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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
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征きし者たちの想い

13/05/01 コンテスト(テーマ):第二十九回 時空モノガタリ文学賞【 手紙 】 コメント:12件 草愛やし美 閲覧数:11268

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「母さん、これがゼロ戦! 小さいんだなあ」
「本当、こんな小さな飛行機で大きな空母に向かって逝くなんて」
「どう考えても、無駄死にだよ……」
「戦争ってそういうものよ。自分が国を救うと信じてみんな旅だたれた……母さんのおじいさんの弟さんも、ここ知覧から征かれたと聞いている」
 私は、大学生の息子を連れてここ知覧特攻平和会館にやって来た。どうしても、息子に、同じ年頃でありながら、戦いのため、自らの命を捧げた若者たちがいたことを知って欲しかったのだ。特攻隊員は、自ら志願し、国を救うためにゼロ戦や隼に搭乗した──それは、命を捨てるためではなく、国に残る愛しい人々の命を生かすために飛んだのだ。しかし、多くの特攻隊員が、目的も果たせずに、若い命を散らせたのが真実だ。

「母さん、女の人が泣いている」
 見ると、展示資料のガラスケースに寄り添うように佇んでている女性がいる。蒼白の顔色をして、白い死に装束姿をしている。
「幽霊……」
 私は、驚いて声も出せずその場に立ち尽くした。だけど、何も知らない息子はその人に近づき声をかけている。
「大丈夫? 具合がお悪いのですか」
 女性は、ガラスケースを愛しそうに撫ぜながら泣き続けている。
「勇様、なぜ、帰って来て下さらないの? わたくし、こんなに長い間待っていますのに……、悲しい。いつまで、この辛さが続けばいいのでしょうか」
 
 ケースの中には、特攻隊員の残した遺書が展示されているはず。私はぞっとして体の震えが止まらなくなった。息子を、止めなくては、その人は……。だけど、体が金縛りにあったように動かない。息子は、ケースの遺書を読み始めた。
『和子様と出逢えたこと、生涯の我が宝として、胸に抱きわたくしは、征きます。人は、一度は死するものならば、今は、お国のために散るのが大儀と笑って征きます。最後に和子様と共に見たあのふるさとの山桜の如く、見事に散る覚悟でおります。和子様、わたくしの征きし後は、あなた自身の幸せのために生きていって下さい。和子様、わたくしは、あなたの幸せを望む以外何もない……』
「わたくしは、和子。これは勇様がわたくしに宛てたお手紙です。わたくしは、勇様のお帰りを待つと心に固く誓っています。ですがいくら待っても勇様は戻って来られない」
 和子と名乗る幽霊はハラハラと涙を落とした。息子は、息をのんでその場に立ち尽くしている。私は、どうしていいのかわからず、震える足を何とか進めようとした、その時だった、平和会館の職員の方が、急ぎ足で息子の元に駆け寄ってきた。
「すみません、お客様、どうか見なかったことにしてやってください。ここには、こういった旅立てないままの霊が住んでいるのです。ほとんどの人には、霊が見えませんが、僅かな方には見えるようです。僕も、初めは驚きましたが、今は、霊達の想いを尊重してそっとしてあげています。霊達は、あの戦争で逝ってしまわれた兵隊さん達の帰りを信じて待っているのです」
「この方が、和子様……」
「和子様は、婚約者の勇様の遺書を受け取られる前に、古里の地で空襲で亡くなられたが、想いは霊となってこの世に留まられました。もはや、勇様が生きて帰って来られないことはご承知ですが、御霊のお帰りを日夜お待ちしておられるのです」
「御霊……」
「お可哀想に、和子様の待つ婚約者勇様は遺骨がまだ戦地に残されたままなのです。さぞ、無念なことと思います。お願いです、このことは誰にも言わないでそっと待たせてあげて欲しいのです。噂になり騒がれたりしては、ここにいられなくなります。僕はできることなら、この遺書を形見として和子様にお渡ししたいのですが、貴重な戦争資料を、一個人の僕がかってに持ち出すことは、許されないこと」
 私は話を聞きながら、恐怖がなくなっていくのを憶えていた。和子様という霊の寂しさを想うと、涙がとどめもなく流れていた。横に立つ息子の瞳も潤んでいるように見える。
「僕は、数年に一度、ボランティアで戦没者の遺骨収集に参加しています。一日も早く和子様のような霊達が、一人残らずあの世に旅立たれるようにと願ってのことです」

 私達は、この職員の方と口外しないと約束をして心残して記念館を後にした。振り返ると、和子様はガラスケースの前にそっと佇んでいるのが見えた。私は切なさに、目頭を押さえ呟いた。
「遺骨が戻るまでは逝けないのね、可哀想な和子様……」
「戦争って、なんて残酷なんだろう」
 息子は、怒りをどこにぶつけていいのかわからないという風に拳を握りしめて天を仰いで言った。
「母さん、こうして日常を普通に生きていける僕らは幸せなんだね。僕も、戦争が二度とないように願って、何らかの形を表していこうと思うよ」
「日々を大切にしなくてはね」
 私は、息子が逞しくなったように感じていた。


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このストーリーに関するコメント

13/05/01 草愛やし美

お断り:画像は、鹿児島県にある知覧平和会館に展示されているゼロ戦です。この作品は、知覧平和会館に展示されています、神風特攻隊員たちの遺書を参考にして書かせていただきましたフイクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。

13/05/01 光石七

拝読しました。
私も知覧平和会館には何度か行ったことがあります(県民なので)。
涙なしには見ることができない…
特攻隊も悲しいですが、和子様のような霊もたくさんいることでしょう。
メッセージ、受け止めさせていただきました。

13/05/03 鮎風 遊

こいうことは実際にあるような感じがします。

時代背景や、その無念さが伝わってきて良かったです。

戦争が終わり、まあ100年も経ってないのですね。
そう思いました。

13/05/03 泡沫恋歌

草藍さん、拝読しました。

若い命をお国のために散らした人たちの御霊が尊ばれんことを。
彼らは確かに無駄死にだったかも知れないけれど、国を思う心は熱い思いで今の日本があるのだと思う。
この特攻隊の人たちに感謝する気持ちが無くして今の日本は語れません。
若い人たちにも大東亜戦争の実態を知って貰いたいですね。

凛として愛(1/7)
https://www.youtube.com/watch?v=Hpz5rFqI7jA&feature=player_embedded

13/05/05 草愛やし美

光石七さん、コメントありがとうございます。
県民さんだったのですか、私は友達の話から、この作品を書きました。その友は、同年代の大学生の息子に、こういう運命のもとに散っていかざるをえなかった若者たちがいたことを、どうしても知って欲しいと知覧まで、行ったのです。私は、呉にある「大和ミュージアム、てつのくじら館」で特攻隊員の遺書を見ましたが、知覧にはまだ足を運んでいません。死ぬまでにはどうしても行きたいと願っています。
この作品はその友の想いを感じてそこから、書かせてもらったものです。メッセージが伝わったこと、とても嬉しいです。ありがとうございました。

13/05/05 草愛やし美

鮎風遊さん、コメントありがとうございます。
私は戦後生まれですが、両親、特に母親から戦争の悲惨さを聞いて育ちました。戦後百年も経っていませんが、どんどん風化しているのが事実です。被爆された方々も、今は少なくなり、かたりべの人々も年々、減少しています。瞬時でもいい、何かしらの形で、若い人たちに知ってもらえればと思って、書いてみました。拙い文章力で役不足の私すが、自分の思いを大事にしたいと考えています。

13/05/05 草愛やし美

泡沫恋歌さん、お立ち寄りくださってありがとうございます。
同じ年代で、国のために命を捨てるという選択を余儀なくされた時代があったことを忘れないためにも、知覧の会館や平和公園などの場に、足を運んで欲しいと思っています。今の若者はそれなりに苦悩はあると思いますが、時代ごとに様変わりしても、命の大切さを知ることは大切なことだと思います。コメントありがとうございました。

13/05/05 ohmysky

体当たりして自分の命を捨て、国や家族を守るという精神性は諸外国に方々には理解できないでしょうね。
愛するという事の深さ、人を思いやる気持ち、大切に育んできたからこそ理解できる国民性なのでしょう。
まぁ、最近は自分だけ良ければ、自分が楽しければ人がどう思おうとどうでも良い輩が増えましたね。
孤独な人なんだなぁと同情さえ覚えます。きっと寂しいんだなぁと。だから気になっていつも来るのでしょう。

13/05/06 ドーナツ

拝読しました。

戦争は本当に悲しいです。特攻隊は、今、自分の息子よりも若い子達がと考えると本当に胸がつまります。
このお話にあるように、まださまよっている霊がいるでしょうね。

今となっては、早く安らかな世界へ安住の地を見つけて欲しいと願うばかりです。

13/05/08 草愛やし美

ななさん、模倣もしていない私の作品に対して、何度もこのような悪意としかとれないコメントされる真意がわかりません。このようなコメントをなさるおつもりなら、私の作品に来るのは、やめていただきたいと思います。

13/05/08 草愛やし美

ohmyskayさん、いつもお寄りくださって嬉しいです。コメントありがとうございます。
国のため、愛する者を救うために、飛び去った彼らの気持ちを思うと、その純粋さに頭が下がります。彼らには、教育だけでは決してできなかった思いやりの精神が、あったと思います。みんなが少しだけそういう思いやりを持てれば、世の中はきっともっとよくなるのではないかと思います。ほんの少しだけでいいのです……。

13/05/08 草愛やし美

ドーナツさん、お読みくださってコメントありがとうございます。
私にも息子が二人いますが、ドーナツさんの息子さんも含め、もし、あの時代に生きていたとしたら、やはりこういう若者として、志願したかもしれませんね。送り出す親、出ていく息子、残される妻子など、家族だったとしたら、考えると、凄まじい想いが交差したと想像できます。こうするしかなかったといえば、それまでですが、生きるということはとても大事なことですから、あらためて日々を生きていかなくてはと身が引き締まりますね。

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