指示を与えることに慣れたもの特有の威厳を感じた。
その社長が柔和な表情をみせるときは決まって「内藤さん、結婚は?お付き合いしてる人は?」と、プライベートな話題に切り替えてくる。
残念ながら大きなお世話だ、と内藤は苦笑する。

オフィスに帰る途中、雲行きが怪しくなり内藤は空を見上げた。雨が降るな、と思った矢先に大粒の雨が地上に降注いだ。
夕立かな、と内藤は思ったが一向に止む気配はない。どうしようかと、思案していたとき、
一人の女性が、
「よかったら、この傘使ってください」
一本の水玉の傘を内藤に手渡した。
彼女は小柄で、整った顔立ちをしていた。でも、派手な美しさではなくて、もの静かで引っ込みがちな感じのする美しさだった。
「えっ!でも、あなたが濡れてしまいますよ」
内藤は彼女から目線を外せずにいた。
「大丈夫です。わたしの家、すぐそこのマンションですから」
そう言って彼女は住んでるマンションを指さした。そこにはタワーマンションが建っていた。
「気をつけて帰ってください」と彼女が言う。
「名前教えて頂けませんか」突然でた言葉に内藤自身も驚き、彼女も驚いてるようだった。
「美雪です」
踵を返し美雪は雨に濡れながらマンションのある方向へ去った。

翌日、いや正確には昨晩から内藤の心は穏やかではなかった。
美雪との出会いが、彼の心を乱していることは明白だ。
一日中、上の空で仕事をこなしていた自分に気づき、内藤は傘を返しにいく決心を固まる。


休日にも関わらず雨が降っていた。傘を貸してくれたお礼の品として、普段は寄らないケーキ屋で、複数のカップケーキを見繕った。
喜んでくれるだろうか、様々な思いが堂々巡りする。

美雪のマンションに到着したが、部屋番号がわからなかった。
今時、表札に名を記してるものは、ほとんどいない。
迂闊だった、内藤は自分の愚かさを呪った。しかし運命は内藤に味方した。
マンションエントランスの扉を開ける人物がいた。それが美雪だった。
「あっ!」
と美雪が声を上げる。内藤は会釈する。
「この間は助かりました。ありがとうございます」
内藤は傘を彼女に返し、「よかったら、これも」と、カップケーキの包みを手渡した。
「わざわざ、ありがとうございます」
彼女は自然な笑みを内藤に向けた。その雰囲気に内藤は気分がやすらいだ。

「よかったら散歩でもしませんか?」
美雪にとってはそれがルールであるかのような言い方だった。
気づけば二人で散歩することになった。この間まで名も知らない者同士が、散歩まで飛躍していった。それが流れであり、偶然と必然の曖昧な境界線を、内藤は楽しんだ。
内藤は持っていたビニール傘をさした。
「もう、雨、止んでますよ」
クスクスしながら美雪は言った。
さっきまでの淀んだ空が嘘のように明るい太陽が顔をだしていた。
太陽から美雪の方に視線を移し内藤は、
「よかったら今度、一緒に食事でもどうですか?」と言った。
美雪は少し照れながら軽く頷いた。

青空の向こうには七色の虹が姿を現していた。
内藤の閉じかけたビニール傘に虹が映し出された。二人の未来を描くかのように。


 














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