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はだかの涙

13/04/30 コンテスト(テーマ):第三十回 時空モノガタリ文学賞【新人】 コメント:0件 おでん 閲覧数:1642

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 ねえあなた、どう思いますか?
 ここ最近、あの子の元気がないんですよ。
 勤めだしてまだ一ヶ月ですから、新しい環境に戸惑うのも無理ありませんけど。でも、毎日のように終電ぎりぎりまで働かせる会社ってどうなんですか。わたしはあなたと違って会社のことはよくわかりませんけど、ちょっと酷いなっていうのが正直な気持ちです。
 それにあの子、やっぱり大学に行きたかったのよ。口では「働くよ」ってはっきり言ってくれましたけど、本当は獣医さんになりたかったのよ。昔から動物が好きだったものね。飼育員だった小学校の頃は、休みの日でも兎小屋を見に行くぐらいでしたから。
 ……あの子は、相手の望む言葉を頭でうんと考えるから、口をひらくまでに時間がかかるんです。そのせいで、周りの人達からとろくさい奴って思われてしまうみたいだけど、本当は、誰よりも心の優しい人間なんですよ。こんなこと、あなたに言ってもしょうがありませんけど。
 そろそろ帰ってくる頃ね。外回りの仕事が大変なのは、靴を見ればわかるの。今日もうんと歩いたんだなあって眺めてると、勝手に涙が流れるの。あの子は絶対にわたしたちを責めない。いっそのこと親を責めてくれたら楽なのに、絶対にしない。それどころか、お金のかかる夢を持ってしまった自分を罰するみたいに、会社の愚痴さえも言わない。
 ねえあなた、わたしはどうすればいいのかしら。わたしにできることってあるかしら。
 男親のあなたら、何かわかるかもしれないと思って……。
 ごめんなさいね。
 
 ☆

 あんた、名前は何てつけてもらったの?
 ふうん、いい名前だね。まあ何かわからないことあったらいつでも聞いてよ。 
 お礼なんていいの。先輩として当然のことだもん。それに同い年ってだけで、ちょっと親近感がわいちゃうじゃん。この業界にいると憧れる時期があるの。何にって、だから、部活とかサークル仲間みたいな関係に。うち、高校生の頃からこの仕事はじめたから、そういうのよくわかんないんだよね。
 さっきの? ああ、あの二人組ね。おっさんの方はよく来るよ。若い方は初めて見たかな。おっさんは相変わらずしつこいけど、いい幹になってくれてるから仕方ないよね。幹っていうのは、初回やフリー客を連れてきてくれる人のこと。うん。ゆっくり覚えていったらいいよ。
 若い方はどうだった? へえ、ただ喋って終ったんだ。たまにいるよ、そういうの。奥さんはいるけど、上司の付き添いで来たとかね。でもたいてい、二回目に来たときはしっかり楽しんでいくけど。
 え、うちの夢? 急にどうしたの、まじうけんだけど。
 そりゃうちにだって夢くらいあるよ。何かは絶対に言わないけど。だめだめだめ、今ここで言っちゃったら、叶わなくなる気がするもん。もし叶わなかったら、なんのために今まで頑張ってきたかわからないじゃん。
 だからお金はね、貯めておくの。そのときが来ても困らないように、できるだけ多く。
 ……ちょっと、あんたどうして泣いてるの。まじわけわかんないんだけど。これってやっぱり、うちも泣いた方がいいわけ? じゃあ泣いたらさ、うちと友達になってくれる? 
 ねえったら。

 ☆

 コーヒーでも飲むか?
 衰弱している若者ほど、扱いやすいものはない。まあ言ってみればおもちゃだな。辞めるまでの――壊れるまでの――おもちゃ。辞める前に飽きたら? そんなの捨てればいいだけさ。
 今回のおもちゃは、何を楽しみに生きているのかわからない、音のならない人形みたいな奴だ。初めはマニュアル通りコーヒーから入って次に酒を飲みに連れて行き、少し日をあけてからプロの女を抱かせてやった。でもおごるのはいずれも一回だけだ。一回で十分だ。
 お前が入社して二ヶ月経つ。でも、俺はお前のことをほとんど知らない。高卒で、家が母子家庭ということ以外に覚えていることはないし、今後も知るつもりはない。自分からはあまり喋らない奴で、仕事の成績も悪いようだ。会社にはちゃんと来ている。きっと、来るしかないのだろう。その他に道がないから。
 路地裏から野良犬がひょっこり顔を出して、こちらに向かって歩いてくる。汚ならしい犬だ。するとお前は、初めて歩みを止めて腰を深く落とし、その犬の頭をなでだした。店の予約時間が迫っていたのと、おもちゃの勝手な行動に腹が立ち、かまうなとつい大きな声をだしてしまう。犬は驚いて逃げ、闇の中に姿を消した。
 でもお前は、なかなか立ち上がることをしなかった。近寄り見ると、いつも綺麗に磨かれている革靴の上に、ぽたぽたと涙を落としていた。なんだこいつ。今の若者のことはよくわからない。だからといって、知る必要もない。知らなければ、迷うことなんか一つもない。
 だから俺は、今の若者に対してすんなりこう言えるのだ。
 ほら、行くぞ。  (了)


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